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彼方サイド7「リ・スタート」


◆◇


 九月三日


「——くー! 彼女に振られて散々な夏休みだった!」

「俺は部活三昧。彼方は夏休み何やっていたんだよ?」

「うーん、川行ったり、勉強したり、色々だよ」


 クラスのカースト上位でつるんでくだらない話に興じる俺。

 カレンダーは九月といってもまだ蝉が鳴いているし、太陽が照りついている。

 暑いから我慢できず下敷きで扇ぐ。


 白川桜華学園も新学期が始まった。

 残念ながら俺はまだ休み感覚が抜けないけど、なんとか学園生活をリ・スタート。


「なあなあ、聞いたか? なんかうちの生徒で事件起こしたやつがいるらしいぜ」

「おいおい、何処の馬鹿野郎だ。ハメ外し過ぎたか?」

「そうだな……」

「どうせ神無月だろ? こんな悪事働かすのあいつ以外いない」

「今日も姿が見えないし、留置所にでも放り込まれているんじゃないか?」

「というか、あいつはもうここに来るな。目障りだ」


 うちの学園生が事情聴取を受けたという情報……。

 何処から広がったかは知らないけど漏れ出している。

 おそらくそれは俺のことだ。

 幸いまだ噂の域だから慌てる必要はないけどな。


 まさかお前じゃないだろうな? と同じ教室にいる明鐘へ目を向けるも首を横に振る。


 誰が噂を流している?

 いや、神無月の可能性大だ。

 俺の弱みを握って金を搾り取ろうという魂胆か?


 俺は先日、警察から事情聴取を求められ脅迫事件について話す。

 ニッシーと共謀して詐欺まがいの動画配信をしたが、俺は脅されて仕方なくやったということで落ち着く。

 これも学生が負う精神的負担の軽減するためと上杉が八方手を回してくれたからだ。

 それにうちの親も力を貸してくれる。


『——父さん』

『彼方は余計なこと何も話すな。呼んだ弁護士の指示に従え』

『わかった』

『若いから無茶するなとは言わない。青春に冒険は必要だ。一杯失敗してもいいからトライし続けろ。ただし俺に迷惑だけはかけるなよ?』


 俺のトラブルに珍しく関与してきた親父。

 普段は家で会ってもまったく関心がないのかお互い口もきかない。

 

 それもそのはず、親父とおふくろには愛人がいる。

 その愛人名義でセカンドハウスを構えていた。

 だからこちら側にはそんなに帰ってこない。


 二人の金使いの荒さは異常だ。

 普通のサラリーマンに出せる金額じゃない。

 何か大きな金鉱脈を握っているのではと踏んでいる。


『気をつけるよ』 

『彼方、乙環には何も異常ないか?』

『取り敢えずはね。乙環姉さんのお陰で事件が解決したからお礼を返しきれないよ』

『まったく……面倒になるから目立つ行動は謹んでほしいんだがな』


 うちら家族はとっくに関係が破綻している。 

 姉さんは気づかないフリをして毎日家の家事をしているけど、それに関して罪悪感が微塵も感じられない。

 それなのに今更俺や乙環姉さんに興味を示す。

 何か理由があるのか?

 意図は読めないが、利用できるものは利用することにする。


 ——物思いに更けたまま時が過ぎ放課後。

 生徒会室で乙環姉さんと話をしながらゲームをする。

 

「姉さんの生徒会長も見納めか……」

「文化祭が終わったら告示だからまだ先だがな」


 生徒会長の腕章に手をやる姉さんは何処か寂しそうだ。


「明鐘がなる気まんまんだから助けてやったら?」

「あの真面目な馬頭なら僕の力なくても問題なかろう」

「信頼しているんだな?」

「いや、ただ単にバイトが忙しいだけだ」


 それにしても、姉さんはおかしなことをいう。


 自分の爺さんから相続した遺産を一杯もらってるはずだ。

 そのお陰で俺は姉さんに結構無茶な金額を要求しても良心が痛まない。

 そう、姉さんの資金は家族の金だから、俺は優先的に使う権利がある。


 なので俺の為にバイトで稼いでいると恩着せがましいのはいまいち信用できない。

 きっと弱いを握られ、あのヤクザみたいなオーナーがいるりんご亭で奴隷のようにこき使われてるんだ。


「そんなに多忙なのか?」

「うちの主力だった神無月が海外に行ったきり戻ってこないんだ」

「本当か姉さん?」

「ああ。幾ら電話掛けても繋がらない」


 だから見かけないのか。

 

「それは心配だな。俺にとって神奈月は命の恩人だ。もう少しで人生が詰むところだったからな。でも協力してあげたいが海外じゃどうすることもできない」

「やつのことだ。そのうちひょっこり帰ってくるだろうさ」


 それは朗報。

 あの神無月が遠い異国で消息を絶った。

 お世話になったので心配なふりをするが、内心ざまあみろと中指を立てる。

 どうやら俺に風が吹いてきたようだ。


◆◇


 九月十七日


「——如何だったでしょうか? ゲームの感想待ってます」

「じゃあまたね!」

「ぐらすらんど」

「パーカーでした」


 リビングでアップ用の動画撮影を終わる。

 なかなか良い出来だ。

 にっしーの影響下から離れた俺は何もなかったように動画配信を続けた。

 ただ最大の協力者だったニッシーがいなくなった今、結構苦労している。

 

「竜石堂さん手伝ってくれてありがとう」

「なになに、そんなこと気にしなくていいよん長野っち」

「君のサポートあるとスムーズに進むよ」

「いやー照れますな」


 今回は竜石堂さんに動画制作のアシスタントを務めてもらった。

 お互いマスクつけているので身バレする心配はない。


 この中で激ムズシューティングをノーミスクリア。

 ここまでくるのに一週間以上かかった。

 むろんズルは一切していない。


 大体AV斡旋とかいかがわしいことをやっていたのは詐欺師達の仕業なので、俺は一切関係ないスタンスをとる。

 なので当面はそれなりの誠意が必要なのだ。

 この修羅に生きる世界、一回付いた汚名が収まることはない。

 

 俺はPCを操作して編集作業に入ると、動画サイトには読みきれない程の誹謗中傷が書き込まれていた。


 ゲーム配信界隈ではまだ俺のこと許してくれてない。

 俺じゃないことを証明してもまるで聞き耳を持ってくれないだろう。

 しばらく経てば忘れるだろうと軽くみていたが、規模が大きくなる一方だ。

 ただ、ネットで謝ることだけはしたくない。

 悪くもないのに謝罪をしたら完全に負けになる。


 俺にはプロゲーマーになる夢があるんだ。

 一度限りのくだらない失敗のために選手生命を絶つわけにはいかない。


「あのね長野っち。ネットでの仕事はこれで最後にしたいんだけど……」

「理由を聞いても?」

「ごめんね。当分の間演劇に集中したいんだ」

「……なるほど。こちらこそ今までありがとう。機会があればまたお願いします」

「まあ、私の場合、雪之丞が帰ってこないからイマイチ気乗りしないというのもあるんだよね」

「まだ連絡こないんだ?」


 こうした理由から流石堂さんとコンビを解消した。

 彼女は元バスケ選手として知名度高いので、正体がばれると俺みたいな絶賛叩かれているやつを火種にして一気に世界レベルで波及してしまうからやもなし。


◆◇


 九月二十一日


 夜。

 長野家緊急招集。


 恐れていた事態が起こる。

 親父とおふくろの前で乙環姉さんが大学受験をやめパティシエなる為、料理学校へ進むと正式に宣言した。

 俺は事前に聞いていたがただの冗談だろうとまともに取り合ってなかった。


「おじさんおばさん、僕パティシエになりたい」

「唐突だな乙環、大学受験はいいのか?」

「乙環ちゃん。大学を卒業してからでも遅くないと思うわ。もし挫折したら再起出来る選択肢も増えるわよ」

「それじゃあ遅いよ。料理学校で基礎を身につけ海外で修行したい」

「そうか。乙環が挑戦したいのなら我々は止める権利はない」

「でも、海外で修行は待ってくれないかしら? できることならここから通えるところにしてね」

「僕は一流のパティシエになりたいんだ。後先のことはかまってられないよ」


 料理学校に通うこととパティシエになることは認められるも、家から出るのは猛反発を食らい話は平行線となる。

 家を出たい乙環さん、家から出したくない両親。

 この話はいずれまたということになった。


 文句言いたい俺はノックして乙環姉さんの部屋に訪れる。


「姉さんちょっといい?」

「なんだ?」

「話を勝手に決めないでくれ。俺は反対だよ」

「彼方は僕に夢を諦めろと言うのか?」

「そうは言ってない。ただ、一時的な感情で突っ走っているんじゃないか?」

「それは違うよ彼方。ずっと考えていたんだ。僕も勉強より熱中できる物はないかと……。夢を追いかけている彼方なら応援してくれるだろ?」

「……………………」


 俺は言葉を詰まらせる。

 自分の夢をサポートしてもらう為、乙環姉さんには側にいて欲しい。


 俺には姉さんの援助が必要だ。

 なんとか諦めるように説得したが聞く耳を持ってくれない。

 しかも今後、僕は一人でやるから、お前も自立しろと促す。

 事実上、スポンサーの打ち切り宣言。

 

 今後、プロゲーマーになる資金は自分で働いて調達しろとのことだ。

 しかし俺は外で働くことに向いてない。

 出来ないことに時間使うより、出来ることへ全力で取り組むべきだ。

 そのためにもいっぱい金がいる。

 乙環姉さんが頼りだ。

 

 ——その後、文化祭が大成功を納める。

 責任者を務めた後夜祭とキャンプファイヤーをもって、鹿伏兎生徒会長の任期は終わりを告げた。


 火を囲んで生徒達は楽しそうにフォークダンスを踊る。

 そんな姿を眺める乙環姉さんは何処か寂しそうだった。

 

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