73「何故、雪之丞が学園一の問題児と思われているのか?」
◆◇
十二月九日
夕暮れ。
太陽が隠れそうな時間帯、俺は駅前でスマホを弄っていた。
帰宅途中の学生やサラリーマンも多くなり、俺は人相悪い上に背が高いから悪目立ち。
大体、こんな所でやっているんだって?
昨日乙環さんと訪れたファーストフードのとき、実は会話の続きがある。
『——なあ雪之丞』
『じゃあ帰ろうか。もうすぐ零時になる』
『聞け!』
『何だよ……くるしー!』
襟首掴まれて歩行できない。
『雪之丞、も、もしよければ明日もデートしたいな……。どうだろう?』
『明日もか? 別に構いはしないけど、クリスマスも近いのに大丈夫か。準備期間が結構シビアだぞ』
ハンバーガー食べたあと、俺はセットのポテトを口に入れた。
熱々のうちに食べないとフライドポテトは美味しくない。
一方乙環さんはシェイクを飲んでいる。
何処にヒントが隠れているかわかないから、甘い物は何でもチャレンジしていた。
『これも勉強なんだよ。色んな体験してイマジネーションを高める。師匠直伝の教えだよ』
『まあいざとなったら俺が頑張るさ』
『とにかくなんとかするから予定あけろ。絶対の絶対だからな!』
『子供かよ』
今のやりとりはどことなく懐かしいなあ。
何故?
乙環さんは強い意志を感じる太めの眉に力が入ると、『僕は絶対に今までの分取り戻さないと……いや何でもない』と俺が咥えているポテトを途中で食いちぎり強奪。
こんな大衆のど真ん中で行ったから注目される。
それでなくても超絶美人。
男どもが舌打ちした。
しかしそんなことはお構いなしに俺のポテトを食べ続ける乙環さん。
心臓に毛が生えているに違いない。
でもよ、俺達の尊い友情を見せ付けるのはいいが、親友の領域超えていないか?
今頃気づく。
『お互い明日は仕事がないら、授業終わったら一度自宅に帰って夕方頃でいいか?』
『構わないけど駅前で待ち合わせにしないか?』
『行く場所は?』
『それは着いてからのお楽しみ』
『なんか怖いな……』
乙環さんは俺に口が悪い皇帝ペンギンの人形使って、『後悔はさせないぞ!』とアニメキャラっぽく返事を出す。
恥ずかしかったのか乙環さんは赤くなる。
だったらやるなと言いたい。
そして現在、
「——雪之丞!」
「なんか気合い入ってねえか?」
人混みの中一生懸命にジャンプして手を振る乙環さん。
背が若干低いから帰宅ラッシュ時だと見つけるのが大変なのだ。
「そんなことはないぞ。ただのワンピースだ」
「俺も気合い入れたほうが良かったか?」
「それは次のお楽しみということで……」
「了解しました乙環さん」
時間にピッタリ現れた乙環さんは、じゃあ行こうかと俺の手を引っ張る。
場所は近くの温水プール。
深夜まで営業しているが、会員制でお値段はそれなりにした。
そのおかげで喧騒と離れゆっくりくつろげるのは助かるな。
乙環さんが着替えに時間がかかるからと、俺は暖かい温水でひと足先に泳ぐ。
そのあとはデッキチェアで寝っ転がっている。
「待たせたな雪之丞」
「……………………」
「どうだ似合ってるか」
「……………………」
「何か言ってくれ。これも結構恥ずかしいんだぞ。バカ……」
「すまん、なんて声をかけていいか分からなかった」
黒の紐ビキニ。
ブラのつなぎ目とパンツの結び目が紐で面積が小さめだ。
乙環さんは胸とお尻以外は肉のないスレンダーボディー。
鍛えてある腹筋を筆頭に体の線がくっきり出ている。
なのでビキニがとても似合っていた。
しかもどこかで拝んだことがあると思ったら、お竜達と水着選びに行ったとき披露した、あの超一級危険物。
相変わらずとても露出高くて目のやり場に困る。
気を緩めるとこの前見たく鼻血が吹き出るだろう。
「お前がとても反応していたから、似たようなやつ買っておいたんだ」
「俺を鼻血で殺す気か?」
「それは褒め言葉だろうけど、もっと気の利いたセリフないもんかね?」
「俺にキザたらしい対応求めるな」
それにしても行き先が温水プールなので驚いた。
乙環さんはわざわざ俺の部屋から海パンを持ってきてくれる。
「一言綺麗だよ。でいいんだ。女はそんなことで喜ぶ単純な生き物だ」
「それが難しいんだよ」
「バカ、今日は独り占めできるんだぞ。もっと素直に喜べ」
「難しい注文するな」
水着は学園の教師連中が目撃したら卒倒しそうなぐらい派手。
布が小さめだから激しい運動したらズレそうだ。
「雪之丞は小さな水着が好きなんだろ?」
「それはアニメの話。実際にやるやつはコスプレイヤーぐらいだ」
「でも、僕は雪之丞相手だったら全然はずかしくないぞ。むしろもっと見てほしい」
「変態か!」
もちろん冗談だろ。
その言葉に反してとても恥ずかしそう。
「それよりも寝てないで一緒に競争しないか?」
「この俺に勝とうというのか?」
「村にいた頃は僕は敵なしだったぞ」
「それは井の中の蛙と言うんだ」
「馬鹿にすんなよ。僕が勝ったらすごいことしてもらうからな」
「なら俺が勝ったら当分の間お泊りなし」
「何だと……。僕の存在意義がないじゃないか」
「乙環さん怖気づいたか?」
「乗った。燃えてきたぞ」
俺達はプールサイトに立つ。
ハンデをあげようと提案したが断られる。
「お前ごときに手心なんていらない」
「面白い。ならばギタギタにしてやるぜ」
「勝負は三往復。じゃあコインが落ちると同時にスタートだ」
「了解だ」
位置について用意、「雪之丞、ブラが取れた。チクビ丸見えだな」俺は飛び込むのをやめて思いっきり振り向く。
しかし、既に乙環さんの姿はなくクロールで先行。
「ああああ、乙環さんずるいぞ!」
勝敗なんてどうでもいいけど俺は全力を出した。
そうしないと乙環さんに手を抜いていることを見破られるからだ。
だから俺は正々堂々と追い抜く。
しかし——
「僕の勝利だ!」
「俺が負けただと⁉」
「お前がエロガッパだからだ」
「違う。断じて違う」
はいはいと乙環さんはご機嫌そうに勝利のブイサインを披露。
しかし俺は納得いかないな。
確かに泳ぎながら先をゆく乙環さんの水着を凝視してめくれろー! と念じたが手は抜いていない。
「さてさて、雪之丞に何をやってもらおうかな……」
「いやいや、さっきの卑怯じゃないか?」
「そんなことはない。あれも兵法だ。武蔵いわく勝ては官軍」
「宮本武蔵はそんなこと言ってねえぞ」
とにかく反則かどうかはともかく乙環さんの勝利で幕を閉じる。
一体俺は何をさせられるのか……嫌な予感しかしない。
◆◇
「ほうほう、レトロ喫茶は静かだとまた違う一面がうかがえますな」
「こんな時間帯に呼び出して悪いな月野さん」
老齢の渋い声が静かな店内に浸透する。
ここはりんご亭。
見慣れた光景だが深夜だとまた違った姿が見えてきた。
静かに年代物の柱時計は秒針を刻む。
俺はとある客人をもてなす為に、マスターへ頼んでりんご亭の使用許可をもらう。
とても大事な話だからここを選ぶ。
音楽演奏もできるので防音完備だから。
なのでここだと絶対に会話内容がバレることはない。
「お久しぶりです雪之丞お坊ちゃま。お元気そうで何より」
「やめてくれ。神無月家の筆頭執事に頭さげられたら変な気分だ」
礼儀正しい老人。
その正体は強大な神無月家全体を取り仕切る筆頭執事。
その姿は白髪が増えた以外昔のままだ。
カウンター席に座り、俺が淹れている珈琲の工程をただ見学している。
「学園での活躍聞き及んでおります。よくあの妨害を受けながら耐えていらっしゃる。この不肖月野、感服しております」
「クソジジイのせいで俺の大切な青春が台無しだぜ。でも妹の為だ。いくらでも背負ってやるさ」
俺はクソジジイこと、神無月当主、神無月弦山と約束していた。
もし酷い妨害工作の中を優秀な成績で卒業できたら、神無月本家の後継者から解放する。
代わりのゆいあきらを全面的バックアップするという内容。
長男坊の俺より妹の方が親族に命を狙われないからだな。
「旦那様と交わした在学中つねに成績一位の条件。しかも様々な妨害工作で学園では劣等生として扱われる。その真実を知るのは理事長しかいません。こんな絶望的環境で己を見失わないのは奇跡としか言えませんな」
「月野さん、こんな状況下でも友達作れたぜ」
「素晴らしい。流石ステラ様のお孫様」
「大変だったけどな」
中等部からの苦難が蘇った。
本家の妨害工作により俺へ近づくものは誰もいない。
それでも友達の願望が強い俺はなんとか流星、お竜、そして乙環さんと仲良くなる。
友達百人計画には程遠いがそれでも大事な一歩。
「それで雪之丞お坊ちゃま。今回はどのようなご用件で?」
「月野さん、なんで乙環さんに接触してきたんだ?」
「申し訳ありません、ステラ様の御遺言で話すことができないのです」
「それは困った。ババ様、死んでまで俺の人生に干渉するのか?」
「仕方ありません。貴方様は昔あの猫を助け記憶が曖昧です。その状態で乙環様の真実を告げそれでも覚悟決められるか……」
「もしかして乙環さんはババ様の関係者か?」
「申し訳ありません。その問にも答えることができません」
俺はわかっていた。
何であの事件に巻き込まれて乙環さんが無傷だったのか……それがその答え。
表向きは流星のファインプレー扱いになっているが、裏から神無月の力でねじ伏せている。
全く好きになれねえ。
だから確信を持てた。
乙環さんはステラババ様の知り合いということを……。
しかもとても深い付き合い。
もうこれ以上の情報は引き出せないと悟った俺は、「口に合うか分からないが飲んでくれ」淹れた珈琲を月野さんへ出す。
「相変わらず珈琲淹れるの上手いですな」
「ふざけるな。月野さんの十分の一にも満たねえよ」
「ご謙遜を」
「違う。基本を教えてくれたのはあんただ。そのおかげでマスターも俺の腕前を認めてくれている」
そう、執事の必須スキルはお茶を淹れること。
だから月野さんはお茶類に精通していて、俺もその指導のもと珈琲の基本をマスターする。
「それでもこの上達ぶりはお見事です。結晶様が当主になった暁には次席執事で食べていけますよ」
「筆頭とはいわないんだな」
「まだまだ若いのに譲るわけにはいきません」
「そうかよ」
俺の嫌味ったらしい軽口も月野さんは簡単に返す。
この人に効くわけもないか……。




