28.守りの魔法
「あれが魔女の家か?」
守りの魔法のために植わっている来路花の手前でエリック様が足を止めて聞いた。この先は来路花から零れる淡い灰緑色の魔力で守りの魔法を施している。魔力があるものしか見えない魔法の囲いだ。この前、ガルデオン様とアンで来路花の植替えをして、ガルデオン様が魔法を書き換えてくれた。魔物はこの中には入れない。もちろん、私達に害をなそうと人間も通れない。魔力がなくて悪意がある人間は透明の何かにぶつかって前に進めないようになっているはず。
「そうです」
私は頷く。
そう、私の抵抗もむなしく、エリック様は宵の杜の魔女の家にやってきた。もちろんジョアンも。
エリック様のかなり強引なやり方に、魔術師って魔法のこととなるとロックボアみたいに突進していくのねとかなり諦め状態になってしまった私。もしかしたら、守りの魔法ではじかれるかもしれないと淡い期待をしている。
「・・・・綺麗だ」
「はい?」
「守りの魔法だ」
「はあ」
「まぬけ顔だな。私が知っている守りの魔法はもっと尖っている。・・・・対価は来路花か? 珍しい」
エリック様が、右手をあげて来路花の魔力に触ろうとする。あげた右手のあたりの空気が淡い灰緑色から灰緑色に代わる。人が守りの魔法に触ると色が変わるのだと初めて知った。確かに、この守りの魔法は綺麗な色をしている。これは宵の杜特有の魔力量の多さがなせる業なんだろうな。
エリック様は右手をさげて七竈のリングを触って、目を閉じた。そっと顔色を伺うと、わずかに口角が上がっている。
「いや・・・・これは・・・・来路花本来の魔力を使っているだけか・・・・。植物の持つ本来の魔力で、ここまでの魔法ができるとは・・・・」
え? 来路花を使った守りの魔法って珍しいの? 確かに、ここは魔力量が多い。だから来路花から零れる魔力も普通の場所よりもかなり多い。でも、普通、軒先に来路花を飾って魔除けにするよね? 公爵家も入り口にたくさんの来路花を植えていたわ。 あれって、来路花を使った守りの魔法よね?
それに、ガルデオン様がかけた魔法だから、強力になっているだけだと思うのだけど・・・・。
エリック様がくっくと笑ったような気がする。魔術師の探求心に何かがひっかっかった?
「これは君の魔法か?」
「いえ・・・・私が来た時にはもともとあった来路花が守りの魔法を展開していました。ただ、弱かったので、来路花を植え替えて、書き換えました。それをかけた術者は別にいます」
「そうか」
エリック様がゆっくりと一歩踏み出すと、エリック様のまわりの空気が淡い灰緑色から灰緑色にかわる。また、一歩ふみだすと、色はもとの淡い灰緑色にもどった。色がもどったし、エリック様が先に進めるということは、はじかれずに通ることができたのね。エリック様は小さく息を吐くと、私をみて少しだけ片方の口角をあげる。私も内心はじかれないかなぁと淡い期待していたのがばれたのかしら?
私は気まずくなって、ジョアンの方をみた。ジョアンはあっちに走り寄ったり、しゃがんだり、「あっ」とか「うわ」とか言いながらせわしなくうろうろしている。守りの魔法が見えていないみたい。
魔力がないとこの守りの魔法は見えないから、ジョアンには魔力がないのだろう。
ふと、風にのって声が聞こえる。
「・・・・・ろー・・・ぜ・・・・」
ガルデオン様の声だ。私は、はっとなって、前をみると、目の前に竜の姿のガルデオン様がいた。
「わぁ」と悲鳴をあげて、私の前を歩いていたジョアンが私に飛びつく。震えているのがわかる。
「大丈夫よ。この方はガルデオン様と言って、私のお友達なの」
「ローゼ様の友達・・・・?」
「そうよ。だから、ジョアンとも仲良くなって欲しいわ」
それを聞いて安心したのか、ジョアンは私から離れて、ガルデオン様の前に立った。まだちょっと涙目だけれど、恐怖より好奇心が勝ったみたい。
「精霊様・・・?」
「ボクは空竜! チビ、お前は精霊と竜の違いもわからないのか?」
「ご・・ごめんなさい。空竜様。死んだかーちゃんが魔女の家にいるのは精霊だって言っていたからてっきり・・・」
「これだから、最近の人間は・・・・・。お前も絵本でも読んで勉強しろ!ふん」
でも、ガルデオン様は空竜様と呼ばれてまんざらでもなかったらしく、ふふふんと言うとぱたぱたとジョアンから離れて、私の腕の中におさまった。そして、後ろにいたアンに向かって叫んだ。
「おい、侍女。魔術師を追い出せ。さっきから変な魔法を使っていて、腹が立つ」
「はい!ガルデオン様! ささ、エリック様はお引き取りください」
アンがガルデオン様に対してとてもいい返事をして(いつもからは想像できないくらいいい返事だった)、エリック様を追い返そうと声をかけた。アンも、エリック様を追い出したかったのね。
でも、エリック様は魔法を使っていたの? 呪文を唱えているようには見えなかったけれど、いつ魔法を使ったのかしら?
エリック様をこっそり見ると涼しい顔で立っている。ガルデオン様を見て動揺しないし、自分が魔法を使っていたことを咎められても平然としていられるって、エリック様はどれだけ神経が図太いの?
「この守りの魔法をかけたのは空竜殿か?」
「それがどうした」
「とても綺麗な魔法だ。術者の愛情の深さがわかる」
「そ・・それは・・・当然だ」
「私はこのような綺麗な守りの魔法は初めだ。私が知っている守りの魔法はもっと冷たいし暗い」
「当たり前だろ。なんたって、このガルデオン様がかけたのだからな」
ガルデオン様の尾がぱたぱた揺れている。褒められて嬉しいんだ。
「この中に入れたということは、私は悪意がないと思われているのでは? それならば、ここで追い返されるのも心外というもの・・・・」
そう言いながら、エリック様が左手を私の腕の中にいるガルデオン様に差し出した。手には箱がぶら下がっていて、その箱をガルデオン様の前でゆらゆらさせる。なに?
「それに・・・・空竜殿は、デニス亭で本日のタルトというものもお気に召さなかったようだ」
エリック様は、さも残念だという風に肩をおおげさにすくめると、箱を持った手をまたロングコートの中にしまった。
「あーー! それはいるー! 絶対いるー! 仕方がない。魔法を使わないと言うなら、いれてやる」
ガルデオン様は私の腕から飛び立つと、エリック様のロングコートの裾を引っ張っている。ああ、だめだ。わかりやすすぎ! タルトに釣られてしまって・・・・。確かに、私はデニスさんのところに寄ったのに、ガルデオン様へのお土産を買ってこなかったわよ。それにしても、エリック様は用意周到ね。
あれ? さっき会ったばっかりなのに、ガルデオン様が甘いものが好きってなぜ知っている?
「エリック様は、ガルデオン様の好みをご存じでしたか?」
「いや、女性の家に行くのだ。お菓子の一つでも持っていかなくては無礼だろう? だから先ほどの店で用意してもらった」
エリック様が私にむかってにっこりと笑う。絶対、社交界向けの笑顔だと思うけど、くらっとしてしまった。あぶない。あぶない。私は息をおおきくはいた。
「それは、お心遣いありがとうございます」
はあーそういうことでしたか。一瞬でも、エリック様が私達のことを下調べして近づいたのかとひやひやした私が間違っていたわ。私も負けじと、社交界向けの笑顔でエリック様ににっこりと笑って見せた。
エリック様が一瞬目を大きくしたけど、どうしたのかしら? あら、エリック様のロングコートの裾を引っ張っていたガルデオン様が今度はがしかし爪を立て始めているわ。急いで中に入れないと、コートが破れてしまう。
「それでは、中にお入りください。頂いたお菓子でお茶にいたしましょう。アン、お茶の用意をしてくれる?」
「ローゼがそういうなら、仕方ない。魔術師、タルトをよこせ!」
「中に入ったら、渡そう」
「今がいい」
「今渡ししたら、すぐ食べてしまうだろ?」
「むう」
「少し我慢すれば、もっとおいしいぞ」
「そうか? そうだな。 では、急いで家にいこう!」
ごねるガルデオン様をうまくいなしているエリック様をみて、ふと思った。
エリック様はただ研究熱心で自己中心的な魔術師だと思っていたけど、見方を変えなきゃね。
ガルデオン様がエリック様に遊ばれているような気がする。
それに気配りができて、見た目が素敵な方だったら、きっと、エリック様は普段から女性におモテになるのでしょうね。まあ、私には関係ない話でだけど・・・・。
お読みいただきありがとうございます。
とても嬉しい!!です。
あまり展開がありませんが、思いのほか、長くなってしまったので、今日はここまで。




