19.勇気と無謀(2)
目が覚めると、私はベットの上にいた。温かい部屋、ふかふかのお布団。ここはどこ?
「お嬢様、お目覚めですか?」
「アン?」
「はい。アンです」
顔だけを声のする方にむけると、黒いワンピースをきたアンが立っていた。
「・・・・アン、背中の傷はどう?」
「もう、大丈夫です。お嬢様に治療してもらったので、ルッコラ村に着いた時には、血も粗方止まっていました。治癒師に治してもらい、今はかさぶたができてかゆいくらいです」
「よかったぁ」
アンが近づいてきて、私の手を握る。温かい。そう思うと涙が出てきた。
泣き笑いの私を、アンがぎゅっと抱きしめてくれる。
「もう私は大丈夫です」
「・・・・ごめんね・・・・・ごめんなさいアン・・・うわあああ・・ん」
私は恥ずかしげもなく声を上げて泣き出してしまった。アンは、私が泣き止むまでぎゅっと抱きしめてくれている。私の無謀な行動でアンをケガさせてしまったのに、アンは大丈夫だと言ってくれる。
あの時の恐怖と今の安心といろいろ混ざって、心の中はぐちゃぐちゃ・・・。
やっと落ち着いた私は、アンに手伝ってもらって体を起こした。アンがさりげなく腰のところに枕を置いてくれる。
「ここは?」
「ルッコラ村です。騎士団のご厚意によりこの宿に泊まらせていただいています」
私は、部屋の中をゆっくりと見渡した。ここは、4人部屋なのかしら?私が寝ている場所が窓側なのね。窓側に2つ、入り口側に2つのベットがある。扉まで、歩いて15歩ほどくらい?中央に白木のテーブルと椅子がある。シーツの肌触りもいいし、枕も柔らかい。とてもいい部屋に泊まっているらしい。
「ガル様は?」
「昨日までお嬢様の看病をなされていました。しかし今朝は用事があると出て行かれました」
「そう・・・」
「はい。お嬢様はもう3日も寝ていらっしゃったのです。ガルデオン様は魔力不足だけだから大丈夫と言いながら、ずっとそばで手を握っていらっしゃいました」
3日も寝ていたの?その割にはあまりだるくない。ガルデオン様がきっと魔力をわけてくれていたに違いない。つらつらと考えていると、アンが蜂蜜入りの檸檬水を持ってきてくれた。それをちびりちびりと飲むと、体にすっと力が入ってくる。頭がすっきりしてきた。
「それで、私・・・・」
『トントントン・・・』
遠慮がちに扉をノックする音がした。「お嬢様、ちょっとお待ちくださいね。見てまいります」とアンが扉にむかった。
「・・・それで、薬師見習いは目を覚ましたか?」
「はい」
「副団長からこれを・・」
扉の所で、ぼそぼそとアンが話をしている。アンが扉を少ししか開けないので、きっとあまり歓迎したい人ではなさそうだ。それなら気にすることもないわ。私はぼんやり外を見た。窓の外は天気も良い。石畳の通りには、ガルデオン様くらいの子どもが恰幅のいい女性と手をつないで歩いている。反対側の手には花を持っている。・・・人の世界にもどってきたのね。通りの人をみて、ちょっとほっとしている自分がいるのに気づいた。
「お嬢様、副団長様からのお礼だそうです」
アンが、困った顔をして、鈴蘭の花束をさしだした。コップをサイドテーブルに置いた。花束を受け取ると、すうっと息をすった。いい香り。
「あら、かわいい鈴蘭ね。でも、副団長様って?」
「お嬢様が助けた騎士様ですよ。ルーカス・コンプトン様。コンプトン侯爵家のご次男様です」
「げっ?」
思わず、へんな声がでてしまったことは許してほしい。ルーカス・コンプトン様って・・・もしかしなくてもジュドお兄様の知り合い!?まずい、まずい、まずい!!
「アン、すぐさま、ここを出なくては!」
花束を投げて、ベットから出ようとした。アンは片手をあげて「大丈夫です」と言うと、蹴とばしたシーツをかけなおしてくれた。そして、ゆっくりと落ちた花束を拾うと、声を落として話を始めた。
だ・・大丈夫なの?
「まだ、お嬢様がジュラルド様のご姉妹だとは知らないようです。ルーカス様自身右肩を怪我されていて、療養中だとかでここには来ていません。今来た方は、辺境騎士団の騎士様で、お嬢様のことを知りません。ただの薬師見習いだと思っています。」
「薬師見習い?」
「そういう設定にしようと言っていたではありませんか。騎士団の方に聞かれたときに、お嬢様が薬師見習いだと答えました」
「そう・・なの?」
「そうです。だから、まだ大丈夫です」
大丈夫なの?
確かに、私も、名前を言われるまでわからなかった。だって、ルーカス様にお会いしたのは、ジュドお兄様が騎士見習いの頃で・・・1度か2度だった?ただ、ジュドお兄様がルーカス様のことをよくお話してくださったから、名前を覚えていた。
「そうね。私もお名前を聞いて思い出したくらいだもの」
お会いしたのはずいぶん前だし・・とりあえず今は大丈夫・・・ね。
私も落ち着きを取り戻すため、また檸檬水を飲むことにした。ふうぅ。
「それにしても、薬師見習いとは・・ふふ」
「その点はばっちりです!宿の人たちも治癒師の人たちも『見習いなのによく頑張った』と褒めていましたよ」
「そう・・?」
「はい。雑だけど一生懸命さが伝わる治療だって・・」
雑?やっぱ雑だったのね。とても慌てていたし・・・。心の中で猛反省する。
アンは、まずいことを言ったと思ったらしく、口に手をあてて頭を下げている。
「大丈夫よ。私も薬草を使った治療なんて初めてだったし、どうすればいいかもわからなかったもの・・・」
私がふふふと笑うと、アンもつられてにっこり笑った。
「笑ったら、お腹がすいてきたわ。アン、少し出かけましょう」
「大丈夫ですか?」
「ええ。ガルデオン様が出かけたということは、もう大丈夫だと思うわ。檸檬水のおかげで頭もすっきりしたし、お天気もいいし、出かけたい気分よ」
「わかりました。それでは早速支度をしましょう」
********
「うーーーん。おいひい」とにっこりとする。生まれて初めて、外で、串に刺してあるお肉をがぶっと食いちぎってほおばる。口のまわりがあぶらとソースで汚れてしまったけど、気にしない。お行儀悪くてもがみがみ怒る家庭教師も護衛もいないから、どんなにかぶりついても平気・・・・
と妄想していたのだけど、私にはかぶりつくことはできなかった・・・。
初めて、露店で串に刺しているお肉を買った。『その串に刺してあるお肉をください』と言おうとして、『くしゃしゃしゃの』と言ってしまった。アンが後ろで肩を揺らしていた。いろいろすごく恥ずかしかった。そうやって、やっとの思いで買ったお肉。噴水のベンチに腰掛けて食べようと思ったのに・・・かぶりつけない・・・。
アンに、『ほら、がぶっといっちゃって』と言われても、そんなに大きな口は開かない。恥ずかしくて、ぱくっとできない。もう、串を持っている手はべたべただ。誰か助けて~。
「なんだあ。薬師見習いの嬢ちゃんとそのお付きじゃないか!元気になったかい?」
突然、後ろの方から声がかかった。アンがすっと立って、声の方を振り向いた。後ろで髪を絞りシャツにだぶっと足首までのズボンのがっしりした体形の男の人。誰?
「先日はありがとうございました。・・・・お嬢様、助けに来てくださった方ですよ」
?? 助けに来てくれた人?
「おお。そういえば、今日は小僧抜きで女の子だけでお出かけかい?」
「はい。お嬢様とお買い物です」
そうか!ガルデオン様が呼びに行って連れてきてくれた人だ。私はあわてて、串を後ろに隠すと立ち上がった。
「先日は、本当にありがとうございました。私はローゼと申します」
「そんなかしこまらなくってもいいぜ。俺はデニス。あの時たまたま、森の近くの畑にいたんだ。えらく綺麗な小僧に呼ばれて行ったが、俺もびっくりした。
騎士様達が血を流して倒れているんだぜ。むぅっと血の匂いがしているっていうのに、ローゼ嬢、あんたは一人で走り回って治療をしていた。あれを遠くから見た時、俺は感動したぜ。
本当によく頑張った。
あれだけの血をみれば大人だって竦んでしまうところなのに、手当をし続けるとは本当に勇気があった。
俺は・・・」
デニスさんがうんうん頷きながら、あの時の様子がどれだけひどくて、私の治療がどれだけすごいことか話してくれる。・・・褒めてくれて嬉しい。自分の行動が無謀だと猛反省していたところだから、なおさらだ。私は、嬉しくなって、泣きそうになった。くしゃっと顔が崩れそう。デニスさんが心配そうに、私の顔を覗き込む。私は、にへらっと笑ってごまかした。デニスさんは、慌ててそっぽを向いたかと思うと、思い出したように言いだした。
「それで、さっきから何をしてる?串に顔を近づけたり離れたりして・・・。
その肉を食べないのか?」
「・・・・・・・かぶりつけないのです・・・」
見ていたの?恥ずかしすぎる!私は真っ赤になって小さな声で答えた。
「はあ?」
デニスさんは変な声を上げてから、空に向かってがはははと笑いだした。しばらく笑ってから、私を見た。
「かぶりつく勇気がないのか?っはっは。じゃ、俺の店に来ればいい。皿とナイフとフォークを貸してやろう」
「それは・・・」
「気にすんな。俺の店は、宿屋兼食事処だ。皿もフォークのたくさんある」
私とアンは、顔を見合わせて頷くと、デニスのお店に行くことにした。
*******
「うーーーん。おいひい」
デニスさんのお店で、お肉を串から外してお皿に置くことでやっと食べることができた。やっぱり、私ってナイフとフォークがないと食べられないのかしら・・・。ガルデオン様のところで果物をかぶりつけるようになったと思っていたのに、まだまだ食の難易度は高い。がんばろっと。
「よかったな。ルッコラ村にはまだまだ美味しいものがたくさんある。お菓子もパンも田舎とは思えないほど旨いぞ。」
デニスさんがルッコラ村について話をしてくれる。美味しい食べ物、美しい景色。素敵なところなんだ。想像しただけで、楽しくなる。
「そういえば、今日はブルーベリータルトを作ったんだ。そろそろ精霊祭があるからな。ニコラ、持ってきてくれ」
デニスさんが奥に向かって叫ぶと、青いブルーベリーが山盛りにのったタルトが運ばれてきた。
「わあ・・美味しそう」
「当然よ。ブルーベリーは昨日私が杜で摘んできて、タルトは兄さんが作ったんだから!」
タルトをテーブルに置いた少女はとても得意そうに立っていた。ニコラさんっていうのかな?背丈も同じくらいだから私くらいの年?茶色の髪の毛を後ろできゅっと縛っていてリボンでとめている。綺麗な人。
「初めまして。私、ローゼと言います。ニコラさんですよね?」
「ニコラでいいよ。あんたが噂の薬師見習いさんね。兄さんがあんなに熱く話すのもわかる。・・確かに可愛い」
ニコラさんがじろじろ私を見る。私は、身の置き場がなくなって、ちょっと恥ずかしい。
「おい、ニコラ。そんなにじろじろ見るな。困っているじゃないか!」
「はいはい。ほんと、兄さんって、可愛い子には優しいよねー」
「いや、そういうわけでは・・。それより、食べてみて感想を聞かせてくれ」
私とアンは、タルトを少し口に入れた。ブルーベリーがとても美味しい!大粒だし、酸っぱいような甘いような絶妙な味だわ。タルト生地はさくさくだし、中のクリームはアーモンドクリーム?
「「おいしい」」
「それはよかった」
デニスがほっとしたように、椅子に座った。そして、自分もタルトを口にした。
「・・うん、上出来だぜ!ニコラも食べてみろよ。やっぱ、宵の杜の野生のブルーベリーは味が濃いな。ちょっと無理してでも、本番も宵の杜のブルーベリーにするか」
ニコラさんもタルトを口に入れながら、うんうんと頷いている。
「・・・すみません。私達、このルッコラ村に初めてきたので、精霊祭というものを知らないのですが・・・?」
「10日後にあるお祭りだよ。このルッコラ村は宵の杜に住む精霊様の恩恵を受けてる。だから、年に一度夏が来る前に、杜の祭壇に食べ物や花を供えに行くんだ。ただ、宵の杜にでる魔物が多くなって、去年は祭壇に行くまでにとうとう死者が出た。だから、今年は、領主さまに皇国軍による魔物討伐をお願いしたんだけど、なあ・・・・」
「あれじゃあねえ。・・・・まだ冒険者に頼んだ方がよかったかもね」
このルッコラ村は精霊信仰がある村なんだわ。王城近くやリッチモンド領では公には認められていなくて精霊にまつわるお祭りはない。私自身、竜王様が『精霊王の悲鳴が』とおっしゃって、初めて精霊王の存在を知ったくらいだもの。
あの時、辺境騎士団ではない制服の騎士様がいることが不思議だったけど、魔物討伐に皇国軍が来ているのね。なんとなく納得。
「でも、共和国のこともあるし、皇国軍に頑張ってもらわないとな」
「そうね。そういえば、ローゼはどうして宵の杜にいたの?」
「げほっげほっ」
急に振られて、タルトが、のどに詰まってしまった。慌ててお水を飲む。
「道に迷ったのです」
アンがしれっと答えている。たぶん、聞かれたらそう答えてるようにしているのかしら。アンのいうところの設定ね。
「そうなの?じゃ、どこから来たの?」
「もともとは王城の近くに住んでおりましたが、いろいろありまして・・・」
「あまりいいたくないこと?」
「はい」
アンが会話を終わろうとケーキを食べ始めた。へんな沈黙が流れる。ニコラの視線が私にうつる。
確かにいろいろ聞かれるとまずい。どうやってこの局面を乗り切ろうか頭を悩ます。どういえばいい?
アンが嘘をつくときは真実を少し混ぜた方がいいと言っていたっけ。
「実は・・・・私に婚約の話があってそれが嫌で無謀にも家出したので、あまり詮索されると家に連れ戻されないかと不安で・・・」
私はふるふると手を握りしめた。嘘ではない。アンも私の発言を肯定するように、フォークを置くとハンカチを目に当てている。・・あれは・・・演技だ。私も、と思ってフォークを置いてハンカチを探した。
・・・デニスさんが急に立ちあがって、私の手をとって頷いた。
「わかった!これ以上は詮索しない。そんなに震えるほど嫌なことは忘れちまえ。これからは俺が守ってやる!な、ニコラ!」




