25.ゆうしゃをめざすきみへ(1)
「しっかし、おかしいんだよねー」
薬草室ー1階奥の部屋を私は薬草室と名付けたーの机の上でごろごろしながらガルデオン様が言う。手には出来上がった薔薇のクロッシェをちゃっかりと持っている。さっきからいくつ編んでも私の手元に残らず、ガルデオン様のお腹の中に入っていく。アンが『お行儀が悪い』と何度も怒っているけど、全然気にしていない感じ。逆に煽っている感じさえある。
「何がですか?」
相槌を打ちながら、私は編みあがったクロッシェを自分のそばの籠にいれる。そっと、ガルデオン様から遠ざけてみるけど、だめかしら? ガルデオン様はごろごろっと籠のそばに寄ってくる。そして、手に持っているクロッシェを口に入れると、編みあがったクロッシェを手に持つ。やっぱり、だめだったわ。そして、新しい薔薇のクロッシェを持ち上げてしげしげと見ている。私には香りまではわからないけれど、虹色の魔力がきらきらしているのがわかる。竜王国の温室の薔薇ほどではないけど、とても綺麗。ガルデオン様が揺らす度、輝き方が変わる。まるで宝石みたい。
「こんなに魔力がいっぱいあるのに、庭でもここでも精霊を見ないんだよね。ローゼのクロッシェに釣られて来てもいいはずなんだけどなぁ」
「そういうものですか?」
「うん。そういうもの」
精霊もクロッシェが好きだという話だっだわ。このクロッシェにつられてくる精霊ってどんな姿をしているのかしら? 小さいのかしら? 大きいのかしら? おとぎ話に出てくるような姿ー尖った耳と虹色の羽根なのかしら? どのように見えるのだろう? 精霊を見たことがない私は、あれやこれやと想像してみる。
「私は精霊を見たことがないのですが、精霊ってどのような姿をしていらっしゃるのですか?」
「あ、ローゼ、絵本読んでないの?」
ガルデオン様がじとっとした目で私を見る。絵本を読まなきゃとは思っていたけど、トランクにいれたままだわ。アンに持ってきてもらって、今から読まなきゃかしら? ちょっとばかり肩身が狭くなった私はアンの方を見た。
「今から読みますわ。アン、絵本をとってきて」
「わかりました。全巻持ってきましょうか?」
薬草掛けに薬草をかけていたアンが手をとめて、私の方をむく。ガルデオン様があわてて、「とりにいかなくていい!」と言う。アンはじとっとガルデオン様を見て「やはりクロッシェ優先か」とぼやいている。アンのぼやきはガルデオン様にも届いたはずなのに、ガルデオン様は聞こえなかったとばかりすまし顔をしている。
ガルデオン様は立ち上がると『えへん』と咳ばらいをした。
「じゃあ、今日は大サービスで教えてあげるね。でも、絵本もちゃんと読んでね!」
「はい。そうします」
「よろしい。・・・うんとね、精霊っていうのは、ふわふわっとしている」
「ふわふわっとしたもの?」
さっぱりわからない。ふわふわって何? 小さな子どもの説明ではないのだから、もっと具体的な説明を望みたい! 大きさは何fとか! でも、ガルデオン様からはいい答えが返ってこない。
「うん。なんかのきっかけで魔力からふわっと生まれてくる」
「魔力からふわっと生まれてくる? それでは、普通は見えないものなのですか?」
「見えるものもあれば見えないものもあるかな?」
なぜ疑問形で答えが返ってくる? 魔力から生まれるってことは魔力でできている? クロッシェと同じ? でもクロッシェには意思はないわ。精霊には意思があるのよね?
「私には見えますか?」
「わからないなあー?」
ええいといってかぎ針を放り投げて、絵本を取りに行きたい。
「それはどうしてですか?」
「たぶん、精霊王はそこそこ長く存在しているからローゼやそこの侍女でも見えると思うんだ。でも、儚すぎて、見えるかどうかは微妙な精霊もいるんだ。
それにさ、ローゼが精霊を信じている? 信じないと存在していても見えないよ」
ガルデオン様はふわあっとあくびをすると、座って翼の下に頭をいれた。えっ。説明それで終わりなの? ガルデオン様を揺り起こしたい気分になった。でも、きっと私が理解できるとは思えない。
後でじっくり絵本を読んでみよう。そう決めて、ガルデオン様が寝ている間に、せっせとクロッシェを編むことにした。
ーーーー目先のことに囚われがちでいろいろと後回しにしている自覚はある。
ああ、この性格なおしたいなあ。
*********
『トントントン トントントン ・・・・』
乾いた木の板を叩く音がする。アンが「誰かが入り口にある呼び板を叩いているようですね。見てきます」と薬草室を出て行った。ガルデオン様はすやすや寝ている。ここまで人は入ってこないだろうから、そっとしておこう。私も片づけをして、薬草室をでた。
暖炉のある部屋にもどると、そこには、椅子に優雅に座っているルーカス様と困り顔で立っているアンがいた。ルーカス様は私を見つけると、椅子から立ち、右手を胸に当てると片足をひいた。きちんと挨拶をされたので、わたしもスカートを摘まんで腰を落とす。
「あ・・あの・・・」
「騎士団の宿舎に戻ったら、君たちが出発したと聞いて・・・・」
ルーカス様が垂れ目気味の目をもっと下げて言う。
「でも・・どうして・・?」
「ネル商会に問い合わせたところ、ここだと聞いて、馬を走らせてきた」
ルーカス様がわざわざ追いかけてくる理由がわからない。もしかして、宿代の請求?それとも私の身元がばれた? 私は上目遣いで、おそるおそる聞いてみる。
「あの・・・何か不行き届きな点があったのでしょうか?」
「そうではない。ただ、君たちがいなくなったのではないかと不安になって・・・・」
はい? ルーカス様をよく見ると、馬を慌てて走らせてきたのかしら? 顔が真っ赤だわ。これじゃ追い返すわけにもいかないわ。せめて落ち着くまで、相手をしなきゃ。私はふうと肩を落とすと、アンの方をみた。
「アン、お茶を用意して差し上げて」
「あの・・・お嬢様、よろしいのですか?」
「構わないわ。あと、濡らしたタオルも用意して差し上げて。・・・なにも用意できませんが、お座りになられてください」
アンが礼をして右側の扉を開けたまま、部屋を出ていく。アンも万が一のことを考えているのだわ。私はさりげなく薬草室への扉の前に立ってポシェットに手を入れる。もし、私を連れ戻しに来たとしたら、まず、足元に火竜の鱗を投げつけて、それから・・・。
「すまない。ローゼ嬢がいなくなったらと思ったら居ても立っても居られなくなってしまって・・・・驚かせてしまった。それなのに、・・・・心優しく声をかけてもらい、私は何と言っていいか・・・・」
ルーカス様が困ったような嬉しそうな複雑な顔をして、椅子に座る。「ああ、・・・かった」とルーカス様が小さな声で独り言をつく。私には小さくて、聞き取りにくかったけれど、私を捕まえに来たわけではない・・・・と考えていい? でも、それならなぜ??
「ここは、兄弟子の家だと聞いた。一緒に住むのだろうか・・?」
「え? ・・・・あっ・・・・はい。あっ・・でも、私とアンが同じ部屋に住むつもりです」
「・・・そうか」
ルーカス様が私から視線をそらす。あ、部屋の状況とか確認している? アンと一緒といわないほうがよかったかしら? このまま喋ったら不利なことを言ってしまうような気がする・・・・どうしよう・・・・。困ってしまって、きょろきょろしていると、アンがお盆をもって戻ってきた。「お嬢様」と小さく私に声をかけてくれた。
「すまない」
ルーカス様はまず、アンから濡れタオルをもらって、手を拭いた。
「おや・・このタオルは? なんだかすっきりするが・・・・」
ルーカス様がしげしげと濡れタオルを眺めている。それは、きっと薄荷水に浸しておいたタオルを持ってきたんだわ。
「それは、薄荷水に浸しておいたものですわ。顔にあてると、さっぱりしますよ」
「・・・・試してみよう」
そう言って、ルーカス様がタオルを頬にあてる。ほおっとため息をつく。
「気持ちがいい・・・・・。ぜひ、騎士団でも使いたいものだ」
「それでは、薄荷水を作るための薬草を騎士団にお納めいたしますわ。それに、そのタオルで拭くと嫌な臭いもとれますよ」
「魔法か?」
「いえ、薬草の効能ですわ」
私は、ここぞとばかりに愛想よく言う。薬師としての価値があれば、私を無下に連れて帰ろうなんてしないはずと打算が働く。
「そうか。それならば明日にでも用意できるか? 私も出納係に声をかけておこう。
ところで、今日、ガルデオン殿は?」
「お昼寝中ですわ」
「そうか。子どもにとっては昼寝も大事な仕事だ」
ルーカス様がはははっと笑う。それからは、和やかな雰囲気でお喋りをすることができた。
生活に不都合があれば連絡してほしいと何度も言われたり、今度ぜひ食事に行こうと誘われたり・・・・・・。
『ギーィ・・・・カタン・・・・』
私の後ろで扉が開く音がした。あら、ガルデオン様起きたのね。そう思って振り返ろうした時、急にアンが走り出して扉の前でこちらを背にしてうずくまった。えっ? アン? さっきまで笑っていたルーカス様がぎょっとした顔をして固まっている。えっ?
よく見ると、アンの腕の中から、空色の髪の毛ではなくて翼が・・・・。あっ・・・・。
「おい、侍女。離せ」
「できません」
ルーカス様がガタンと立ちあがり、剣を抜いた。すごい殺気でアンの背中を見る。アンはガルデオン様をぎゅっと抱きしめて丸くなっている。アンの背中がガタガタ震えているのがわかる。ルーカス様が空いている手で私の腕を掴み引き寄せる。私を庇うように立っている。
「ローゼ嬢、魔物だ。こちらに」
違う!誤解だ。このまま剣を向けさせてはいけない。私は、ルーカス様の前にでた。なんだか抱きついている感じになってしまった。ルーカス様が驚いて私を見る。
「ローゼ嬢・・・・」
「違うんです。ルーカス様。あの方はガル様です」
「・・・・ガルデオン殿・・・・?」
「そうです。ガル様の本当の姿です」
ルーカス様が私を見、アンの背中をみる。交互に何度も見る。その度に、私は「ガル様です」と言った。だんだん、ルーカス様の目が驚きで大きくなっていく。
「・・・そう・・・なのか・・・」
ルーカス様が、私の腕を離して、剣を鞘に戻してくれた。よかった。わかってくれた。私はほっと安堵の息をついた。でも、ルーカス様の顔が真っ赤だ。怒っている? 殴られるのは痛いから、思わずルーカス様の腕を掴んだ。
「これには深い理由がありまして・・・・・」
ルーカス様の顔がさらに真っ赤になっていく。・・・・ど・・・・どうしよう。
「ご・・ごめん・・・・」
「あれ? ルーカス来てたの?」
私が弁解しようと口を開いたとき、アンの腕からもぞもぞっと出てきたガルデオン様が暢気に言った。
私は、ルーカス様の腕を掴んだまま、ガルデオン様が竜であること、人間に敵意がないこと、宵の杜の異変を調べに来ていること、を早口で説明した。もちろん、私のことは内緒のままだ。
ルーカス様は、腕を掴まれている私の手にそっと手をあてると、「・・・・ローゼ嬢、顔が近いです」と呟いた。私は、慌てて手を離すと、3歩ほど後ろに退いた。思わず近づきすぎてしまったことに、私はようやく気がついた。
「も・・・申し訳ありません。取り乱してしまいました」
私は、慌てて頭を下げて謝罪をする。
ルーカス様は疲れたように椅子にどかっと座った。
「そういうことだったのか。子どもにしては賢者のような振る舞いをするから、なにかあるとは思っていたが・・・・」
「そーゆーこと」
ガルデオン様が机の上に立って、尾をぱたぱたさせている。
「ルーカス、ボクが竜だと知って退治する?」
「さっきは、ローゼ嬢を守らなくてはと必死だっただけだ。アン殿が身を挺して、魔物に覆いかぶさっていると思ったからな」
ルーカス様はアンが身を挺したと思ったの? アンは咄嗟に隠そうと走っただけだと思うんだけど。
「ルーカス、ボクが竜だとわかっても友達?」
「ああ。先日の私の気持ちに変わりはない」
「なら、ボクの邪魔をしない?」
「ガルデオン殿が人に危害を与えるとは思えないので、竜だからと言って私は捕まえたりはしない」
よかった。てっきり、竜だと判ったら捕まえてしまうかと思っていたもの。
ルーカス様が「竜・・・そういえば・・・・」と言いかけて黙ってしまった。
「?」
ルーカス様は、言葉を選んでいるようだ。
「今日、『祭壇あたりに竜がいた』と報告を受けた。その竜のことをガルデオン殿は知っているか?」
「どんな竜だ?」
ガルデオン様の声が低くなり、今までぱたぱたと振っていた尾が止まった。群青の瞳がきゅうっと深くなったようにみえる。
「大きさは人の2倍以上。真っ黒な鱗を持っているが、翼は短い。吐く息は毒だったらしく、その息を浴びた猟犬たちが泡をふいて死んでいったらしい」
「毒を吐く竜は存在しない。それはおそらく悪しき精霊が憑りついているなにかだ」




