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75「どこまでいっても神無月雪之丞はついてない」


◆◇


十二月十一日


 マスターが追い求めるアメリカンジャズ喫茶のコンセプト。

 少し暗めの店内、それを照らす無数の琥珀色のランプ、低音で流れるジャズ、使い込まれた木製のテーブルとイス、レトロなハンバーガーの電飾看板、天井高いウッド内装、ベルが鳴る扉を通ったら、深い珈琲の香りと共に一時都会の喧騒を忘れ別空間をお客に提供。 

 そんな夕暮れ、駅前大通りにある腐ったりんご亭の時間は緩やかに流れる。


 金曜日だからだろうか、店内は時間帯の割に意外と混んでいてスタッフ達は忙しなく動いていた。


「…………………………」

「ふーふー」

 

 この内装と合うように俺達男性陣は白いワイシャツ・蝶ネクタイ・りんご亭のロゴがプリントしてある黒いエプロン。

 花形たる乙環さん女性陣はメイド服寄りのストライプカラーの制服。

 季節に合わせ衣替えして古き良きアメリカを演出している。

 といっても通路が狭いからローラースケートにはチャレンジできないがな……。


 そんな俺はカウンターで豆を挽き珈琲を淹れる。

 うちはペーパーやエスプレッソの他、布を使った抽出方法もあった。

 同じ豆を使っても味が変わる。

 いつもの工程だけど季節や気温によってやり方が若干違うのだ。


「…………………………」

「はあはあ」


 ところで今、カウンター越しから熱い視線を浴びてやりづらかったりする。

 いや見られることには慣れているが、そのオーラは何処か禍々しい。

 おかっぱぽいボブカットに眼鏡、青のブレザーとチェックのネクタイ、見た目は真面目そうな白川桜華学園の現生徒会長。

 馬頭。

 大の珈琲好きでふんすふんすと興奮気味に俺の作業を見学していた。

 お子様体型と背が低いのも相まって、その雰囲気は小動物というかハムスターといっても過言ではない。


「馬頭……それだけ凝視されるとやりにくいのだが……」

「ごめんなさい。でも見てて飽きないんです。なんというか珈琲は錬金術な気がします」

「ほほう、その心は?」

「抽出方法、ペーパードリップ・ネルドリップ・サイフォン・エアロプレス・エスプレッソ、同じ豆を使ってこんなに味が変わるのは珈琲だけではないでしょうか?」

「それだけじゃない。蒸らす時間、注ぐ角度、カップを温めるだけでもまた味わいに変化が起こるんだ」

「おお、さすが本職、勉強になります! どうしたらそれだけ美味しくできるのですか?」


 馬頭はすぐにメモをとる。

 こいつは同じ珈琲好きでも乙環さんと違いガチ勢だ。

 なんでも枕も小豆の代わりに珈琲豆でできているとか……。


「簡単だ。常に珈琲のことだけ考え対話していたらこうなった」

「素晴らしい。ちなみに私の作業用BGMは珈琲の注ぐ音です」

「そんな痛々しい趣味聞いてねえよ」

「生徒会室で珈琲淹れる道具持ち込んだらオトワちゃんに怒られました」


 当たり前だとつっこむとサービスに賞味期限ギリギリのロールケーキを出す。

 神聖な場所にそんなのもん持ち込んで教師に見つかったら停学処分だぞ。


 おっと蒸らす時間がズレる。

 馬頭が来るとついつい珈琲談義に花を開かせてしまうから困るんだよな。 

 やはり珈琲好きなやつと話すのは結構楽しい。

 乙環さんも珈琲は好きなんだが淹れるのは苦手だから、深い話をしてもここまで会話が弾まない。

 なんて本人にいったらまたむくれるから口が裂けても言えないがな。


「なあ馬頭。長野の様子はどうだ?」   

「今のところ目立っていないです。大人しくしてます……」

「どうした?」

「おとわちゃんに甘えてきた彼方君は何もできないから家が酷い有様です。私もせっつかれてお掃除に行くんですがゴミ屋敷の進行度が早くて困ってます」


 そうだろう。

 自分の快楽にしか興味がないやつにまともな生活ができるわけがない。

 しかも部屋をろくに清潔に保てられないなんてもってのほか。

 多分やつの場合、情に訴える為そこも計算に入れてそうだがな。


「もしかしてそのことを乙環さんに報告しろと言われたか?」

「よくおわかりで。伝えないほうがいいですか?」

「いや、長野と乙環さんのことだから俺がとやかくいうことじゃない」

「しかし彼方君は女ってものを理解してないですね。一度興味を失せたものに幾ら情で訴えても反応ないですよ。母親でさえもそうなのに血の繋がってない他人なら尚更です」


 彼方の幼馴染みだが考え方は結構ドライな馬頭。

 情半分呆れ半分で、本人曰く切っても切れない腐れ縁らしい。

 それでもいつ裏切られるか分からないから大事な情報は漏らさないように気をつけていた。


「そいつは怖いな」 

「なので神無月君も女の子の機嫌を損ねては駄目ですよ」

「そんな君にスイーツ割り引きを提供しようじゃないか」

「横乳見ますか?」

「まじやめて。合法ロリとはいえ罪悪感が半端ない」

「失礼な! 抗議します!」


 などとコミニケーション取りながら情報を引き出す。

 

「神無月君の側で最近何も変わり映えはしないですか?」

「特に報告する案件はないな」

「本当ですか?」

「あとは最近俺がモテることぐらいか?」

「確かにそれはおかしいですよね。今まで嫌われていたのに急に春が訪れるのも変な話です」


 やめて、それを本人の前で言わないでくれ。

 諦めているけど結構傷つく。


 同盟結んでいる俺と馬頭はこうしてたまに報告会をひらく。

 お互い情報を共有してなるべく大事にならないような落とし所を探っている。


「それより未だに乙環さんの人気が高いからお前苦労してるらしいな」

「はい。比較されて困ってます」

「馬頭は馬頭の良さがある」

「そう言ってくれるのは貴方だけです。処女捧げてもいいほど深い感銘を受けました」


 そんなもんいらんわ。

 それよりなんだろうか、背後から物凄い圧を感じるんだが……。

 恐る恐る後ろを振り向くとニコニコ顔で乙環さんが厨房の窓から覗いている。

 握っていた冷凍リンゴが一瞬で粉々に……。

 超怖い……。


◆◇


 夜の仕事帰り。

 電車に乗りちょっと遠出してみた。

 なんだろうか、知らない土地、知らない物があるとワクワクする。

 これが男のサガというものなのか、鬱屈したしがらみからの開放感から心が軽くなった。

 

 大体、なんでこんなことやっているかというと、近場にニュースにも出た激安スーパーがあると聞いてわざわざ地図を描いてもらう。

 実は昨日の一年女子達が教えてくれる。

 最近百円以下の特売を見たことないから、もらったチラシ覗くと心躍った。


『雪ちゃん、最近暴力事件おこしているのか?』

『は? なんだそりゃ』

『だよな。チーマー達に喧嘩吹っかけてボコボコにしたあと、神無月を名乗っているらしい』

『それは完全に俺に罪を被せようとしているな……』


 電車移動中で暇だから行きがてらLINEで流星とトークしている。

 あまりいい話じゃないけどな。


『この前の学園の備品破壊事件といい、また何か良くないことが起こるんじゃないか?』

『まさか?』 

『バカ。お前は筋金入りの巻き込まれ体質なんだぞ。石橋を叩いて叩いて叩きまくっても足りないぐらいだ』

『確かにそうかもしれない』

『鹿伏兎先輩が大事ならそこら辺も気をつけた方がいいぞ。巻き込んだら洒落にならないからな』

『馬頭にも釘を刺された』


 キリのいいところで通信を終わらせると、土地勘がないから迷うがなんとか着く。

 思ったよりいい買い物ができたので、一年生女子に感謝した。

 今度何かサービスしないとな。


 結構大量に買い込んだせいで歩く速度は遅い。

 買い物バック二つ持ってきて正解。

 俺は来た道を戻ろうとするも、女子から渡された地図に、帰り道はここから行ったほうが確実と描かれている抜け道を選択する。

 それはいいがどう見ても休止中の工事現場を突っ切るので勇気は必須条件だ。


 そんなとき、絹を裂くような悲鳴。

 立入禁止である高速道路らしき柱に数十人の人影がみえる。


 もしかして族の集会場にブチ当たったかなと、来た道を戻ろうとするも、「助けてください! いやあー!」女達がいかにも悪い不良達に襲われていた。


 囲まれている女達は七、八人いる。

 よく見ると白川桜華学園の制服だ。


 しかも女子達は昨日の奴らじゃないか。

 こんなところで何をやってる?

 絡まれてるようだが、助けるべきか?


 場所的に人目につかない。

 俺が放っておいといたら大変なことになるかもしれない。

 でもマスターに迷惑をかけてしまったら……やるしかねえか。


「おいおい、なにうちの学校のやつに手を出しているんだよ?」

「なんだてめえ?」

「誰でもいいだろ」

「たった一人で乗り込んできてどうにかできると思っているのか?」


 人数は三十人ほど。

 結構多い。

 風体からいってイキっている街の不良どもだ。

 ノックアウトしたところで誰も心配するやつはいまい。

 

 ——大体、十五分ぐらいでKOを奪う。

 ノーダメージ。


「神無月先輩助けてくれてありがとうございます。ぐす」

「なんでこんなバカなことになってるんだ?」

「近道だと思って油断してました」

「お前名前は?」

「会津《あいず》樹林《じゅり》です」


 会津達は制服とかビリビリに破けて肌が露出している。

 そういえばこいつ誰?

 常連に混ざって会津という見知らぬギャルがいた。

 しかも俺のことを知っている……?


 数分後、自転車でお巡りさんが到着。


「君達何があったんだい?」

「こいつらが男達に強姦されそうになったんだ」


 俺は簡潔に事情を説明する。


「そうなのかい? どう見ても君が主犯みたいだけど」

「顔で判断するな!」

「違います。こいつが犯人です。うちのことを犯そうとしました」


 え?

 何を言っているんだ?

 他のやつらも俺が強姦したと指差す。 

 その中には俺にスーパーの情報を教えてくれた常連さんもいる。


「やはり君が犯人か」

「は⁉ 俺は全然関係ねえ」

「悪いやつはすぐそういう風にいうじゃん。うちが散々やめてといったのにこいつは………うわあああん!」


 演技が上手いなこのギャル。

 もちろんこれは冤罪だ。

 なんとかこの嘘証言を撤回させようと、伸びている不良達を起こそうとしたら、いつの間にか姿が消失している。


「警察署で聞こうか」

「俺の話を聞け!」


 これは完全にハメられた。

 誰だ? 

 俺を罠にはめたやつは。


 もしかして最近急にモテ出したこと、俺があっちこちで暴れ回ってるという噂が立ってることと、繋がっているのかもしれない。

 これで俺は完全に後手に回る。

 主導権は多分あいつが握っているじゃないか?


 長野……。


 LINEで巻き込まれたと送ったら、そんな乙環さんは長野にキレていた。


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