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18.勇気と無謀(1)


「ガル様、その魔方陣は一体何の魔法ですか?」


 ガルデオン様は籠の縁上に器用に腰掛けて、魔方陣を描き呪文を唱えている。見たことのない魔方陣だわ。

 私は、ガルデオン様が展開している魔方陣をじっくりと観察した。この魔方陣は水紋のように一点を中心に何重にも円が横に展開している。さらに、円を4分割するように縦横に線が入り、青い点が見える。不思議。


「地図と探索魔法を応用した探知魔法だよ。

 この円は地図と考えて。中心がボク達のいる場所。円の横線からこっちは後方、向こうは前方だよ。

ちょうど縦の線上にあるこの青い点が目標地点。すごいでしょ?ボクが考えたんだよ!水鏡は持ち運べないからね。

 目標地点は、宵の杜で見つけた野原。周りは岩だし、そこなら竜が籠をおろしても安全そうだと思って、印をつけてきたんだ。今からそこに行くよ。


 そうだ、ローゼもこの探知魔法を練習してみる?」


「はい。お願いします」


 呪文と魔方陣の書き方を教わり、私も魔方陣を展開してみる。ガルデオン様の魔方陣より、薄くて小さい。円の数も少ない。それに、私の魔方陣には青い点はなく、右方向に赤い点があるだけだ。この魔方陣、思った以上にかなり魔力を使う。実際、対価なしではかなりきついわ。私は、すぐに息があがり、魔方陣は霧散してしまった。


「ローゼ、初めてにしては上出来じゃない?すごいね」

「・・・・ありがとうございます」


 せっかく教わったのに、ガルデオン様みたいにしっかりとした魔方陣を展開できなかった。魔方陣が薄くて小さいのも円の数が少ないのもガルデオン様に比べて魔力量が絶対的に足りないから。

 ガルデオン様との魔力量の差を痛感する。確かに、私の魔力量は人並みで多い方ではなかったから仕方ない。仕方ないとは思うけれど・・・。


「展開できるだけで十分だと思うよ」


 ガルデオン様は慰めてくれたけど、やっぱり悲しい。

 ・・・あと、気になる点がもう1つ。


「ところで、私の魔方陣では、青い点ではなく赤い点でしたが、これは?」

「赤い点はローゼと一緒だったあいつの位置だよ。ほら、あいつの耳にピアスをつけて目印つけたじゃない?」

「では、この探知魔法を使えば、アレクの位置がわかるのですね」

「そういうこと。でも、あいつがいる場所がどんな場所かわからないから、行かないよ」

「・・・心得ています」


 これを使えば、アレクの位置がわかる。そう思うだけで心が躍る。今は、それだけでいい。皇国の動きがわからない今アレクのところに飛び込むのは危険すぎる。イメルダは皇太子妃候補になれたのかしら?私はまだ追われているのかしら?アレクは大丈夫かしら?急にいろいろ不安になってきたわ。思わず右手で左の腕を触っていた。


「大丈夫ですよ。お嬢様」


 アンがそっと、私のそばによってきた。その声は優しい。大丈夫だと思える。きっとうまくいくわ。







*************



 「・・・ガルデオン様、いつまで歩くのですか?」


 とうとう、アンがガルデオン様に声をかけた。

そうなのだ。宵の杜の野原に降ろしてもらってから、森の中を私とアンはずっと歩きっぱなし!

もう1刻をすぎる。今までこんなに長く歩いたことはないわ。それも、こんな山道は私もアンも初めて。歩きづらい。もう限界って叫びたい。私ってお嬢様だもの!!仕方ないじゃない?

 足元はぬかるんでいるし、枝や葉が顔や肩にあたるし、虫は飛んでくるし・・・。最初は、キャーキャー言いながら歩いていたけど、だいぶ疲れてきた。アンはトランクも持っているから、片手がふさがっている。私より疲れているはずなのに、私を気遣ってくれて話しかけてくれる。疲れてきたけど頑張ろう。

 

「うーん。もうすぐかな?」


 ガルデオン様は皇国側のギルドがあるルッコラ村まで半刻もかからないとおっしゃったけど、

・・・・ガルデオン様は飛んで行かれたに違いない。だって、今だって、ぱたぱた翼を動かして、鼻歌歌っているもの。

 飛んでいくのと歩いていくのでは雲泥の差よ。ガルデオン様のご自分中心主義を痛感する。


「アン、なにか楽しいことを話しましょう」


 私は、アンと気分転換しようと話題をふった。


「そうですね。お嬢様。それでは、これから、どういう設定でいきますか?」

「設定?」

「そうです。公爵家のローゼリア様のままではまずいと思うのです」


 うんうん。そうだそうだ。じゃ何になる?商人とか?薬師とか?占い師?踊り子?ふふ


「そうね。それじゃあ、薬師見習いかしら?」


 アンが持っているトランクの中は薬草がいっぱいだ。辻褄は合う筈。薬草の知識なら少しあるし。


「それがいいと私も思います」

「本当は、商家の生まれだけど、どうしても薬師見習いになりたいと侍女と家出をして、薬師の元で修行していたっていうのはどう?」

「はい!いいですね。お嬢様の所作だと普通の薬師の娘は難しいので、お金持ちのお嬢様設定がいいと思います」


 二人で話しているうちにだんだん妄想が膨らんでくる。物語を考えているようで楽しい!


「それから、お師匠様が病気になったので、修行が嫌で飛び出した兄弟子のアルクを探しているっていうのはどう?ギルドには、探し人で依頼をお願いするの」

「いいですね!それでいきましょう」


 アンと、これからの設定についてうきうきと話していたら、ガルデオン様が急に止まった。


「ローゼ、そっちに行くのはやめよう」

「??」

「魔物の匂いがする。今は会わない方がいいよ」


 ガルデオン様が前方を指した。

 私は耳を澄ました。


 ガルルルル

 『・・・・やめ・・・・』

 ガルルルル

 


 獣の声に紛れて、人の声がするような・・・。


「誰かいるわ。見に行かないと」

「見に行ってどうする?人間が魔物にやられているだけだろう」


 ガルデオン様が冷たく言う。


「それならばなおさら助けに行かなくては」

「どちらを?」


 ガルデオン様の言葉に腹がたった。どうして人間を助けないという選択肢があるの?


「人間に決まっているわ」


 私はそう言い切ると走り出した。アンが慌ててついてくる。


「なぜ?」


 私達は気づかなかったけれど、置いてきぼりをくらったガルデオン様は首をかしげていた。


 走っていくと、木々がなくなり斜面にでた。斜面の下をみると、隠れるものがない野原で、熊のように大きな狼の魔物と、肩から血を流している一人の騎士が向かい合っている。図鑑で見たことがある。あの赤毛の狼―レッドウルフだ。目が真っ赤だ。かなり興奮している。

 私は立ち止まり息を飲んだ。私では倒すことはできない。足が竦む。動けない。どうしよう。でも・・・。

 あの青地に金のラインの制服は、皇国軍の制服だ。ここからでは師団まではわからないけど、ジュドお兄様と同じ皇国軍の人達。騎士の後ろには、お腹から血をだして倒れている騎士がいる。よく見ると、そばには、倒れている騎士が何人かいる。まだ、生きているかもしれない。でも・・・。


「助けないと・・」


 私は自分の声が掠れて震えているのがわかった。アンは泣きそうな顔で私の腕を掴んで嫌々をしている。


「・・・お嬢様、・・・だめです」

「レッドウルフはかなり怒っている。人間がよからぬことをしたのだろう」


 ガルデオン様が冷たい目で下を見て言う。でも・・・。


「助けないと・・・」


 見殺しなんてできない。


「助けないと・・・そうだ・・・何か・・・魔法を。ガル様お願い」

「ローゼのお願いでも無理。ボクには理由がない」


 ガルデオン様は、冷たく言う。どうして?

 いいえ。今は下に見える状況を変えなくては。考えろ!考えろ私!


「レッドウルフに攻撃を」

「だめです。そんなことをしたら、お嬢様が襲われてしまいます。この場は諦めるしかありません」


 アンも悲痛にいう。レッドウルフと対峙していた騎士の方が膝をついた。まだ剣で立とうとしている。あんなに傷ついているのに、立ち上がろうと・・・。


「でも・・・・」


 でも、このまま諦めたくない!私はアンの腕を振り切って、斜面を滑り降りた。アンもすぐさま斜面を滑り降りてくる。手には小さな短剣を持っている。

 私とアンは、レッドウルフと騎士の間に立った。私はすぐ結界魔法の呪文を唱えた。でも、結界を打ち破ろうと襲い掛かる前足の威力は大きくて、私がはった結界はすぐに霧散してしまった。


 アンが私を庇うように前に出る。振り下ろした前足の爪が目の前に迫る。あっと思った時には、アンが私を抱きしめて倒れこんだ。私の前が真っ赤になる。アンのポシェットが空に舞う。


「あ・・・あ・・・あ・・アン・・アン」


 涙が止まらない。私を庇ってくれた。アンが傷ついた・・・。


「だ・・大丈夫です・・・・お嬢様に怪我がなくてよかった・・・」


 アンが私の腕でぐったりしている。今度は二人ともやられる。

 そう思った時、―――――――凄い風がふいた。


()()()()()()()()()()()


 凄い威圧がレッドウルフを襲う。レッドウルフの動きが止まる。


「だから、いったのにぃ。ローゼ、レッドウルフは火が苦手だよ」


 ガルデオン様の声が聞こえてきた。火が苦手?そうか!私は慌てて、ポシェットからドラゴネット様から頂いた火竜の鱗を2つ取り出した。


「お願い。レッドウルフの鼻先で炎となって」


 竜王様に教わった呪文を唱えて、火竜の鱗を投げた。鱗は2匹の小さな炎の竜となり、レッドウルフに迫った。動きを止めていたレッドウルフは驚いて、後退したかと思うと、走り去っていった。


「よかったぁ」


 私は、アンを抱えたまま、へなへなと地べたに座り込んでしまった。


「アン!」


 アンを見ると、アンは私の腕でにへらと笑ったと思ったら、「痛い!痛いです」と叫びだした。ああ、そんなに叫べるなら大丈夫だわ。でも、私の手はべっとりしている。よく見ると、背中がざっくり切られていて、アンの血が私の手についている。傷は浅そうだけど、かなり広範囲だわ。とても痛そう。


「アン、ちょっと待っていて。確かトランクに薬用来路花(セージ)万年朗(ローズマリー)とか薬草があったわ」


 キョロキョロとトランクを探す。多分、斜面の上だわ。さっきアンが滑り降りてくるとき置いてきたから。

取りに行けるかしら。


「ほんと、ローゼって無茶するよね。ボクがいなかったらやられていたよ」


 トランクを抱えたガルデオン様が降りてきた。


「ありがとうございます。ガル様。そしてごめんなさい」

「ほんとうにぃ。もうぉ。いつもローゼは・・・」


 ガルデオン様はパタパタ飛びながら、尻尾で私をぺちぺち叩いた。怒られても仕方ない。私かなり無謀だった。


「ごめんなさい。私のせいでアンまでケガさせてしまったわ」


 私は、トランクから、薬草を取り出し、アンの背中に乗せた。そして、薬用来路花の魔力糸を少し切ってそっとアンの背中に乗せて、治りますようにと祈った。


「お嬢様、楽になりました。ありがとうございます。私より他の方を見てあげてください」


 そうだ。騎士の方々!

 私の後ろを振り返ると、さっきまで膝をついていた方も倒れていた。あわてて近寄ると、肩からざっくり切られている。私は無我夢中で薬草を傷口に押し当て、トランクにあったドレスを引き裂きそれでぐるぐる巻きにした。


「すまな・・・い・・・・」


 息が荒いけどある。この方は助かる。


 次!

 お腹を切られている方のお腹に薬草を乗せる。でも、この方は、息が・・虫の息だ。薬用来路花と万年朗の糸を薬草の上に置く。

 

 どうか助かって。


 出来ない治癒魔法を唱える。治癒魔法を唱える度、薬用来路花と万年朗の魔力がぼおっと光るけど、すぐに消えてしまう。それでも何度でも唱える。


 どうか助かって。


 ガルデオン様にじっと見られているような気がする。そうだ!


「ガル様。お願いがあります」

「その人に治癒魔法をかけるのは嫌だよ」

「違います。村へ行って助けを呼んできてください。私一人ではアンさえ運ぶことができません」

「・・・・・・」

「お願いします!」


 ガルデオン様が行ってくれるというまで何度でもお願いをする。

 私一人ではアンの傷さえも治せない。


「私をかばったアンの勇気が無駄になってしまいます!」

「・・・・わかったよ。行ってくるよ」


 ぶちぶち言いながら、ガルデオン様はこの場所全体に結界魔法をかけて、ぱたぱたと飛んで行かれた。


「本当にありがとうございます」


    私は、ガルデオン様が戻ってくるまで、走り回り、治癒魔法をかけ続けた。






「おーーーい。大丈夫かあーーーー」


 男の人の声が聞こえてきた。私達を取り巻いていた結界も解けた。


 ガルデオン様が戻ってきたわ。


 張りつめていた気持ちが一気になくなって、涙が出てくる。魔力不足も重なって、くらくらする。


「ローゼお姉ちゃん!ちゃんと大人の人を連れてきたよ」


 人型のガルデオン様が私に近寄ってくる。私は、ガルデオン様を思いっきり抱きしめた。涙でぐしょぐしょになってしまった私の顔を見て、ガルデオン様はにこっと笑うと私の頭を撫でてくれた。その温かさに助かったんだと実感することができた。


「ありがとう。ありがとう。ガル様」


 これでみんな助かった。本当によかった・・・。



「この小僧が、騎士様とおねえちゃんが獣に教われたというから・・・来てみれば、大変なことになっているじゃないか!小僧、よく一人で助けを呼びにきたな。偉かったな」


 私が意識を失う直前、

 大きな男の人に頭を撫でられて、『えへへ』と照れたように笑うガルデオン様を見えたような気がする。

 




やっと、人の世界・・・・。人の世界?


     

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