26.ゆうしゃをめざすきみへ(2)
「でも、お嬢様、よかったんですか?」
「ルーカス様がまた来るって言ったこと? ルーカス様はガル様を敵視せずに、頼りにしているように見えたから、大丈夫じゃない?」
昨日、ルーカス様は『また来ます』と嬉しそうに言って帰っていった。ガルデオン様とずいぶん楽しそうに話をしていた。ガルデオン様が竜だとわかっても、変わらない態度のルーカス様にちょっと好感が持てた。だから大丈夫かな。
私は、両手いっぱいの薔薇の花をよいしょっと持ちかえた。今朝摘んだばかりの薔薇からはとてもいい匂いがする。摘んでしまったからほとんど魔力はないけれど、村で売るには十分な美しさだ。私とアンは、花売りにこの花を買ってもらおうと、ルッコラ村の通りを歩いている。二人とも両手いっぱい薔薇を抱えていて、まわりがよく見えていない。
「たぶん、今日も来ますよ。お嬢様目当てで」
「えっ? どうして? そこは、ガル様目当てでしょ」
「・・・・そういうことにしておきましょう。でも今日は、ガル様は出かけていますよ」
「そうね。困ったわ。絵本にも毒を吐く魔物のことは載っていなかったもの。毒蛇とかはその名の通り毒を持っているけど、人の2倍もある蛇なんて、考えただけでもぞっとするわ。吐く息が毒なんて、考えただけでも怖いわ」
私は想像しただけで、鳥肌が立ってきた。昔から蛇は苦手だわ。
「・・・・絵本、お読みになったのですか?」
アン、蛇のことは聞き流したわね。アンも蛇嫌いだったと思い出して、蛇の話をするのをやめた。
「ええ。昨日ね。1巻と2巻はよくあるおなはしだったわ。ガル様くらいの小さな男の子が勇者になるために修行をするの。岩山にのぼったり、けんかした友達と仲直りしたり、困難に立ち向かっていくの。そうね、ティオにも読んで聞かせたいと思ったわ」
「そうですか」
「でも、絵本を読んだからってすぐに何かをできるってわけでもないわ。知識ではガル様に到底及ばないし。出来るのはクロッシェを編むことくらいね。そうだわ。解毒作用があるものを編むことができたらいいのに・・・・」
「そうですね。クロッシェのことはさっぱりですが、お嬢様ならきっといい方法を見つけられますよ」
アンに言われて俄然やる気がでてきた。そうね。ファニール様にもらった『これでわかる薬草のすべて事典』をじっくり読んでみることにしよう。それで、効果のありそうな魔力を組み合わせてクロッシェを作ってみればいいのよ。薬草室もあることだし、植物もあるし、あとは私次第だわ。なんだか楽しくなってきた。
「・・・・ですが、やはりルーカス様と親しくするのはいろんな意味で心配です」
「うーん。私の素性がばれて家に帰されること?」
「まあ、それもありますけど・・・・」
「ルーカス様は、お父さまに黙って報告するとは思えないの。ちゃんと話せば、わかってくれそうな気がするから大丈夫かなって思っているの」
「それはそんな感じもしますけど・・・・」
「クロッシェのこと? クロッシェのことがばれたらどうするかはガル様と相談ね。でも、昔、この宵の杜の魔女はクロッシェを編んで暮らしていたらしいわ。その魔女のことを調べれば上手くいきそうな気がするの」
「それもそうだと思うんですけど・・・・」
なんとなく アンにしては歯切れの悪い言い方ね。他に問題があるのかしら? 考えてみたけれど、思い当たるところがない。
「絵本にも『ゆうしゃをめざすならいろんな人と友達になろう』って書いてあったわ」
「・・・お嬢様は勇者を目指すのですか?」
「いいえ。私が目指すのは、ひっそりと暮らす隠者のような生活よ! すてきな旦那様とアンがいればそれだけで幸せ」
「お嬢様ったら・・・」
アンが真っ赤になっている。可愛い。アンがこほんと咳ばらいをした。
「それにしても花売りってどこへ行けば会えるのでしょうか? 私ちょっと聞いてきますね」
そう言うと、アンは、話をするために近くの屋台へ近づいていった。アンと屋台のおじさんの話す様子をぼおっと見ていた時である。
『ドン』
えっ?
すごい勢いで何かが私の腕に当たってきた。なに? 私はその勢いに押されてバランスを崩す。あっという間に足がもつれてしりもちをついてしまった。いったああい! 薔薇の花がバラバラになって地面に落ちる。
私にぶつかってきたのは赤毛の男の子だった。男の子もしりもちをついている。男の子は落ちた薔薇を見て一瞬悲しそうな顔をした。よくみると、シャツは破れていて裸足だ。
「いたたた・・・・。けがはない? ちゃんと前を見て・・・・」
私は地面にお尻をつけたまま、男の子に手を伸ばした。
えっ? 男の子の右手にきらりと光るものがある。それって小刀? やられる!? 私は思わずぎゅっと身を縮めた。すると、その赤毛の男の子は、私のポシェットをぐっと引っ張って持っていた小刀で紐を切ると、私のポシェットを持ったまま立ちあがり走り出した。
「待って! それは私の大切なものなの! 返して! 誰かその赤毛の子を捕まえて!」
すると、地面に散らばった薔薇がすごい勢いでその蔓を伸ばし、走り去ろうとした赤毛の男の子の右足に絡みついた。男の子は足元をすくわれてばたんと倒れた。小刀は音をたてて地面を滑っていく。絡みついた蔓は締め付ける力を増し、薔薇の棘が男の子の足を傷つけ血が流れていく。
何が起こったの? 私なにかした? 一瞬のことで何がなんだかわからない。
私が状況を把握できずあわあわしていると、私の横に人の気配を感じた。慌てて顔を上げると、青いロングコートが目に入った。
「返しなさい」
青いロングコートの人は落ちていた小刀を拾い、男の子に近づいていく。私には後ろ姿しか見えないからどんな人かわからない。おまけに、その人はフードを被っている。青いロングコートの裾からは鞘の先がみえるから、皇国軍の騎士様?
アンが「お嬢様」と泣きながら走り寄ってきた。薔薇の花はさっきアンが話していた屋台のおじさんが持っている。変なところが気になってしまうってことは、私もまだ動転しているのかしら?
「私がそばを離れたばっかりに、申し訳ありませんでした」
「ううん。大丈夫。その・・・・助けてもらったから・・・・?」
私のポシェットをひったくった男の子の腕を掴んで、青いロングコートの人が近づいてきた。首から魔石が埋め込まれている七竈のリングをぶら下げている。七竈のリングを持っているから魔術師なのかしら? でも、着ているのは青い制服だし帯剣しているから・・・皇国軍の騎士様のような気もする。私の前に立つとその男の人はフードをとった。紫紺色の髪をうなじのあたりで束ねていて目は茴香のように深い緑色だわ。アレクぐらいの年かしら? 私はあわててお礼をいうべくスカートを摘まんで腰をおとした。でも、なんて呼べばいいのかしら?
「ありがとうございました。・・・騎士様? 魔術師様?・・・・」
「皇国軍第3師団所属のエリックだ」
「エリック様、ありがとうございました。・・・・さきほどの蔓はエリック様の魔法ですか?」
「地面に散らばっていた薔薇を対価に使った捕縛の魔法だ。対価に使うことの了承を得ずに使ってしまいすまない」
「謝らないでください。咄嗟に魔法を使ってくださったことに感謝します。赤毛の男の子を止めていただき本当にありがとうございました」
エリック様は赤毛の男の子の腕をぐいっと引っ張って、私の前に立たせてにポシェットを返すように促した。男の子は口をぎゅっときつく閉じたまま、持っていたポシェットを私の前に差し出した。
「ああ、よかった」
私は男の子から受け取ると、ポシェットを抱きしめた。戻ってきて、本当に良かった。涙が出そうになった。
「お嬢様のポシェットをひったくるとはなんとう不届きもの! 保安に連れて行って重い罰をもらうがいい」
アンが怒りに満ちた目で男の子の顔をみる。手がわなわなと震えている。ああ、すごく怒っている。
「取られる方が間抜けなんだろ。ぼおっとたっている奴が悪い」
男の子も不貞腐れた顔をして言い返してきた。かっとなったアンが、思わず男の子の頬を叩きそうになったので、慌ててアンの手を握った。アンが「お嬢様、お手をお放しください」と言うけど、「だめだ」と首を振る。
「どうする?保安に差し出すか?」
それを聞いて赤毛の男の子は逃げ出そうとばたばたともがきだした。暴れれば暴れるほど絡まっている薔薇の蔓の棘が足をひっかき、男の子の右足はどんどん血だらけになっていく。見る見るうちに男の子は苦悶の表情になって「うっ・・・つ・・・」と声が漏れる。相当痛そうだ。
「いえ、この通りポシェットは返ってきたので保安に連れて行かなくて結構です」
私は首を振ると、男の子の右足に絡みついている薔薇の蔓をとろうと男の子の前にしゃがんだ。アンがまだ何か言おうとしたけれど、無視することにした。エリック様は私が何をしようとしたか分かったらしく、「甘いな」と大袈裟にため息をつくと魔法を解いて蔓を取ってくれた。地面に落ちていた薔薇は魔法の対価として使われたので、魔法が解けると消えてしまった。
エリック様は、男の子の右腕はしっかりと握っているけど、もう逃げないんじゃないかな?
私は男の子を怖がらせないよう、なるべく明るく声をだそうと努力した。
「右足、とても痛いでしょう。手当てもあるし、私と一緒に何か食べに行かない?」
「・・・・・行くわけないだろ、馬鹿・・・・」
ぼそっと言うと赤毛の男の子はそっぽをむいた。でも、もう逃げないから単なる強がりじゃないかな?
でも、今の言葉でアンが怒るのでは? そう思って慌ててアンを見たけど、アンには聞こえなかったみたい。ああ、よかった。
「魔法を使って私もちょうどお腹がすいた。この子と一緒に美味しい店に連れて行ってもらおうか」
いや、あなたは誘っていません。----そう言えたら、どんなにいいだろう。
私が立ちあがると、隣でアンもがっくり肩を落としているのがわかる。もうこれ以上皇国軍の人と関わりたくないのは私も同じ。でも、ここで断るだけの理由がない。
仕方なく、エリック様も誘って、四人でデニスさんのところに向かうことにした。
行くまでの道、エリック様はアンが抱えていた薔薇を持ってくれたので、まあ、よしとしよう・・・・。




