71「あかずの間で乙環はついに過去の雪之丞と邂逅する」
◆◇
『綺麗だがこれだけ無数の星があると、どれがどれだか分からない』
『ベガ・アルタイル・デネブ。夏の大三角だ』
俺は寝ながら星空へ指さす。
『——ちゃん馬鹿にするな。そのぐらいなら僕でも分かる』
『冬になると北斗七星が目立つ』
夢を見ているのに背景は鮮やかだった。
忘れていた思い出が走馬灯の如く流れてくる。
あの事故以降——は、今まで不登校だった村の小学校に通い始め、次第にガキ大将として頭角を現す。
俺は見守る立場なので常に一歩引いた位置にいた。
でも、祖父母を殺したという殺人者の誤解が解けて以降、俺達の友情はどんどん深まっている。
俺と——は夜間、ババ様が外出して自宅にいないときを見計らって、家を抜け出し外へ遊びに行く。
月の光を頼りに深夜の河原までいき、岩に寝そべって満点の星を見上げた。
『なあ、——ちゃん——ちゃん、僕達このままこの村で暮らせるのか?』
『どうだろう。——や村の奴らと共にいたいという気持ちはあるけど、親の都合で引き剥がされる可能性もある』
『絶対に何も告げず、ここからいなくならないでくれよ』
『うーん、お前ここでは人気者じゃん。もう俺がいなくてもいいんじゃね?』
『馬鹿! お前は馬鹿だ! 側にいてくれないととても困る。まだ一杯一杯謝らないと!』
『そんなのはどうでもいいけど、お前は大事な親友だ。ずっと一緒にいような』
『ああ相棒』
俺は——の手を握りしめると握り返される。
『というか——ちゃん、日本語うまくなってきたな』
『ばばあに鍛えられているからな』
『剣道・合気道・弓道・ナギナタ、どんだけ化物なんだよ先生は……』
『あのばばあは西洋人でありながら日本の技法ほぼマスターしているからなぁ。茶道・華道・日本舞踊。占い・祈祷・降霊術。カイコ育てているし機織りもできる。俺もやろうと思えばできるが、あの領域には届かねえ』
「未だ自分の名前言えないくせに偉そうなことをいう』
『ゆき、ゆゆ、ゆきの、じょうは発音が出にくいんだよ』
『まあ、頑張れ、かなちゃん! いつまでも一緒だぞ』
——っ!!
起きるとまたにゃん太郎が張り付いていた。
昨日乙環さんが徹底的に洗ったせいでモコモコしている。
「お前は誰だ——また夢か……」
そして俺の隣では、「うーん、かなちゃん♡」また乙環さんが俺にくっついて寝息を立てていた。
最近は遠慮なく俺のベッドに潜り込んでくるので怖い。
自分の部屋に帰れと何度言ってもとぼけて聞いてくれないから困る。
しまいにはパジャマを常備する始末。
人肌が恋しいのは分かるけど俺を抱き枕代わりに利用するのはやめてほしい。
まあそれよりもだ、なんかとても重要なこと話していたような気がするんだけど乙環さんの可愛い寝顔で忘れてしまった……。
◆◇
十二月七日
「雪之丞貴様やる気あるのか! なかったら家に帰れ!」
「ここが俺の家っす乙環さん……」
乙環さんのポニーテールが揺れる。
「そんなことは聞いてない! いいか生地に魂込めろ。唱える呪文は美味しくなーれ、美味しくなーれだ!」
「うちのババ様思い出すからやめてくれ」
今は深夜だ。
そんな俺はダイニングテーブルで生地をこねている。
なんとなく手伝うと言ったばかりに、スイーツ作りになると乙環さんは鬼教官化することをうっかり忘れていた……。
俺は調理方法のプロセスや分量適当なのに対し、乙環さんはレシピの鬼。
だから作業工程がパーフェクトでないと気が済まない。
特にこれは子供会に寄贈するケーキなので気合いが段違いだな。
「なあ雪之丞……」
「なに、また手順間違ったか?」
「そうじゃない。雪之丞のアルバムってないのか?」
「アルバム?」
思った答えと違って気が抜ける。
また混ぜた生地にダマが残ったのかと思ったぜ。
「大掃除したとき一枚も発見できなかったからさ」
「ああ、そういうことか。うち本家が古い名族だからセキュリティーの観点から余計な情報を極力シャットダウンしているんだと」
「古いお金持ちも大変だな」
「俺は後継者放棄しているんだが、万が一の為だってさ。修学旅行や中等部の卒業アルバム写真でさえ許されない」
「もしかして前の失踪事件も、高等部の修学旅行を避けるため?」
「だな。それも含んでいるかもしれん」
メインは違うけどそれを関係ない乙環さんへ言うわけにはいかない。
「お前も苦労しているんだな雪之丞」
「早く神無月の縁を切りたいけど、妹が高等部卒業するまでは兄として見守っていないと……」
「妹さんの名前はなんていうんだ?」
生地を麺棒で転がしながら、「神無月結晶………………あ〜〜〜!!」音声パスワードに反応して本棚がスライド。
ガガーと禁断の隠し扉が開く。
まじかよ……。
絶対に発見できないと高を括っていたら墓穴を掘った。
やはり指紋認証から音声入力に変更したのが仇となったか……。
「なんでこんなところに部屋が? もしかして隠し部屋?」
「乙環さん、入るな!」
「入るなと言われると入りたくなる。エッチな本は焼却だ——なんだこりゃ?」
「ここは俺の心臓部だ……」
明かりをつける。
俺の隠し部屋。
プライベートルーム兼友達百人計画のオペレーションルーム。
親や客人が来たときバレないよう制作した、六畳一間に閉じ込めた癒しの空間。
無論たたみだ。
そこには今まで集めた友達攻略法の本を保管。
本棚には友達の作り方とか、人気者になろうとか、学園カリスマが教える友達が簡単に増える方法とか、友達ができる話術、友達できる催眠術など、まゆつば物のラインナップが揃っている。
手品、漫談、ネット配信器具、ボードゲーム、人気者になる小物も完備。
友達といつか踊るかもしれないマイムマイムやオクラホマミキサーのレコードもあった。
横型の額縁には墨で書いた『目指せ! 友達百人!』と高らかに掲げてある。
もちろん直筆。
「目指せ! 友達百人!」
「口に出すな!」
「じー」
「やめて、そんな可哀想な人を目撃したようなまなこで凝視しないでくれ」
「確かにこれは見られたくないな。別の意味で痛々しい」
「いいだろ。それだけ俺にとっては重要なことなんだよ」
「できるといいな……友達百人」
「なら距離とるな」
だからここの存在を隠蔽していたんだよ。
なんかいつも以上に真剣だし。
絶対エロ本探そうとしているに違いない。
そんなもんないからな。
「これって上杉やうるはも知っているのか?」
「いんや、披露したのは乙環さんが初めてだ」
「そうかそうか。僕が初めてか……それは光栄だ」
「笑うなら笑え」
乙環さんは興味深そうにキョロキョロ中を見回す。
その動きは写真が張ってあるコルクボードで停止。
「こ、これは……」
「それはガキの頃写した数少ない家族写真だ」
「……やっと発見した。こんなところにあったか。灯台下暗しとはこのことかもな」
「乙環さん?」
「……………………」
「どうした乙環さん? 変だぞ」
乙環さんは何も答えない。
どうしてか放心状態になってる。
「なあ雪之丞、ここに写っているのが雪之丞とお前のババ様か?」
「ああ、俺は天使みたいにプリティーだが、ババ様、いかにも偏屈そうだろ? 昔気質だったけどまあ、あのクソジジイとは違い大好きだったな」
「間違いない。雪之丞は僕のかなちゃんだ……ここにいた。いた……」
「いま、なんて言った?」
「すまん! しばらくの間、背中貸してくれ雪之丞」
「お、乙環さん?」
そのままこっちの返答も聞かず、問答無用で乙環さんに背後から抱きしめられた。
しかも今回は力強から息苦しい。
背中に押し付けた顔から熱いものを感じる。
まさか鼻水?
「えぐっ………………うええん…………………そうか、そういうことか先生……酷いよ」
「乙環さん泣いてるのか?」
「な、泣いてない! ぐすっ……。絶対こっち振り向くなよ雪之丞。ふぇーん! ブー!」
「ああああ! 俺のシャツで鼻かむな!」
変な乙環さんだ。
でもどこスッキリしたような気がする。
季節外れの花粉症か?
だったら俺をティッシュ代わりに使うのはやめてほしい。




