9.精霊のかぎ針(2)
「だいたいファニールが悪いんだよう。頼んでいるのに教えてくれないしぃ」
ガルデオン様は頬をぷうっと膨らませている。でも、私はあまり気にしていない。ファニール様はおばあさまからもらった精霊のかぎ針をじっと見て、“考えておく”と言っていたわ。きっと何か訳がありそう。
「ローゼ、怒ってる?」
「いえ、そんなことはありませんわ」
「じゃあさ、薔薇のクロッシェ作ってくれる?」
「わかりました。少しお待ちくださいね」
私はにっこり笑うと、薔薇の花のそばに座った。私は、綺麗に咲いている一輪の白薔薇のそばで、かぎ針をくるくると回して魔力をひっかけた。すると、ごっそりと魔力がかぎ針にからみついてしまい、とても編める状態ではなくなってしまった。あれ? 何度やってみても、魔力が細い糸にならず、綿花のようなぼたっとした塊になってしまう。
「ごめんなさい。ガル様。どうしてか、ここの魔力は細い魔力糸にならないのです。このままでは、編むことができません」
「えーーー 作れないの? ・・・せっかく楽しみにしていたのに」
ガルデオン様はがっくりと肩を落としてしまい、そのまま膝をつきそうな勢いだ。
「やっぱり、ファニールに聞かないとダメなんだ。なんであいつ、断ったんだろう?」
「ファニール様にもお考えがあってのことだと思いますわ。ガル様は、この『精霊のかぎ針』について何かご存じではありませんか?」
「『精霊のかぎ針』は、精霊が作ったかぎ針だよ。それを持っていたのは、アナだよ」
アナ? さっき、ファニール様の言葉の中にもあったような・・・・。
きっと、鍵となる人物だ。その人のことが判れば、ファニール様の態度の理由もわかるかもしれない。
「アナ様とは?」
「アナはアナだよ。 ローゼみたいに美味しいクロッシェを作ってくれた人。」
ガルデオン様は薔薇のクロッシェが編んでもらえなかったからか、むっつり不機嫌気味だ。言葉には棘があっていつもの気安さがない感じがする。
「アナ様はいまいずこに?」
「アナがここにいたのは100年も前の話だよ。それにここを出て行ってしまったから、もうどこにいるか知らない。それより、どうする? とりあえず図書館に行く?」
「そうですね。図書館には資料があるとのお話でしたね。行ってみてましょう」
ガルデオン様の機嫌をなおす方法も思い浮かばず、だまって図書館にむかった。図書館の入り口には、かわいい文字で『誰でもご自由にお入りください』と書かれている看板が掛かっていた。
「あら、可愛い」
思わず、声がでる。でも、書かれている文字は古語だわ。
図書館の中に入ると、高い天井から吊り下げられた照明と窓からの光で思った以上に明るかった。
中央には、広い通路があっって(人間が10人は列になれるくらいの広さ)、両側には長机が10脚ずつ置かれてある。本は、壁に天井近くまでぎっしり並んでいて、私は思わず、「すごい本の量だわ」と呟いていた。しかし、この図書館には誰もいなかった。
「ガルデオン様、とても素晴らしい図書館ですね。そのうえ、入口の看板はとても可愛かったですわ。どなたが書かれたものですか?」
「アナだよ」
「アナ様がこの図書館を作られたのですか?」
「うん。そうだよ。アナがね、竜の世界にも図書館は必要だと力説して、この図書館を始めたんだ。ファニールは、アナと一緒にあちこちから本を集めていたよ。アナがいなくなっても少しずつ新しい本や地図を揃えてさ。でも、竜には図書館は必要じゃなかったんだ。だから今は誰もこないよ」
ガルデオン様は嬉しいような悲しいような何とも言えない顔をしている。
「こっちこっち。アナが書いたクロッシェの本があるのは」
ガルデオン様が指さしたのは、図書館の一番奥にある小さな部屋だった。そこは、本の香りに草の香りが混ざっていて、どうみても竜の大きさではないかわいい丸型の机と丸い椅子が二つ置いてあるだけだった。でも、誰かが大切に守っているようで、入るのを躊躇ってしまった。
「私がはいってもいいものでしょうか?」
「大丈夫だよ!えっと、これこれ!ボクには何が書いてあるかわからないけど、ローゼは読める?」
手渡されたのは、一冊の本だった。あれ?この表紙、どこかで見たことがある。おばあさまがくれた本と同じかも。そう思って表紙をめくると、同じ内容ー竜とお姫様の恋物語―が書かれている。でも、私が読んだのはお姫様が出会って仲良くなって旅立つところまでだった。その先があることを知って、私は、ガルデオン様のことも忘れて一心不乱に読みすすめてしまった。
「お前はそれが読めるのか?」
その声にびっくりして私は、顔を上げた。そこには、深緑の長い髪を一つで束ねて群青の長いロープを翼織ったとても美しい青年が立っていた。ガルデオン様の姿を探すと、入り口に罰悪そうに立っている。私は慌てて立ちあがった。
「・・・・はい。古語で書かれていますが、ある程度なら読むことが出来ます」
「何が書いてある?」
その人の声はとても深くて優しい声だった。醸し出す雰囲気に飲まれそうになった。
「竜とお姫様の恋物語です。あらぬ罪で国を追われたお姫様が群青色の竜に出会って、恋をして、幸せに暮らすというお話です。お姫様が竜と一緒に洞窟を探検したり、湖の底に行ったりするので、思わず本の世界に入り込んで読みふけってしまいました。
・・・・竜王様がいらっしゃることも知らず、大変失礼なことをしてしまい、申し訳ありませんでした」
「なぜ、我が王だと?」
「はい。ガルデオン様が必要あれば、竜王様に会うことが叶うだろうとおっしゃっていましたから。
はじめてお目にかかります。ローゼリア=リッチモンドと申します。」
私はドレスを掴むと優雅に礼をした。ふう。間違えずに対応できてよかった。
竜王様は目を細めて私の目をじっと見た。私は、すべてのことを見透かされているような気持になった。
「ガルデオンが人間の娘を連れて帰って、温室や図書館を一緒に歩いているというのでな。気になって来てみれば、アナスタシア所縁もものだったか。もしや、編み手か?」
「『編み手』とガルデオン様にも言われましたが、私にはわからないのです。ただ、私は祖母から精霊のかぎ針の編み方を教わりました」
「そうか」
竜王は、ゆっくり頷くと、椅子に座り、私にも座るように勧めた。
「だめだよ!ローゼは、ボクのローゼだからね。レヴィには渡さないからね!」
すごい剣幕でガルデオン様は走ってくると、私の横に立った。
「ガル。そんなに警戒心むき出しにしなくてもよい。我はこの娘と話がしたいだけだ。我には愛する妻がいるから、お前の邪魔はせん」
「ならいいけど・・・」
そう言いながら、ガルデオン様は私の手を握ったままだ。
「ローゼリアといったか。お前はなぜ竜の住処にきた?ガルの妻になるつもりか?」
「めっそうもない。」
私はぶんぶん首をふると、ガルデオン様はなぜかがっくり肩を落としている。なにかまずいこと言った?
「ここへは、クロッシェについて知りたいと思い、参りました」
私は、妹に皇太子妃候補の印である指輪をあげてしまったこと、そのためにお尋ね者になってしまったこと、これからの生活を考えなくてはいけないことを説明した。
「それで、クロッシェについて知ってどうする? 竜や精霊を思いのままに操って、世界を支配するつもりか?」
竜王様に言われて、クロッシェが編むということは、それを対価に竜や精霊に命令することもできると初めて知った。そんな風に考えたこともなかった。誤解だ!
「いいえ。そんなつもりはありません。私の望みは、小さな家でひっそり隠者のようにその日を大切に暮らすことです。
皇太子妃の座も本当は興味ありません。妹には私の大切な『精霊のかぎ針』をとられ、父には皇太子妃に推薦したからと言われ・・・・仕方なく皇太子妃候補試験を受けたにすぎません。
もちろん世界征服も全く望みません。誰かを支配するよりも、誰かのために何かをして喜ばれたいと思っています。
ガルデオン様にお会いした時に、私が編んだクロッシェをほめて頂いて、とても嬉しくて嬉しくて、ただそれだけでここにきました。
やっと手元にもどってきた『精霊のかぎ針』ですが、祖母の形見という以外私はなにも知らないのです。これから自由に生きていくなら、まず最初にこの『精霊のかぎ針』のことを知りたいと思ったのです」
しばらく考えたように黙っていた竜王様はガルデオン様のほうをむいた。
「ガル。ファニールには会わせたのか?」
「うん。温室で会ったから、教えてあげてって頼んだんだけど、考えとくって言われた」
「そうか。ローゼリアよ。ファニールはアナスタシアのことを今も想っている。編み手を名乗るのも、ここを守るのも、アナスタシアを忘れたくないが為だ。竜にとって100年はさほど長くないが、人間にとっては4世代くらいになろう。
ローゼリアは100年前のことを知っているか?」
「いえ、皇国で歴史として学んだだけです。」
「そうか。100年前、我らは行商人だというアナスタシア達と知り合った。今まで人間は我らを見ると鐘をならし火を放ち魔法をしかけてくる奴らばかりだったが、アナスタシア達は魔石をわけてくれないかと武器も持たずに相談に来た。まあ、いろいろあったが、我らもアナスタシア達のことが気にいった。中でもアナスタシアとファニールはとても仲がよかった。ある時、精霊にもらったというかぎ針で花を編んでくれたが、本当に綺麗で美味しかったぞ。二人でいろんなものを編んで本当に楽しそうだった。ここも、アナスタシアが世界には誰でも好きな時に好きな本が読める場所が必要だと言って、ファニールと作った場所だ。はじめは自分で本を書いたりしてな」
「そんなことがあったのですね。
ここはとても素敵な場所だと思いますわ。私も図書館は大好きであちこち行きましたが、このような温かみのある場所はあまりありませんでした」
やっぱり、ファニール様はアナ様が大好きだったのね。ここは思い出の場所だから大切に守ってきたんだわ。
「しかしな、人間の欲というものはキリがない。魔石に目がくらんだ者たちが皇国に報告したらしく、皇国を巻き込んだ諍いが始まった。アナスタシアの父親と母親はかなりひどい目にあった。それでも、アナスタシアとファニールは懸命に止めようと戦場を駆け回っていた。しかし、そのうち離れ離れになってしまってな。ファニールは片翼を失い、ドーラ達は火を噴いて山の向こう側をすべて焼き尽くしてしまった・・・・」
「・・・・」
「しかしな、世界は刻々と変わる。我ら竜は世界を見守る義務がある。
そこで、ガル達には、人間の世界を調べる役割を頼んだのだ。もともと好奇心の塊のような空竜達だからな、人に憧れる部分も多くてな」
「だから、空竜の都は、私の知っている風景に似ていたのですね」
空竜の都だけ人間が住むような街になっている理由がわかったような気がする。
「かもしれん。今回もな、最近魔物が跋扈している宵の杜から精霊王の悲鳴が聞こえてきた。そこで、ガルに調べに行かせていたのだが・・・そなたを連れて戻ってきてしまった」
ガルデオン様はぷうっと頬を膨らませた。そうだ。ガルデオン様とは会った時に宵の杜に行く約束をしてる。アレクが先に行って調べているはずだ。
「そういうけどさ、レヴィ、きっとローゼに会ったのは意味があると思うんだ。ローゼはアナみたいに美味しいクロッシェを編むことができるけど、精霊のかぎ針のことも、クロッシェのことも、何も知らない。
ボク、宵の杜に一緒に行ってもらう約束してんだ。ローゼのクロッシェはきっと役にたつと思うよ」
「私は誰もが幸せで笑い合えるような平穏を望みます。そのためにも、勉強をしたいと思います」
「だそうだ。聞いたか、ファニール」
竜王が入り口に向かって声をかけた。
「・・・・・・・ああ。わかった。・・・・・・・アナの所縁の娘よ。お前の言葉が真実ならば、お前にクロッシェを教えよう」
私が入り口をみると、大きな竜の影が床にあった。その影にはやはり翼が片方なかった。
「ファニール様、どうかよろしくお願い申し上げます」
私はその影にむかって深々と礼をした。




