72「クリスマスの足音と乙環の可愛いヤキモチ」
◆◇
十二月八日
年の瀬へ向け加速してくる師走に相応しい忙しさ。
マスターのスイーツがお得に味わえる日替わりアフタヌーンティーセット求めて、りんご亭は今日も満員御礼。
寒くなってきたから、ピザトーストやナポリタンも結構注文がくる。
そんな激闘を切り抜け客足も一段落。
ひと通りの業務こなし、散らかしてあったテーブルを片付けた俺達は、
「雪之丞甘い。あの味ではうちの客を喜ばせなれないぞ。それでなくても名人級の師匠のスイーツで舌が肥えているんだ。その期待を超えなければならない」
「そうか? クリスマスだからとにかくバエを意識したデコレーションにすればいいんじゃないか?」
誰もが待ち望む聖夜の足音は近くなり、きたるクリスマス商戦に向け、ここ腐ったりんご亭も色々と準備に大忙し。
クリスマス限定スイーツの開発も大詰めに差し掛かっていた。
「ばかもん。僕達の敵はティーンエイジャーじゃないんだぞ。全年齢層だ。大体何も考えなかった結果があれだろ?」
「確かにこの前作ったケーキ惨敗だったもんな。目一杯甘くしたんだが……」
俺と乙環さんはお互いの意見をぶつけてデットヒート。
マスターは俺達にクリスマス用ケーキの一つを任してくれたので、こうしてアイデア出しをしている。
「あずきと芋あんと生クリームの組み合わせは好みが別れるから若者向きじゃない。実際おばさんにしか売れなかった。しかし万人に好かれるイチゴのショート・チョコレート・モンブランは定番だが、限定というといまいち特別感がでない」
「だからひと工夫の遊び心がほしいんだよ。手に取ってもらう為にまずは中身より外見が大事じゃないか?」
俺達はいくつか試作を考案してみたものの、これだという一品にはまだ辿り着いてない。
「むーん悩むな。定石のショート系か、シフォンケーキ、いやいやロールケーキも捨てがたい」
「ちょっといいか乙環さん……」
「うーん! イチゴ・やはりリンゴか……いや蜜柑も捨てがたい」
「乙環さん!」
「なんだ、いいアイデア浮かんだ?」
「いや、乙環さんの距離近くないか?」
お客さんがほぼいないから休憩を兼ね、テーブル席でケーキのアイデアノートを広げていた。
まあそれはいい。
でも隣へ座っている乙環さんが、今日に限ってめちゃ引っ付いてくる。
頭は俺の肩に預け指を絡めていた。
いつも嗅いでいる乙環さんのフェロモン溢れる体臭が俺に纏わり付く。
今日は女性客ばかりなので視線が痛い。
自分が同性を惹き付ける王子様系だということを自覚してほしいもの。
「動いてないから寒くて暖を取っているんだ。役立たずな雪之丞のくせに文句いうな」
「ほう、俺はカイロにしかならないって言い草だな?」
「体温高いから心地よい」
「じゃあ乙環さんは明かりに群がる蛾だな」
「いいね。是非ミス・バタフライと呼んでくれ」
「うわ、冗談通じねえ」
俺達はいつも通り軽口を叩き合う。
それでも乙環さんは俺の腕に絡みつき、圧迫する大きな胸の感触が俺の鼓動を大きくする。
今まで以上の接近でどう対応していいか分からず硬直。
「どうした雪之丞、顔が真っ赤だぞ?」
「ななな何でもねえよ……」
「本当か〜?」
「執拗い!」
「僕の柔肌に心ここにあらずだったりして……にへへへ♪」
「くっうう〜〜〜〜」
完全に分は乙環さんにあり。
積極的な美人に勝てる男はいないのだ。
だが、そんなとき、うちの学園生達が俺に手を振る。
俺に?
しかも制服を着崩したギャル達。
乙環さんじゃないのか?
「おい雪之丞、何をジロジロみている?」
「いや別に……」
「ふーん、お前はあんな垢抜けた女子生徒がいいんだな。スケベそうに胸の谷間ばかり目がいっていたぞ」
「いやいや、何をいっている……いたっ!」
なんか不機嫌な乙環さんは俺の足を踏みつける。
「視姦は犯罪だ。でも僕も鬼じゃない」
「十分鬼だ」
「譲歩して僕がギャルの格好するからそれで我慢しろ」
「それは流石に無理があるだろ? 想像できねえ」
「しかしお前が痴漢みたいな眼差しで凝視されたらお客様に迷惑だろ? 下手したら警察が介入して業務停止命令が出てもおかしくはない」
「そんなことしてねえ! ただの思い過ごしだ」
いつもの思い込みがまた炸裂。
こうなると中々俺の言い分を聞いてくれない。
「だったら他に目をくれるな。僕の瞳に雪之丞が映るぐらい見てろ。しかしギャルになる為に黒髪染めるのは抵抗あるかな」
「しなくていい。乙環さん気にし過ぎだ。この俺がモテるわけ無いだろ?」
「うるは達の話によると最近学生や客から人気が出ているらしいじゃないか? 雪之丞の本質を理解できるもの達が現れたことに関しては喜ばしい限り。しかしそのことを知っているのは僕だけでいい。うるはも馬頭も他もいらないと思う……」
「誤解だ!」
あいつら秘密にするって言ったのに裏切りやがった。
報復してやるからな。
「まあ遠慮はするな。お前の好きな格好してやるぞ。バニーでもメイド服でもナース服でも日焼けギャルでもな」
「なら黒のセーラー服……じゃない、そんなのしなくていい」
「でも、きわどいのはまだ早いからな。ゆっくり行こう」
「人の話をきけ!」
精密機械の乙環さんが壊れる。
これはもしかしてヤキモチ……。
いやいや、俺にそんな感情向けるなんてないない。
これは多分、大事なお客さんに変な視線向けているから警告しているだけ。
雪之丞お気に入りの黒髪を陽キャ向けに染め直すぞと……。
それはなんとしても阻止しないとならない。
◆◇
仕事が終わり、俺はマスターに挨拶して外へ出た。
今回は早めに上がったので、乙環さんとそのまま街をぶらつく。
普通の会話なんだけど乙環さんとの話が楽しい。
取り留めのない話をしても疲れないのは、信頼で何の気を使う必要もない心地よい関係だから。
それが今の俺達。
「あははははっ! く苦しい!」
「笑うな! しょうがないだろ。怖いものは怖いんだ!」
「やめてくれ! は、腹がよじれる! まさか学園一の不良と言われているお前がホラー苦手だとは予想できなかったぞ」
「どうしてあんな殺伐としたものを観ないといけないんだ……」
なんのジャンルか知らないが、乙環さんがどうしても観たい映画があるからというので付き合うことにする。
しかし蓋開けたら一番苦手なホラーと分かり、流血にハラワタのオンパレードで何度も気を失う。
レイトショーだったので、出てきた頃はもういい時間だった。
ポスターで見抜けなかった俺のミス、トイレに行けなかったらどうしよう?
映画館からふらふら出てきた俺は貧血みたく倒れそうになった。
それを乙環さんが肩貸して支えてくれる。
「無理に付き合わせて悪かったな。悲鳴可愛かったぞ」
「もう金輪際みないからな」
「でも面白かったろ? B級ゾンビ映画」
「どこがだよ。前半パートはとても平和だったのに、後半から村人達がゾンビになって俺の心臓が飛び出たぜ」
「サメか恐竜の方が良かったか?」
「それもお断りだ!」
上映中、俺が震えあがっているのに対して乙環さんは夢中になって大型キャラメルポップコーンを一人でバリバリ食っていた。
「いやー、血しぶきが舞い上がる度、顔が真っ青になって面白かったぞ。必死に僕の手を握ってきて可愛かった」
「うるせー。しょうがねえだろ。どんなもんにも人間合う合わないがあるんだからな」
「だがしかし困ったぞ。面白かったから他のシリーズもレンタルで借りてみよう思ったんだが……」
「まさかそれを俺の家で見ようとしてねえか?」
うんと言わんばかりに、乙環さんがイタズラぽく微笑む。
「もちろん雪之丞も付き合ってくれるだろ?」
「今日はベランダで寝る!」
「さすがに寒いぞ」
「寝ないでホラー見るぐらいだったら、凍え死んだ方がまだマシだ」
しかしまあ、乙環さんは楽しそうでうれしい。
家出した当初はとても見ていられなかったからな。
まるで世界に裏切られたような悲壮感が漂っていたっけ。
木に設置されたLEDのクリスマスイルミネーションで表通りがデコレーションしている中、俺達はどちらか求めるまでもなく手を繋ぐ。
寒いから半分と…乙環さんはマフラーを俺とシェア。
結構長いやつだから丁度いい。
「なあなあ雪之丞、この感じ懐かしい気がしないか?」
「……うーん何か引っかかるんだよな」
「そうか♪」
「それがなにかはわからないけどな」
乙環さんは時々わけわかんないことを言い出す。
確かに何かとても大事なものを忘れてるような気がする。
でも思い出せないのは仕方ない。
俺達はそのまま近くのファーストフードへと寄った。
レンタルは何とか思い留まらせたが、その見返りにハンバーガーを奢る羽目になる。
「なあなあ、思ったんだがこれはデートだよな雪之丞?」
「親友と遊びに来ただけだ」
「いやいや、これはデート紛れもないだろ。こんな可愛い女の子と遊んで認めないのは暴論だぞ?」
「止めてくれ意識してしまうだろ。せっかく考えないようにしていたのに……」
「そうかそうか、純情なお前は僕が大好きだったのか?」
「そんなことを言ってない」
デートの定義が何処にあるかでだいぶ違うが、男女二人きりで仲良く遊ぶ、確かにこれはデート。
ただそれをしているとしてだ、認識してるかどうかと聞かれると明確な答えを提示できない。
でも一緒にいるとすごく面白い、この気持ちだけは本物。
「照れなくてもいいぞ」
「それにしても元生徒会長がこんなことして大丈夫なのか? やっていることは不良と変わらないぜ」
「後任に譲ったし、もう関係ないから大丈夫。僕はもう自由だ」
「でもよ、向こうとの関係はどうするんだ? 長野の家に裏切られたんだろ?」
「ずっと一緒に暮らしていたから情もある。だからいきなり切り捨てることはしない」
「お金関係どうするんだ。親を頼ることはできなかったら料理学校に通えないじゃないか?」
「それは信用あるところに頼んであるから大丈夫だ。そのうち話すから今は触れないでくれ」
「了解した」
長野家は今まで恩師のお金を巻き上げていたらしい。
相当豪遊をしていた。
今は知らないふりして泳がせている状態。
そこら辺はお世話になった先生の関係者が協力してくれている。
俺だったらぶっ飛ばしていたかもな。
ただずっと家族として暮らしていたから簡単に縁は消えない。
どういう風に決着をつけるかわからないが、少しでも力になれたらいいと思う。
——かんなづき!
今俺を呼ぶ声がしたような……しかし振り返ると誰もいなかった。
鳥肌が立つ。
やはりトイレはにゃん太郎に付いていって貰おう。




