15.渡せなかった贈り物(3)
ドラゴネット様の手前、期日を明日と決めてしまったから、一刻も早く箱の中身をキラキラの状態に戻さなくては! やりきらなきゃ。どうすれば効率的に出来るかしら・・・?
やることを明確にすること。そこから始めよう。
私は紙に書きだした。アンが覗き込んでいる。アンもきっとやる気に満ちているにちがいない。
やることは大きく分けて3つ。
「① 銀食器対策 ― いろんな種類の魔力布で拭く
② 黒緑の銅貨らしきもの対策 ― 酢漿草で擦る
③ 洗ったら溶けた黒い塊対策 ― 」
そうだ。③の黒い塊は昨日、溶けてしまったから、気まずくなってやめてしまっていた。何も対策が考えつかない。
「・・・・・アン、③のこの最後の溶けてしまった黒い塊はなんだと思う? ドラゴネット様の“宝石菓子”という言葉と溶けてしまったことも考えるとお菓子のような気がするのだけど・・・・」
「私もお菓子だと思います。残念ながら、私は宝石菓子を知りません。飴やゼリーの類でしょうか?」
「確かに、飴やゼリーはキラキラしているわね。ファニール様、何かお菓子について覚えていることはありませんか?」
「・・・・・『星糖』をアナは持ち歩いていた」
「『星糖』ですか。私が知っているきらきらした甘い砂糖菓子と同じものかしら?しかし、100年前のものを再現することは難しそうですわ。・・・・・②の酢漿草から始めましょう」
100年前のお菓子の再現なんて、すぐに出来るはずないわ。私はお菓子作りはさっぱりできないし、アンに頼んでも、材料がそろうかどうか難しいし。無理無理。今回は見なかったことにしよう。
酢漿草と言われて、アンがポシェットに手を入れた。
「お嬢様が下さったこのポシェットですが、いくらでも入るような気がしてびっくりです」
「言っていなかったかしら?それ、マジックバックよ。かなりの量がはいるわ」
「マ・・・マジックバック?冒険者が持っていそうな不思議なバックですね!大切にします」
アンは、すりすりとポシェットに頬を寄せると、ポシェットから酢漿草を取り出した。どうするのかしら?
アンは、そのまま葉っぱを銅貨らしきものに押し付けて擦り始めた。すると黒緑のものは次第に赤茶色になり、しまいにはアカガネイロに輝き始めた。直接擦るのか。びっくり。
「やはり、銅貨だったのね。こんなに輝くとは思わなかったわ」
「紋様からもしやと思っておりましたが、確かにこれは、ウラヌヘイム皇国初期の銅貨です」
「そのようね」
アンが銅貨を持ち上げて眺めている。そして、綺麗になった1つを机に置くと、また1つ手に取った。
「待って、アン」
「はい、お嬢様?」
今、1つ1つアンに擦ってもらう時間はない。酢漿草の魔力で綺麗にする方法を探したい。
「今、アンにすべての銅貨を擦ってもらう時間はないわ。・・・酢漿草の魔力布を編んで、『洗浄』魔法をかけることはできないかしら?」
その言葉に、ファニール様が顔をあげた。
「その様子なら、大丈夫だろう」
「それでは、酢漿草の布を編んでみますわ」
私は、立ち上がると、スピンドルと棚から昨日編んだ布を抱えて机にもどった。
「それが、噂のスピンドルですね!」
アンはちょっと声を上ずらせて言うと、スピンドルと編んだ布に近づいた。
「そうよ。これから、酢漿草の魔力糸を紡ごうと思うの。アン、こっちの布は見える?」
「はい。いろいろな色の小さな布がいくつも見えます。これもお嬢様が編んだクロッシェですか?」
「そうよ。いろいろな植物の魔力で編んでみたの。・・・・ファニール様、魔力のないアンにこの布を使うことはできますか?」
「できるだろう」
アンは不思議そうに編んだ布を手に取っている。その香りと魔力にひかれたのか、ガルデオン様も布に近づいてきた。
「ボクも手伝ってあげる。このがらくたに布をあててみればいいかな?それにしてもいろんな香りのクロッシェだね。・・・ぱく・・・・げっ・・・にが」
ガルデオン様はぺっぺと何かを吐き出している。口に入れた?まったく油断も隙もない。
「ガル様、なんでもかんでも食べないでください。とりあえず、1つ1つあてて『洗浄』魔法を唱えください。それで、効果があれば教えてください」
「えー。こんなにたくさんの布に呪文をかけるのは面倒だよぉ。」
たくさんの布を指して、ガルデオン様はふくれっ面だ。たしかに、それだけの呪文を唱えるのは、面倒だ。でも、どうしたらいい?腕を組んで悩んでいると、ファニール様が助け舟をだしてくれた。
「呪文を唱えなくても、布で食器を撫でてみればよかろう」
「わかったよ。やってみるよ。・・・・・・・・ローゼ、終わった布は食べていい?」
「絶対だめです。・・・・そのかわり、明日終わったら、ガルデオン様のために桜の花のクロッシェを作りましょう」
「桜の花?!食べたことないなぁ。美味しいのかな? いい香りがする花だからきっと約束だよ。るるるん。がぜん、やる気がでてきたぞぉ。侍女、やるぞ。」
ガルデオン様とアンは、「わあぁ。いい香り」とか「食べてはだめです!」とか「げっ。食器に傷がついたぁ」と言い合いながら、銀食器に魔力布をあてている。楽しそう。
私は、酢漿草の魔力糸を紡ぎ始めた。ファニールが寄ってきて、そっと囁いた。
「ローゼリア・・・桜の花は・・・・・まあいい、レヴィアタンの分もいくつか作ってやってくれ」
げっ・・・だめだった? やる気をだしたガルデオン様になんて言おう。
「だめではない。」
私の心の声が聞こえた?ファニール様が翼をゆする。
「ローゼリアは、桜の花を編めるのか?」
「いえ、桜の葉の魔力を取りに行ったときに小さな花弁が5枚の花が咲いていたので、今知っている花のクロッシェで構わないかと・・・・」
「そうか。なら、明日、教えよう」
「よろしくお願いしますわ」
ファニール様は満足そうに、ゆっくり頷くと、首を翼の間にいれた。私は、もくもくと、酢漿草の魔力糸を紡ぎ、紡ぎ終わると少し大きめのハンカチサイズの布を編み始めた。
「終わったよぉ。春楡と棉千代呂木の香りがするこの布が一番綺麗になったよぉ」
ガルデオン様が布をぶんぶん振り回しながらやってくる。アンは「そんなに雑に扱ってはいけません」と小言を言っている。
「ありがとうございます。ガル様。それでは、食器をこの机の上に並べてくださいな。私もあと少しで出来上がります」
私は、急いで編み上げると、持っていたかぎ針を置いた。ファニール様ものそりと起き上がった。
困ったことになったと気づいたのは、二人に食器を並べてもらってからだ。この量では、布で覆いきれない。編まなくちゃいけないかしら?
「どうしましょう。この布は小さすぎて、食器すべてを覆うことはできませんわ」
「大丈夫だ。そこの二人、食器を重ねて山のようにしろ。
その布に『洗浄』の魔法陣をかぎ針で書き魔法を唱えればよい」
ファニール様の言われた通りにすると、布はぼおっと光り、書いた魔方陣がだんだん大きくなり、食器の山を包んだ。そして、さらに光を増すと、ふっと消えてしまった。しかし、魔方陣が消えても、食器の山は光沢を放っていた。
「お嬢様!食器が、見違えるように綺麗になって輝いております。このように、一瞬でたくさんの食器を綺麗にしてしまうなんて、なんてすばらしい魔法なのでしょうか」
「これも、ガル様とアンが調べてくれたおかげよ。効果のない布で『洗浄』しても、こんなには綺麗にならなかったと思うわ」
「やだぁ・・・そんな・・・お嬢様ったら・・・・・」
アンが頬を赤くして俯くと、バシっと隣にいたガルデオン様の背中を叩いた。ガルデオン様はむうっと顔を顰めている。かわいい顔が台無しだ。あ、叩き返している。あの二人はすぐじゃれるのだから・・・。
ファニール様が立ちあがり、残った布の方に近づいて行った。
「ローゼリア、残った布は私が使っても構わないだろうか?その・・・・いろいろ研究したい」
「構いませんとも。どうか、ファニール様のお役にお立てください」
アンとじゃれていたガルデオン様が慌てて、ファニール様のところに走っていった。そして、布の中から黄緑色の布と赤紫色の布を取り出すと、握りしめた。
「えー。ファニールだけずるいぃ。ボクだって欲しいのにさ。この薄荷とさあ、桜の葉っぱとかさあ、欲しいなあ。いい香りがするんだ。美味しいんじゃないかなあ」
「あまりすすめんが、仕方ない。ローゼリアに頼んで、薄荷と桜の葉のクロッシェを編んでもらえ。そのくらいなら今すぐできるだろう」
「いいの?ローゼ、ファニールの言うこと聞いた?薄荷と桜の葉のクロッシェ編んでいいって」
ガルデオン様は持っていた布を放り出すと、私の方に走ってきた。私は、棚から、薄荷と桜の魔力糸を取り出し、1枚ずつ葉を編んだ。ガルデオン様は、2枚の葉を左右の手に1枚ずつ持ち、「どっちにしようかな~」と小躍りをして部屋の中を歩き出した。ほっておこう・・・・。
「さて、次ね。私も酢漿草の布を編めたわ。こちらの布には、銅貨を全部入れられそうね」
私は、酢漿草の布を机に広げると汚れたままの銅貨をその中に入れて包んだ。そして、布に向かって『洗浄』魔法をかけると、布全体がぼおっと光る。光が消えたところで、布を開けてみると中の銅貨はすっかり綺麗になっていて、眩しく輝いていた。
「すごいです。お嬢様!魔法でいっぺんに綺麗になりました」
「よかったわ。銀食器も銅貨も綺麗になって。そういえば、アンに頼んでいた懐中時計どうなった?」
「はい、ここに」
アンがハンカチの中から取り出した懐中時計は、金色の上蓋のある上品なものだった。カチコチ小さな音を立てている。
「よく直せたわね」
「はい。ガルデオン様のお屋敷に出入りしている人間の中に、とても細かい作業が得意だというものがおりました」
「一度お会いして、お礼を言いたいわ」
蓋を開けてみた。中の文字盤もすっきりした皇国の文字が並んでいる。これを持っていた方はとても素敵な方だったのだろう。にっこり笑うと私は蓋をしめて、大切にハンカチでくるむとポシェットにしまった。




