<閑話> ある侍女の大切なもの
ベットの中で、むにゃむにゃ寝ているお嬢様の横顔が見ながら、本当に楽しそうとアンは思った。
日課となっている、寝る前のベットでの上でのおしゃべりはアンにとっても幸せな時間だった。
「ファニール様の目って、トパーズ色しているわ。誰かに似ているような気もするんだけど」とか
「竜王様って、きっと皇国中の娘がキャーキャー言って、卒倒する人が続出するくらいの美貌なのよ。私も、思わずくらっとしちゃった」とか
「アンは、ファニール様と竜王様、どっちがタイプ?」とか
そんなたわいもない話を今までしたことがないけれど、それは楽しいものだとアンは思った。
昨日は、初めて魔法糸を『スピンドル』というもので紡いだとアンはローゼリアから聞いた。持ってきた薔薇のクロッシェは淡いピンクに光っていた。ローゼリアがアンの手に乗せた途端、ガルデオンが取り上げてパクっと食べた。
(ガルデオン様! なんだかんだと、お嬢様にあざとい態度でちょっかいをだしてくる無礼者!!
それなのに、お嬢様はのほほんと可愛がっている。昨日だって、どうして腕に抱いて行かなくてはいけなかったのか。あいつには翼があって、飛んでどこでも行けるはずだ。絶対計算づくの行動に違いない。
薔薇のクロッシェだって、もっとお嬢様と語り合いたかったのに、私が手に乗ったのは一瞬だったじゃないか! あいつはこの部屋に戻ってくるまでに3つ食べたと後から聞いた。なんだ、あいつは!まったく腹立つ!)
まだまだこの空竜の屋敷の中は未知の部分が多く、アンはローゼリアが不在の時間を利用して屋敷の中を調べている。竜はほとんど食べ物を口にしないことも屋敷にいる人間から聞いた。
(たしかに、食事と言えば、黄桃1つとアンがお屋敷から持ち出したビスケット数枚だったわ。お嬢様に、食事を作ったり、お茶をだしたりしてあげたい。できるなら、お嬢様が好きなミントのハーブティを入れて差し上げたい。
昨日は人間が召使室として使っている場所を見つけたけれど、そこにいる人は、食事を用意したり身の回りの世話をしたりという雰囲気ではなかったのよね。私ががんばらないと!
そうだ。今日は食事ができる食堂を探さないくては )
------食堂という言葉から、アンは自分がお嬢様に初めて会った日のことを思い出していた。
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「今日から、侍女として働きますアンです。アン、ご挨拶しなさい」
この日、大店の店の娘として何不自由なく過ごしてきた10歳のアンは、行儀見習いという名目で公爵家に来たばかりだった。リッチモンド家は自分の想像をはるかに超えていて、朝から緊張しっぱなしだった。今、物語の中から出てきたような煌びやかな人たちが、優雅にテーブルで食事をしている。カチャカチャとナイフとフォークの音にコロコロ鈴のなるような笑い声、アンは、夢の中にいるようだった。そして、食堂で挨拶をするように侍女長に突然言われて、アンは緊張の糸が最大に張りつめた。
「アンと申します。よろしくお願い申し上げます。」
頭を勢いよくぐっと下げて大きく礼をした・・・つもりだった。
『ガツン』
アンは、大きな音をたてて近くにあったテーブルに頭をぶつけてしまったのだ。
「元気がいいな」
リッチモンド伯爵は、アンのほうを見ることもなくそう言うと食事を続けた。
「おてんばぁな侍女だわ。お父さま、この子、侍女失格じゃない?」
舌足らずの口調でイメルダは、意地悪く金色の瞳を細めると、膝の上のナフキンで口を拭いた。
アンは、痛いと思うよりも、あまりにも恥ずかしくて真っ赤になり、泣き出してしまった。
「みっともなーーーい。お父さま、こんな子、わたし嫌よ。髪も茶色だし、可愛くないもん」
つんとしたまま、イメルダが言う。アンはますます涙が止まらなくなった。その時である。
「はい。これで涙を拭くといいわ」
ふんわり甘い香りのする小さな薔薇が刺繍されたハンカチを目の前に差し出された。アンが、顔をあげると、目の前に、銀色の髪を肩まで伸ばしたライトスティールブルー色の瞳をしたとても綺麗な女の子がいた。「精霊みたい」とアンは思わず呟きそうになり、慌てて口をふさいだ。そして、アンは、おそるおそるハンカチを手にすると、大きく頭を下げた。
「おねえしゃま、そんな子、ほっとけばいいのにぃ」
「イメルダ、誰だって、緊張して失敗することもあるわ。だから、それを悪く言うのは間違っている」
「おねえしゃまは、そうやっていい子ぶるぅー。おかあしゃま、おねえしゃまがわたしのこと悪くいうー」
イメルダは、ぽろぽろ涙を流しながら、リッチモンド伯爵夫人の席に駆けて行った。
「まあまあ・・・・・・泣くのはおよしなさい、イメルダ。・・・・・・お願いだから、ローゼリアもあまり強くイメルダに言わないで。
イメルダはまだ3歳で小さいのだから、貴女の言葉に傷ついてしまったわ。貴女は6歳でお姉さんなのだから、もっと気遣ってあげなさい」
リッチモンド夫人は、イメルダを抱きかかえると、背中をよしよしとさすり、ため息をつきながらローゼリアに言った。
「・・・・・はい。お母様。わかりました。それでは、私は自室で反省することにしますので、退席しますわ」
ローゼリアはそう言うと、そのまま食堂から出て行った。リッチモンド夫人に抱かれているイメルダがべぇと舌をだしているのをアンは見てしまった。最初、ふわふわの金色の髪をみて天使みたいと思ったのを取り消す!と心の中で叫んだ。そして、イメルダを殴りに行こうと一歩足をだしたが、貰ったハンカチを握りしめて、ぐっと我慢した。
「私も書斎に戻ろう。仕事がたまっておるからな。アンといったな。お前はこの後、ついて来なさい」
ため息をついたリッチモンド公爵は、そう言うと食堂から出て行った。アンはクビを言い渡されるのかとひやひやしていたが、「明日からお前はローゼリアの専属侍女にする。朝、ローゼリアの部屋に行くように」ということを言われただけだった。
次の日、アンは、ローゼリアから「お姉さんが欲しかったんだ!」と抱き着かれたときには嬉しすぎて倒れそうになった。そして、自分がローゼリアを守らなくてはと心に決めた。
ローゼリアは争うことが嫌いだ。イメルダにあれこれ言われると、すぐ仕方ないわねと譲ってしまう。初めのころは、ローゼリアの事なかれ主義の性格にいらいらして、ローゼリアにもイメルダに文句を言っていた。しかし、ローゼリアがアンを辞めさせないよう公爵や公爵夫人に頼んでいることを知り、文句を言いに行くのをやめた。
それから10年。アンは、ローゼリアの専属侍女を続けている。本当の妹のイメルダよりもずっと仲がいいはずだとアンは自負している。
(もう10年かあ。それにしても、お嬢様が、公爵家を飛び出して外の世界にでる勇気があっただなんて、今まで気づきませんでした。でも、今のお嬢様の方が、とても生き生きしていて幸せそうです。私も、お嬢様の幸せのために邁進します)
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「あの時のハンカチ、まだここにあるんですよ。私の大切なものです」
アンは、ドレスの中のハンカチの位置を確認すると、お嬢様が目を覚まされたときに、水を差し上げなくては、と気持ちを切り替えた。部屋の入り口付近にワゴンがあり、その上には果物と籐で編んだ籠があった。アンは、その籠の中から、ミントの葉っぱを取り出した。
(昨日、召使室でミントを持っている人がいて、ほんとよかったわ。紅茶の茶葉を持っている人はいなかったけれど、お嬢様が行く温室にはハーブがいくつかあるかもしれない。今度ぜひ連れて行ってもらおう)
アンは、ちょっぴりわくわくしながら、ミントの葉っぱを水差しの中にいれた。温かい紅茶を用意することはできないけれど、さっぱりとしたミントウォーターを用意できたことが嬉しかった。
あとは、やわらかいパンと温かいスープ、サラダにお肉―課題は山積みだわ、
どうやって手に入れようかと、アンには思案することが山積みだ。




