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10.精霊のかぎ針(3)

 翌日、正式にファニール様に面会することになった。そして、再度、クロッシェについて教えて欲しいとお願いをするために、ガルデオン様と図書館に向かった。今日のガルデオン様は竜の姿のままなので、私の腕の中だ。ファニール様は図書館の長机のそば立っていた。机には、見慣れない道具―壺みたいなものと木の長い棒に先に丸い板がついているものーがいくつか置かれている。何に使うのだろう?


「ファニール様。私、ローゼリア=リッチモンドと申します。クロッシェについてご教授を頂けるとのこと、厚くお礼申し上げます。どうか、よろしくお願い申し上げます。」

「堅苦しい言葉遣いは無用だ」


 ファニール様の声はとても低い。群青色の鱗が図書館の照明の光を受けて煌めいているけれど、トパーズ色の目は机の上の道具を睨んでいるような感じがする。

 まだ私のことを認めてくれていないのかしら? ファニール様の信頼を勝ち取るにはどうしたらいいのかしら? あれこれ悩んで黙っていると、ガルデオン様が私の腕から飛び去って、パシパシと尾でファニール様を叩き始めた。


「ファニール、はやくローゼに教えてあげてよぉ。ボク、楽しみにしているんだ!」


 ガルデオン様の空気を読まない言動が続く。ガルデオン様はちょっと黙っていて! これ以上ファニール様が不機嫌になったら困るわ。心の中で叫ぶけれど、言葉には出来ない。

 代わりに、机の上のもののことを聞くことにした。


「ファニール様、そこにあるものは何というものですか?」

「・・・・・これは、壺とスピンドルだ。・・・・今までどうやってクロッシェを編んでいたのだ?」


 いぶかし気に首を傾けてファニール様が聞く。竜が首をかしげるというのを初めてみたわ。ちょっと可愛い。ファニール様の鉤爪がふるふるっと震えた。あ、失礼なこと考えたのばれたのかしら? 私は真面目な顔、真面目な顔と心の中で唱えた。


「はい、花のそばで、かぎ針をくるくるっと回して、ひっかけて編んでいました」

「そうか。・・・・・・・魔力をこの壺に入れ、スピンドルで糸にする」

「初めて知りましたわ」


 ああ、その長い棒に先に丸い板がついているものはスピンドルっていうのね。どうやって糸にするのだろう。不思議な道具だわ。


「・・・・温室に行くからついてこい。・・・それから、ガルデオン、お前はついてこなくていい。」

「えええーーー。ボク、薔薇で編んだクロッシェを食べたい!! 昨日からずっと楽しみにしていたんだ。

 それに、ローゼは可愛いしアナに似ているから、ファニールに何かされるかもしれないしぃ」

「邪魔だ」


 ファニール様が、ふんと尾で地面を叩く。私だったら、こわくて震えあがってしまいそうだ。でも、ガルデオン様は全く気にしていない風で、私に泣きついてきた。(もちろん、ウソ泣き)


「えー。ファニールが邪魔って言った。邪魔って言ったぁ。・・・ねえ、ローゼ、ひどいと思わない?」


 ここは、わたしもはっきりと断らないといけないわ。ガルデオン様のご機嫌を損ねないで帰ってもらえる方法って・・・・・。そうだ!


「ガル様、今日はファニール様にクロッシェについて教わりに来ております。

クロッシェが出来上がりましたら、一番に差し上げますから、お屋敷でお待ちいただけませんか?」

「・・・・ローゼがそう言うなら、帰るよ。でも、夕方迎えに来るからね!」


 ガルデオン様は後ろを振り返り振り返り、図書館から出て行った。しょんぼり背中をぎゅうっとしてあげたくなった。

 私のことを心配してくれて嬉しいのだけど、大丈夫って言ってガルデオン様を抱きしめればよかったかしら? ちょっと言いそびれて、反省だわ。








「さあ、この壺に薔薇の魔力をいれてみろ」

「・・・・・どうすればよろしいのですか?」

「精霊のかぎ針で、魔力を絡めれば出来る」


 ファニール様にそう言われて、私は精霊のかぎ針を取り出した。昨日、絡めたら塊になってしまったんだっけ。その塊をここに入れればいいわけね? 私は、せっせと魔力を絡めて壺にいれた。どんどんはいるけれど、いっぱいになる気がしない。この壺って底なし? わたしが不思議に思って壺を覗いてみた。あら、ファニール様がふふっと笑ったような気がする。


「この壺は特殊なもので作られている。あとは、魔方陣で蓋をする」


 ファニール様は、ご自分の精霊のかぎ針を鉤爪にひっかけて、蓋の魔方陣を薔薇の葉の上に書いた。私は、その魔方陣を真似て、同じように薔薇の葉の上に書いた。


「合格だな。壺の上におけ」


 私は、その薔薇の葉を壺の上に置いた。葉は伸びたり縮んだりして、きゅううと壺の口を包んだ。すごい。面白い。バターとか蜂蜜壺とか壺の口をぴちっと包みたいときに使えないかしら?


「これは、普通の壺などでも使える魔方陣ですか?」

「この壺だけものだ。アナが考えた」

「アナ様ってとても魔法がお上手だったのですね」

「ああ。精霊に習ったと言っていた。」


 ファニール様の“アナ”と発音するときの声は一段と深くなって優しい。100年も思い続けるなんて、どんな思いなんだろう。私も好きな人が出来たら、ずっとその人を思い続けたいわ。


「アナ様との思い出をお聞きしても?」

「・・・・だめだ」


 ファニール様が急に冷たく突き放したような口調になった。私は、「失礼なことを聞いてしまい、もうしわけありませんでした」と謝るしかなかった。まずい。壺を持つ手が震える。


「図書館にもどるぞ」


 ファニール様は私の方を振り返りもせず、ずんずんと図書館の方へ歩いて行ってしまった。私は、自分の失言を取り返したいと思いつつ、もうそれはできないことを反省するしかなかった。

 図書館に戻ると、ファニール様は不機嫌さをしまって、淡々と魔力糸の作り方を教えてくれた。

でも、ファニール様はスピンドルを回したことがないという。私は試行錯誤しながら、魔力糸を作らなくてはいけなかった。

 スピンドルを回して、壺の中の魔力を絡めて糸にしていくのだけれど、回す速度が一定ではないせいか、太くなったり細くなったり、まちまちなのだ。できたと思ってスピンドルをファニール様に渡すと、ファニール様はため息をついて首をふる。


「糸が同じ太さにならないと、編むことはできない」


 私は手が痛くなっても、何度も何度もやり直しては魔力糸を作る作業をした。でも、次第にやり方がわかってくると、くるくる回るスピンドルが魔力を絡めていくのが楽しくなってきた。くるくるくる、くるくるくる回るスピンドルに合わせて、思わず、ふんふふ・ん、ふふんふん・・・鼻歌がでてしまう。


「楽しそうだな」

「ええ。同じ太さの糸を紡ぐことができるようになると、このスピンドルがくるくる踊りながら歌っているように思えて・・・・」

「そうか」


 ファニール様の声が少し優しくなった。


「アナも、スピンドルが踊っていると言っていた」

「それでは、きっとアナ様も糸を紡ぐのが楽しかったのでしょうね」

「だろうな」


 スピンドルから外した魔力糸の塊がいくつも出来上がっていった。どのくらい糸を作っただろう。ふと、ファニール様をみると、静かに目を閉じている。スピンドルが回る音を聞きながら昔のことを考えているのかしら・・・・。






「ローーーゼーーー!!・・・・もう夕方で遅くなったから迎えに来たよ!」


 図書館の扉が開いたかと思うと、大声を張り上げながら、飛びつきそうな勢いでガルデオン様が猛スピードで飛んできた。ファニール様が、ばしんと尾で地面を叩いた。ガルデオン様はびっくりしたのか、その場で止まった。


「なんだよぉ。そんなに怒らなくてもいいじゃん」

「図書館は静かに。大声で喋らない。走らない。飛ばない」


 ガルデオン様、私もそう思います。心の中で言ってみる。


「えーー。いいじゃん。ファニールだって今、大きな音をたてたじゃん。」


 ガルデオン様ががるるるとファニール様に噛みつこうとする。


「だめだ。私はお前を注意するために音をたてた。それに、今糸を紡いでいる。お前が飛びついたらせっかく紡いだ糸がだめになってしまう」

「・・・・・・ふんぬぅ・・・・そ、それで、うまくできた?」


 ガルデオン様はパタパタと私の方に飛んできた。スピンドルに紡がれた糸をじいっと見ている。


「ああ。上出来だ」


 よかった。ファニール様に褒めてもらえた。すごく嬉しい。初めて紡いだので、とても大変だったけれど、とても楽しかった。心の中がぽかぽかする。


「じゃあさぁ、じゃあさぁ。一つくらいクロッシェ作れる?」

「かまわぬ。そこの糸で薔薇を編んでみろ」

 

 私は、手前にあった魔力糸の塊を手に持つと、編み始めた。かぎ針がすいすい動いていく。この魔法糸、すごく扱いやすくてとても軽い。


「・・・とても編みやすい糸です。一つと言わず、いくつか編みたいのですが、よろしいですか?」


「かまわぬ」とファニール様の了承を得られたので、私はその塊がなくなるまでせっせと編んだ。7個ほど編めたところで糸がなくなったので、出来上がったクロッシェ一つ一つに息を吹きかけた。


「なぜ、息を吹きかける?」

「・・・え? 息を吹きかけてはいけなかったのですか? つい癖で・・・・・申し訳ありません」


 息を吹きかけないと、魔力が固定しないのではないの? 


「まあ、害はなさそうだから、今回は構わぬ。ガルデオン、お前が待ち望んでいたクロッシェだ。だが、1つはレヴィアタンに渡すこと。わかったな」

「・・・・・・・うん。わかったよ。」


 ガルデオン様は、「本当はあげたくないんだけどなぁ」とぶつぶつ言っていたけど、ファニール様に睨まれてぐっと手を握っていたから、我慢したようだった。竜王様の分だけではだめだ。ファニール様の分が必要だ。私は慌てて、クロッシェを抱え込んだ。


「待ってください。ガル様。ファニール様とアナ様にもお礼として差し上げたいので、ガル様は3つでお願いします」

「えーーーーー!!減っちゃうじゃない!ただでさえ少ないのにさぁ。アナの分って言った、アナはもういないじゃないそんなのいらないよぉ。やだやだーー」


 ガルデオン様がぎゃんぎゃん騒ぐ。でもこれは譲れない。


「ガル様だけ特別3つなんですよ?!それでも我慢できないようならナシにしますが、よろしいですか?」


 私はにっこり笑ってガルデオン様をみた。ガルデオン様は「ちぇっ」と言いながら、3つだけ取って大事そうに抱えた。そして、「もう我慢できない!」というと、3つとも大急ぎで召し上がってしまった。ほんと、子どもみたい。


「やっぱ、美味しいねえ。ほんとはちょっとずつちょっとずつ大事に食べようと思っていたのに、あまりにもいい香りがして我慢できなかったよ。このまえの茉莉花よりずうっと魔力がみなぎる感じがする。また作って」


 思わず、うっすら頬を染めてはにかむガルデオン様に見惚れてしまった。だめだわ。大事なことを忘れてしまうとこだった。


「こちらはアナ様とファニール様に。手渡しになってしまうことをお許しください。」


 私は、ファニール様に両手でお皿をつくって2つのクロッシェをいれると、両膝をついて頭をさげて両手を持ち上げた。

 ファニール様は鉤爪で1つを大事そうに受け取ると、しばらくじっとクロッシェを見ていた。そして、シャリっと口に含んだ。そして、目をつぶって長い間黙っていた。そして、もう一つをとると大事そうに鉤爪で持つと私たちに背を向けて歩き出した。


「お前の魔力をまとった薔薇のクロッシェは、とても優しいな。明日は、アナの部屋で残りの糸を編むといい。編み終わったら別の植物の魔力糸を作ろう。・・・・・・・・ローゼリア・・・・・・ありがとう」


 ファニール様が立ち去った後、しばらく私はぼおっとしていた。ファニール様が初めて私の名前を呼んでくれた。そのことが嬉しくて、涙がでそうになった。ガルデオン様が、近づいてきて「ローゼ、どうしたの? なにかつらいことあったの?」とわたわたしている。


 「そうではないわ。嬉しかったの」 


 そう呟いて、ガルデオン様の頭をそっと撫でて、ぎゅうっと抱きしめた。






*******



「・・・・・我の分もあるとファニールに聞いてきたのだが、お邪魔だったかな?」

「そんなことはありませんわ。竜王様。お一つどうぞ」

「ふむ。優しい気持ちが魔力と一緒に入ってきて、お腹も心も温まる。ローゼリア、そなたを編み手と認め、この竜の世界―竜王国での滞在の許可をだそう。お守りだと思って身に着けているとよい。それがあれば他の竜達にも牽制になるだろう?」


 そういうと、竜王様は私に小さな深緑の魔石がついた首飾りを首にかけてくれた。


「あー。レヴィ。ずるいぃ。ボクが一番最初にあげようと思っていたのにぃ」


 腕の中のガルデオン様が鉤爪で、竜王様がくれた首飾りをガシガシとひっかいている。

 ぶうぶう言っているガルデオン様を笑うと、竜王様は出て行ってしまった。









「ところでさあ、あと残り1つあるんだけど、どうするの?どうするの?」

「アンに見せてから、記念に部屋に飾っておこうかと思っておりました。・・・・・でも・・・・・ガル様に差し上げますわ。申し訳ありませんが、アンに見せるまで少しお待ちくださいな」

「うん!そのくらい待てる。ボク、いい子だからね。・・・・・・ふふふふん。がまんがまん」





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