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17.桜のクロッシェ


「お嬢様、そんなに編んで、お疲れになりませんか?」


 ファニール様と出発の準備をしているアンが声をかけてきた。確かに、ちょっと肩が凝ったかも。ずいぶん様変わりしたアナ様の部屋の中を見回した。

 部屋の隅には、薬草が干されている。お茶用に使いたいとアンに頼まれたものだ。植物は、切り取ってしまうと魔力はなくなってしまう。でも、人間の私達には有効な成分がたくさんはいっている。

 反対側の棚には、糸がたくさん紡がれていて、ぼおっと魔力が光っている。この前作った、薔薇のクロッシェや布のクロッシェもきちんと整理されている。アンが、どこからか箱を持ってきて、ファニール様に相談しながら仕分けていた。ファニール様はいつものご自分の場所に横たわっている。

 私は腕を大きく伸ばして、今まで編んでいた桜のクロッシェが入っている箱をみた。いくつ編んだんだろう?1、2、3、・・・・50、51、ああ、まだある。たくさん編んだ。


「大丈夫よ。アン。ファニール様に教わったばかりだから、この桜のクロッシェの編み方を覚えてしまいたかったの。何度も編めば手が覚えてくれるのよ。それより、持っていくものは決まったのかしら?」


 棚の近くの小さな台には、公爵家から家出した時にもってきたトランクがのっていた。アンは、ファニール様の指示のもと せっせと荷造りをしている。


「はい。最低限の準備でいいそうです。薬草数種類と、スピンドル2本と、先日お嬢様が作られた魔力糸のうち、薬用来路花(セージ)万年朗(ローズマリー)といった治癒効果が期待できるものをトランクにいれました。あとは、魔力をいれる壺をいくつ持っていくかどうかだけです。とりあえず2つでいいですか?」

「構わないわ。トランクにはいりきる?」

「大丈夫です。壺もコップくらいの小さなものにしましたから」


 アンが笑って、トランクに入れようとしていた壺を見せてくれた。たしかに、コップくらいの小さなものだ。それならトランクに入るだろう。アンは壺をしまうと、トランクの蓋を閉めた。ということは、準備は終わったとみていい。


「・・・・準備をすべてアンに任せてしまったようね。ごめんなさい」

「いえ、大丈夫です。持っていくものはファニール様が決めてくださいました。

 それよりもお嬢様のほうこそ魔力糸を紡いだりクロッシェを編んだりされていて、お疲れになったのではないですか?」


 確かに、ここ数日、朝は魔力を集めに温室へ行き、昼からは部屋では魔力糸を紡ぐことで精いっぱいだった。楽しかったけれど、桜のクロッシェを編めずにいた。ガルデオン様も出発の準備が優先なのは仕方ないと納得してくれて本当に助かった。ごねたらどうしようとちょっと思ったことは内緒にしたい。


「大丈夫よ。おかげでこんなにたくさんの桜のクロッシェを編めたわ。ありがとう。私もそろそろ終わりにするわ」


 私はかぎ針をしまおうと、かぎ針ケースをひろげた。待って。このままの状態だったら全部ガルデオン様がご自分の分だと主張しそうだ。私は ガルデオン様とレヴィアタン様だけではなく、できればファニール様とドラゴネット様にもあげたい。あと、まだお会いしていない地竜の長にも。

 そうだ。

 桜のクロッシェは、小さな箱に少しずつ入れよう。立ちあがり、私は小さな箱を探すため、棚の上をきょろきょろとみた。手ごろなものを5つ見つけた。よし、これに入れよう。


「ファニール様、この箱をいただいてもよろしいですか?」

「構わない」


 私は、それぞれの箱に桜のクロッシェをいれると、1つをファニール様に差し出した。


「今までお世話になったお礼です。ささやかなものですが、受け取ってください」


 ファニール様は一瞬目を細めたが、翼をばさりとした。


「・・・・・・ありがとう」


 ファニール様が箱の中から桜のクロッシェを1つとりだし、じっくり見ている。私は評定をつけられているような気分になった。そわそわした気分を紛らわそうと、箱があった棚の方をみた。ふと、棚の隅に目をむけると、鈍く光っている糸の塊を見つけた。初めて見る糸だ。


「・・・あの糸は一体どういうものですか?」


 手に持っていた桜のクロッシェを口に入れると、ファニール様が「ああ」と思い出したように言った。


「ドーラ糸だ。鋼のように固いが、曲げることもできる。ここにあるハサミを使えば切れる」


 鋼のような糸?鉄線みたいなものかしら?それにしては、かなり細いわ。


「ドーラ糸?」

「アナが名付けた。ドラゴネットが作った糸だからドーラ糸というらしい」


 ドラゴネット様が作ったということは、植物の魔力で作った魔力糸ではないということだ。どういう風に使うのかしら? これも編むのかしら?


「モチーフ同士をまとめる時に使う」

「モチーフ?」


 初めて聞く単語だ。


「いま、お前が編んでいる花のパーツのことだ」


 この桜の花のことね。この花と花をつなげる?布みたいに縫い合わせるのかしら?知りたい。そう思った私は、立ち上がり、棚からドラゴネット様が作ったという糸をもってきた。


「ぜひ、使い方を教えてください!」


 私は、両手で糸を持ち上げると、頭をさげた。

ファニール様に「ドーラ糸に魔力糸を巻き付ける」とか「花を縫い付ける」とか言われドーラ糸の使い方を教わった。すると今まで、桜の花だけだったのが、茎や葉が添えられ立体的になり一層自然な桜の枝に近づいた。ドーラ糸は曲げることもできるので、花も枝も向きは自由自在だ。仕上げに教わったクロッシェが見える魔法をかける。


「綺麗。宝石と違うきらきらですね」


 アンのため息が聞こえてきた。


「そうね」


 私も自分の手元をみた。出来上がったクロッシェはぼおっとピンク色を発している。仕上げの魔法をかけると魔力のないアンでも、全体的に輝いているのがわかるそうだ。宝石で作った装飾品とは違った優しい輝きがある。

 枝の長さを変えたり、花の向きを変えたりすればいくらでも違うデザインのものができる。これなら、髪飾りとかも作れるかも?髪飾りにするにはもう少し花を増やせばいい。クロッシェを編むのも楽しかったけど、こうやって組み合わせるのもとても楽しい。

 私の考えていることがファニール様に伝わったらしい。


「アナは髪飾りや耳飾りを作っていた」

「花や葉の種類や数を変えてまとめれば、いろいろなものが作れるのですね。もう少し作ってみても構いませんか?」

「構わぬ」

「アン、お茶を入れてくれる?」

「かしこまりました」


 アンは、薫衣草(ラベンダー)香水薄荷(レモンバーム)のお茶をだしてくれた。香水薄荷の香りが頭の中をすっきりしてくれる。お茶の道具をアンがどこからか手に入れてきてくれたおかげで、この部屋でもお茶を飲めるようになった。

 一息つくと、私はドーラ糸を使って髪飾りを作り始めた。誰にあげよう?


****


「そうやって作ってしまえば、ガルデオンは食べないな」

 

 私が作った髪飾りを見て、ファニール様が翼をゆすって笑った。その時、バタンと扉が開いて、アナ様の部屋にガルデオン様がが入ってきた。


「ローゼ、桜のクロッシェできたぁ?ボク、もう限界だよ。

ああ、この部屋はとてもいい匂いがする。心がうきうきするね?」


 ガルデオン様がぱたぱたと机の上に飛び込んできた。ちゃっかりと、箱の横に座っている。


「できておりますわ。そこにある箱に入っているのがガルデオン様の分です」


 机の上に置いてある4つの箱のうち、一番大きな箱を指さした。


「これ?箱は4つあるけど? 全部ボクのじゃないの?」


 ガルデオン様はととと・・・・と机の上を歩いて、指さされた箱を抱えた。箱を1つ抱えてちょこんと座っている姿は可愛い。

 ファニール様に教わる前に、桜のクロッシェを分けておいてよかった。私はほっと胸を撫でおろした。


「一番大きな箱を抱えているではありませんか。あとは、竜王様達のぶんです」

「レヴィの分は、ボクがもらってあげるよ。だって、さっきまでレヴィに言われて、水鏡を動かしていたんだもの。水龍の水鏡ってすごく魔力を使うんだ」


 早速、箱の中の桜のクロッシェをほおばっている。とても美味しそうにほおばっているけど、他の箱の桜はあげない。


「だめです。私があげたいのです。それよりも、水鏡とは一体何ですか?」

「・・・宵の杜を調べていたんだ。この前よりもさらに嫌な感じがする」

「嫌な感じ?」

「うん。背中がぞわぞわする感じ。出来るなら近づきたくないのに、レヴィは『行って、解決してこい』っていうんだもん。竜使い荒いよね。」


 「水鏡を動かすには魔力がたくさんいるんだ」と言いながら、他の箱に鉤爪を伸ばそうとしているガルデオン様の腕をぺちっとたたいた。ガルデオン様の魔力補給には、この花のクロッシェがとても効率的なことは知っている。でも、今回は譲れない。ガルデオン様は、むぅっと口を尖らせたけれど、腕をひっこめてくれた。


「・・・・アレクの居場所はわかりましたか」

「それは、わかったよ。宵の杜南のはずれの村にいる。ボク達もそこに行くつもり」

「・・・私達の準備も終わりました。みなさまにご挨拶して、ガルデオン様と出発するだけです」

「わかった。出発の準備が出来たことを伝えよう。ローゼ達は、ボクの屋敷に戻って待っていて」






*********



「なんで、火竜までボクの屋敷に来るのー?」


 お屋敷のお庭で出発の準備をしていると、竜王様、ファニール様、ドラゴネット様がやってきた。

ガルデオン様はドラゴネット様を見つけて、顔を顰めて、翼でしっしとしている。器用な方だ。


「ふん。来たら悪いか」


 対するドラゴネット様も、ガルデオン様の神経を逆なでするように、威嚇している。出発だというのに、いつもとかわらない態度にちょっとほっとする。


「ドラゴネット様、わざわざ来ていただき、ありがとうございます」


 私はドレスを摘まんで、腰を落とした。


「ガルデオンよりはましな挨拶だ。これをやる」


 ドラゴネット様から渡された小さなこげ茶色の袋の中には、火竜の鱗が10枚ほど入っていた。


「よろしいのですか?鱗は大切なものなのではないですか?」

「・・・・・問題ない」


 ドラゴネット様はそう言うと鉤爪を開いたり閉じたりして黙ってしまった。いくら待ってもその先を話してくれない。どうしよう。だれか、この状況から助けて!私のキョロキョロした態度がおかしかったのか、竜王様は、笑って助け舟を出してくれた。


「いろいろ脅かしたお詫びだそうだ。受け取ってやってほしい。火竜の鱗は、火を呼べる。1つ出してくれないか? 呪文はこうだ」


 竜王様が、袋から出した鱗を地面に投げ、呪文を唱えた。すると、鱗が炎の竜になりぐるぐるその場で回った。すぐに炎の竜は消えたけど、炎の竜が通ったところは、地面の草がぶすぶすと燃えていた。


「レヴィ、こんなところで火を出さないで!火事になっちゃうじゃないか!早く消して!」


 ガルデオン様が叫ぶ。


「問題ない。私がする」


 ファニール様が1つ呪文を唱えると、空から水滴が雨のように降ってきて、炎はすっかり消えてしまった。凄い。火竜の鱗も凄いけれど、ファニール様の魔法も凄い。


「・・・・・ありがとうございます。ドラゴネット様。大事に使わせていただきますわ」

「ああ」

「あの、私からも贈り物があります。この箱を受け取ってもらえませんか?」


 そう言うと、後ろにいたアンに合図をおくった。すると、アンは桜のクロッシェがはいっている箱を1つ、ドラゴネット様に渡した。


「これは・・・・桜か? 匂うぞ」

「はい。お世話になったお礼です。受け取ってください」

「・・・・・・・あ・・・・・と」


 ドラゴネット様は完全に固まってしまった。気に入らなかったわけではないよね?


「竜王様にもお世話になったお礼を。アン持ってきて」


 アンが、箱の上に桜の髪飾りをのせて持ってきた。竜王様は箱を手に取ると、ふんわりと笑った。


「箱の上にあるのは髪飾りか?」

「はい。よければお使いください」

「ありがとう。遠慮なく使わせてもらおう」


「ローゼ、行くよお。早く乗って!」


 ガルデオン様が籠の中から叫ぶ。私とアンは、礼をひとつすると籠の中にいれてもらった。


 地竜の長様の分はここに来る前にファニール様に頼んだ。地竜の長様にも会いたかったな。どんなお方なんだろう・・・・。まだまだ、竜王国を見てみたい。


「ローゼリア、我からの祝福だ。よい旅を」


 そう言って、竜王様が渡した箱の中から、いくつか桜のクロッシェを取り出し、なにか唱えた。すると、淡い光を纏った桜の花びらが舞いあがっていった。桜吹雪?

 籠をひく竜が翼を広げて、舞い上がる。ばさ、ばさ、ばさ。

 無数の桜の花びらが乱舞する。雪のようでもあり、光のようでもあり、蝶のようでもあり・・・・・。


「「綺麗・・・・」」


 私とアンの口から同時にため息がこぼれた。


「まるで世界が私達を祝福しているようね」

「そうですね。お嬢様。竜王国はとても素敵な国でした。私はこの国と縁を結べたことをとても誇りに思います」

「私もよ。教わりたいことも行きたいところもたくさんあるわ。竜王様は行ったり来たりすることになるとおっしゃっていたから、これでお別れではない。だから・・・・・」

「「いってきまーす」」


 二人で力の限り、手をふった。私とアンは、見えなくなるまで、籠から身を乗り出して、竜王国を眺めていた。

 

              


  お読みいただきありがとうございます。

   

    旅立ちといえば、桜かと。

       ・・・・次話から、人の世界にもどります。

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