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27.ゆうしゃをめざすきみへ(3)


 デニスさんの宿屋兼食事処につくと、早速赤毛の男の子の右足の治療を始めた。

 水で傷口を洗うとかなりしみたようで、男の子はぐっと口を閉じて顔を顰めている。

 私はポシェットから来路花(セージ)の葉を取り出すと右足に押し付けた。薔薇の棘なので、ひっかき傷のようなみみず腫れが幾筋もついていた。傷口は浅いようだから、これですぐ血は止まって治るはず。

 私はひと段落着くと、デニスさんにお腹にたまるような軽食を頼んだ。

出てきたのは、キュルリ鳥という大型の鳥をローストしたものをほぐしてパンに挟んだ肉サンドだった。お肉にはデニスさん特製のソースがかかっている。私のところまで、甘い香りがくる。赤毛の男の子が唾をごくんと飲む音が聞こえる。私はデニスさんからお皿をもらうと、赤毛の男の子の前に置いた。


「それで、名前はなんていうの?」


 男の子は、私とお皿のサンドを交互に見比べて唇をかんだ。そして、ぶっきらぼうに呟いた。


「ジョアン」


 ジョアンは、自分の名前を告げてしまうと、皿の上のサンドをひったくるようにとり、がぶりと噛みついた。ソースが口から零れて手をつたう。ジョアンは手が汚れることを気にする余裕もなく、ガブッガブッとかぶりついた。よっぽど、お腹がすいていたのね。あんまり慌てて食べるので、途中でゴホゴホとむせて胸を叩いている。


「大丈夫。ゆっくり食べてね。そのソースは兄さん特製のソースだから美味しいでしょ?」


 ニコラさんがお水を持ってきてくれた。ジョアンはあわてて水を飲んでいる。


 ジョアンの隣で、エリック様がジョアンと同じ肉サンドをナイフとフォークを使って食べている。あっ。この人は上級貴族だ。元公爵令嬢だった私がみても綺麗な所作だもの。カウンターの向こうに戻ったニコラさんが顔を真っ赤にしている。さっきジョアンにお水を持ってきたときになにか言われたのかしら? 

 

 肉サンドを食べ終わったジョアンは下を向いて太ももに手を置くと、手をぎゅうっと閉じている。


「ねえ、ジョアン、落ちている薔薇を見て悲しそうな顔をしたじゃない? どうして?」


 私に話しかけられて、ジョアンがびくっとする。しばらく黙っていたけど、下を向いたまま、ボソボソッと話し出した。太ももに置いた手に涙がポタッポタッと落ちていく。


「・・・・実は、オレ、花売りなんだ。だから、あんたが持っていた薔薇がいい薔薇だってことはわかった。・・・・だから、そんないい薔薇を持っているあんたはきっと金持ちだと思ったんだ」


「・・・・そう。でも、実はね、このポシェットの中にはお金は入っていなかったのよ。私達も花売りに薔薇を売ってお金をもらうつもりだったの」


「ちぇっ。損した」


 ジョアンが舌打ちをしたけど、それが強がりだってことはすぐわかった。だって、肩を震わせて、涙が止まっていないもの。


「でも、このポシェットの中には、大切なものが入っているの」


 私は、ジョアンにだけ見えるようにそっとポシェットの蓋をあけて、「これよ」とかぎ針の袋を見せた。ジョアンには何かわからないだろうけど、私にとって大切なものだって伝わったんだと思う。

 ジョアンがびっくりしたような顔をして私を見る。鼻を真っ赤にして鼻水までだしているわ。私は、そっとハンカチを渡そうとした。ジョアンは潤んだ目を大きく開いたまま固まっている。私は、ハンカチでジョアンの涙をふいてあげた。ジョアンの強がりもそこまでだったらしく、「ごめんなさい! ごめんなさい・・・」と大声で泣き出した。

 私はジョアンの背中に手をまわすとぎゅっと抱きしめた。


 しばらくわあわあ泣いていたジョアンも恥ずかしくなったのか、私の腕をほどこうともがきだした。わたしも、手を放してまた傍に座った。


「・・・・最近、花がすぐ枯れちまって売れなくなってしまった。買った奴らから金返せと脅されるし、キリの薬代は払わなきゃいけないし、どうしていいかわからなくなって・・・・」

「花がすぐに枯れるの?」


 あれ? 最近、アンももらった薔薇の花束がすぐ枯れたって言っていたわ。水揚げを失敗したかと思っていたのだけど・・・・。

 すると、カウンターに立っていたデニスさんが、「確かに」と言いだした。


「俺もいろんな花売りから花を買うけど、最近はどの花もすぐ枯れちまうなあと思ってた」

「最初は、オレも摘んできた花が悪かったのかなと思うくらいだったんだ」

「花の日持ちが悪くなれば花売りの怠慢だと思われるのは当然だな」


 エリック様が冷たく言う。ジョアンはそんなことを言われるのは心外だとばかりに顔を真っ赤にして立ちあがった。


「だから、オレだっていろいろ工夫してみた。摘む花も選んだし、・・・・いつもより質のいい薬液を使ったり、水揚げの方法をかえてみたりしたけど、・・・・全然だめだったんだ。おまけに、最近は、だんだん枯れる速さが早くなってしまって・・・・他の花売りにも聞いてみたけど、同じようにすぐ枯れちまうって言っていた」


 ジョアンはそう言うと、がっくりと肩をおとして座り込んだ。


「ねえ、ジョアン、ジョアンはいつもどこから花を手に入れるの?」

「宵の杜の秘密の花畑」


 宵の杜近くの花畑? 花って農家やギルドから仕入れてくるものではないの?


「ルッコラ村では、宵の杜から摘んできた花を子どもが売ってもいいことになっている。花売りの子どもには、自分だけの秘密の花畑がある。花売りの子どもは少しでも高く売れるよういろいろ努力しているらしい」


 デニスさんが、ジョアンのほうを見て片目をつぶった。

 そうか。だから、ネル商会のヒューバートさんは花を花売りに直接売っていいと言ったのね。花売りは自分で摘んでくるから、商会は関係ないのね。じゃあ、わたしも花売りには売れないってこと? そういうこと? ちょっとがっかり。


「しかし、こんなに生命力が高そうな薔薇が、2日で悪くなるようには思えない。さっきも魔法を使うのに十分な対価だった」


 エリック様はデニスさんに買い取ってもらった薔薇の花束を見ながら言った。私が持っていた薔薇は魔法の対価に使われたけれど、アンが持っていた薔薇はデニスさんに買い取ってもらった。そのお金で、ジョアンの軽食代を払っている。


「それは、うちの庭に咲いていたものを朝摘んできたものです」

「うちの庭?」


 デニスさんが素っ頓狂な声をだして会話に割り込んできた。


「ローゼ嬢、いつ家を持つようになったんだ? このデニス亭で暮らしてよかったのに・・・」


 デニス亭に住む? 私達が行き場がなくなった時のことを考えてくれていたのかしら? それはとても嬉しい申し出だけど、全然考えていなかった。


「あ、兄弟子がこのルッコラ村で家を建てていたのです。今はそこに居候しています」

「兄弟子の家に住んでいる??」

「はい。宵の杜近くの魔女の家と言われていたところに住んでいます」

「ああ? 魔女の家? ということは、実は『宵の杜の魔女』だったのか?」

 

 ますますデニスさんの声が大きくなり、「そうか、そうか」と一人で興奮している。私が「違う」という声は聞こえていない。だめだ・・・・・。


 ジョアンは椅子から慌てておりて私の前にふらふらっとやってきた。顔色が真っ青になったかと思うと真っ赤になっている。


「宵の杜の魔女様? オレ・・・・」


 ジョアンは膝をついて私の足元に両手をついて、頭を地につけた。ちょっ・・・ちょっと・・そんな平伏なんかしないで。私はあわててしゃがんだ。


「宵の杜の魔女様、なんでもしますから、どうか、オレを弟子にしてください。」


 魔女様? 弟子? ちょっとまって。デニスもジョアンは絶対誤解している。私は宵の杜の魔女じゃない・・・・。


「ジョアン、貴方を弟子にすることはできないわ。だって、私・・・」

「宵の杜の魔女様、さっきのことが・・・・」


 ジョアンがあげた顔は泣きそうになっている。あ、さっきのひったくったせいで弟子になれないと思っている?そうじゃないのに・・・・。


「ちがうわ。ジョアン、私は貴方とお友達になりたいの」


 私はジョアンの手をとって立ち上がらせた。そして、ジョアンに私の気持ちが伝わるようにゆっくりと話をした。


「だから、私のことは魔女と呼ばないでローゼと呼んで頂戴」

「・・・・ローゼ・・・・」


 ジョアンが、唇を震わせながら小さな声で呟いた。


「うん。そう、これで友達ね。ジョアンが知りたいことで私が教えてあげられることなら教えるわ。ジョアンも私が知りたいことを教えてね。・・・そうね・・・。ジョアン、さっき話していたキリって? 」

「妹。・・・・病気だから家で寝ている」

「では、妹さんに何かお土産を作ってもらいましょう。デニスさん、パンとこの前頂いたひよこ豆もペーストを少しもらえるかしら?」


 デニスさんに頼もうとデニスさんの方をみた。興奮気味のデニスさんは、相変わらず上の空で「やはり、騎士団を助けられたのも『宵の杜の魔女』だったからか・・・・俺は、雲の上の人のことをす・・・・」とぶつぶつ言っている。


「デニスさん」


 私は少し強めの声を出して、デニスさんの前に立った。デニスさんはびっくりしたのか、顔を真っ赤にしている。


「デニスさん、いろいろ誤解しています。とりあえず、ジョアンの妹さんにお土産を」

「あ? あっ。ああ、お土産だな。まかせとけ。誤解か? 誤解・・・・そうか誤解だな」


 なぜか何度も誤解と言いながらデニスさんは厨房に戻っていった。


「ところで、『宵の杜の魔女』とはなんだ? 君はその『宵の杜の魔女』なのか?」


 エリック様はニコラさんに入れてもらったお茶をゆっくりと飲んでいたらしく、手にはカップを持っている。そして、優雅に微笑みながら、私に聞いてきた。あー面倒な人が残っていた。

この人、黙って今の会話を聞いていたのね。


「私が今住んでいる家が、昔『宵の杜の魔女』と呼ばれた女性が住んでいた家があった場所なのです」

「それで?」


 エリック様の緑色の目が細くなる。なにかいやな汗が背中をつたわる。ごくりと唾を飲み込む。尋問されているような気分だわ。


「デニスさんがいう『宵の杜の魔女』は昔話の中に出てくる人物です。そうですよね? ニコラさん?」


 ニコラさんがうんうんと大きく頷いてくれる。よかった。巻き込んじゃえ。


「実は・・・・私は兄弟子を探してこのルッコラ村に来たばかりなので、昔のことはニコラさんに聞いてください」

「えっ。そんな、ローゼさん、いきなり話をふりすぎじゃありませんか? 確かに兄さんは舞い上がってだめだけど・・・・。はあ、わかりました」


 ニコラさんがため息をついた。ごめんなさい。話ふりました。よろしくお願いします!

 ニコラさんはどう言おうかしばらく考えていたようだけど、口を開いた。


「突然ですがエリック様は精霊様を信じますか?」

「存在は信じている」


 エリック様は迷うことなく即答した。エリック様は信じている派なのね。私はニコラさんとエリック様を見てうんうんと頷く。


「ならよかったです。精霊様は宵の杜にしか現れないので、宵の杜以外から来た方は信じない方が多いのです。この村の者は小さなころから、精霊様を信じて暮らしています。

『宵の杜の魔女』様が作る不思議な花を食べにたくさんの精霊様が魔女の家に遊びに来ていたと聞いています」


 不思議な花? それってクロッシェ? そう考えるのはあまりにも短絡過ぎるかしら? もう少し情報が欲しい。でも、エリック様がいる前で話を聞くのは躊躇われるわ。近くに立っていたアンも首を振っている。

 私がどうしようと悩んでいると、エリック様がニコラさんと話を進めていた。


「それはいつごろの話か?」

「ネル商会のばばさまが若いころに、魔女様と仲良くしていたと言っていますが、正確なことはなんとも・・・・」

「その、ネル商会のばばさまとやらに聞けば詳しいことがわかるのか?」

「ばばさまは半分夢の国の住人なので・・・・」

「そうか。他に知っている人は?」

「ほかのじじさま、ばばさまは魔女様にも精霊様にも会ったことはないそうです」

「そうか」


 エリック様が宵の杜の魔女について知りたがることも気にかかる。


 でも、今はなんて言えばいいか考えていると、エリック様が、私をじっと見ていることに気がついた。その獲物を見つけた猛獣のような目に私は震えあがった。そんな私をみて、エリック様がにやりと笑うのがわかった。


「それでは、まず、宵の杜の魔女の家に行ってみよう。()()殿()

「はい?」


 私の素っ頓狂な声が部屋中に響いた。



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