67「新・キス九回目、信じていた永遠の絆に亀裂が入る日」(乙環サイド)その一
◆◇
十一月十九日
「ここでトンボはみたことないな。雪之丞はあるか?」
「比較的都会だからいないんだろ? もっと山沿いまで行けば姿が見れるんじゃないか?」
「ザリガニはそこら辺に沢山いるのにな」
「俺だいぶ前に威嚇されたぜ」
などと他愛もない話をしながら、僕らは田んぼの畦道を歩く。
もう稲が刈られた後なので何も残ってない。
渡り鳥達が虫を求めて土を突いているのみ。
今日はシフトに入れてなかったが、放課後は雪之丞と普通に帰っていた。
共に歩くのが慣れたいま、誰かいないと寂しいのかもしれない。
「今日はオフなので頑張ってくれ」
「乙環さんいないとイマイチ張り合いがないぜ」
「前と違って仕事内容では君とご互角だからな」
「はいはい、りんご亭の天使様には敵いませんよ」
それをいうなと雪之丞の背中を叩く。
学園のファンクラブに特定されて、更にここのファン達も糾合。
今じゃ洒落にならない事態になっている。
「なあ雪之丞、僕が隣にいるのに誰とメールしているんだ?」
「すまん、相手は馬頭だ」
いつもの僕だったらこんなこと尋ねないが、なぜか気になった。
そんなに雪之丞との時間が楽しみだったということか?
まさか……。
「仲がいいな」
「昨日も説明したが情報交換してるだけだ。長野との仲直りミッションがあるからな。何でもいいから情報をかき集めてる」
「馬頭のことが好きになったんじゃないか?」
「だからそれはないって。神に誓ってもいい」
僕の問いに雪之丞は慌てて否定する。
友達の色恋沙汰なら応援するべきなのにもしかして嫉妬しているのか?
「信用できないぞ」
「どうすれば信用してくれる?」
「なら僕の手を握ってくれ。それで手打ちだ。寒いからカイロ代わりにする。だから勘違いするなよ」
「まじっすか……」
僕は自分の手を雪之丞へ差し出す。
それを沈黙のあとぶっきらぼうに握ってきた。
相変わらず体温が高い手。
だから安心する。
高い背丈、獅子の如く輝くブロンドヘア、褐色の肌、歴戦の闘犬みたいな鋭い目つき、王者の風格漂う整った顔、絞り込まれた筋肉、そして僕しかわからない優しい瞳。
神無月雪之丞の魅力を理解できる数少ない一人になって誇りに思う。
こんな派手な見た目で陰キャラぼっちなんだから勿体無い。
本当なら学園の奴らにも雪之丞が素敵カッコイイこの真実を知ってほしい。
でも嫌われたままで独占したい気持ちもあった。
だから友達百人計画に関して僕は手伝うとは口へ出さない。
「ありがとう。これで勇気が出たぞ」
「また新しいケーキにチャレンジするのか?」
「いや、今日は最大の問題に決着をつけようと思う」
「決着?」
「彼方のことだ。いつまでもギクシャクしたままにはしておけないからな。誠心誠意訴えればわかってくれるはずだ」
「そうか、頑張れよ」
そうしないといつまで経ったってもお互い先には進めないだろ?
僕は彼方が好き。
その気持ちは変わらない。
でも少しズレを感じることがある。
それは何なのかまだ明確にできないけど、嫌な予感しかしない。
それでもアタックするしか道は残されてないんだ。
彼方がいなかったら今の僕はいないだろう。
だから認めてくれないのならパティシエになる夢を諦めるか、彼方と袂を分かつか選択しなければならない。
でも、彼方は僕にとって大恩人。
村にいた頃たくさん助けてくれたし庇ってくれる。
出来ることなら力になってやりたい。
雪之丞と別れた僕は仲直りに何か作るためスーパーで買い物した。
どうせなら彼方の好きなやつにしよう。
あの村でよく僕と食べた好物。
僕は満足のいく食材を買い電車に揺られて帰宅する。
この時間帯に帰ってくるのも久しぶりだ。
当たり前だがまだ外は明るい。
「ただいま彼方。帰ったぞ」
「乙環さん姉さんバイトはどうしたの?」
「今日は休みだ」
「そうなのか」
「なんだ嬉しくないのか?」
「いや、嬉しいに決まっているじゃないか」
それはよかったと、僕はエプロンを纏う。
最近は神無月の家にあるやつばかり着ているから懐かしい気がする。
「彼方、今日は一緒に食べよう」
「珍しいね」
「たまには姉らしいことしないとな。今作るな」
「楽しみにしているよ」
ステラ先生に教えてもらったレシピの一つを制作。
村の郷土料理を先生流にアレンジしたものだ。
焼き上がったものをテーブルへ置く。
潰したクルミ入り甘味噌と甘じょうゆで焼いたやつを用意。
「ほら大好物の五平餅だぞ。ご飯は綺麗に皆殺しにしてある」
「………ごめん俺これ嫌いなんだよ。あと皆殺しってなに?」
「嘘をつくな。昔ステラ先生が作ってくれたの競って食べたじゃないか。それ以来だから味忘れてしまったのか?」
「……ステラ……誰だよそれ……ごめんごめん、冗談だよ。そうだね、村にいたときよく食べたよ」
「驚かすな」
「…………………………」
彼方と僕はステラ先生の元で一杯遊び一杯学ぶ。
それなのに孫の彼方が忘れることなんてないだろ?
でも、食欲ないのか全く手を付けてない。
折角焼いたのが固くなるぞ。
「彼方最近おかしいぞ。まだ立ち直ってないのか?」
「関係ないだろ」
「馬頭や噂でだいたい内容は把握している。彼方が同じ学年で孤立していること」
「明鐘め、よけいなことを……」
学年カースト一位だった彼方の転落。
全ては自業自得とはいえ、僕も陰ながらフォローしたが効果は芳しくない。
あれだけ慕っていた奴らが手のひらを返したように無視を決め込む。
原因は前の事件で事情聴取されたこと。
そのことを駆けつけたマスコミ連中が、世間を騒がした『ぐらすらんど』の正体が彼方だと生徒達にバラす。
結果彼方のことを誰も相手にしなくなった。
「ゲームの方でも相当叩かれているらしいじゃないか?」
「そうだよ」
「だから最近やってないのか?」
「やる意味ない」
「ふざけるな。お前の熱意はそんなもんだったのか?」
「専門外の姉さんに何がわかるっていうんだ! 一回炎上したら幾ら無実でも奴らは面白がって叩いてくる。配信するたびに謝れとか面の皮が厚いなんて書き込みされてみろ、簡単に真実はネジ曲がるんだ」
彼方は相当追い込まれている。
それはそうだろ、今まで味方だった連中が全て敵に回ったんだ。
ここから形勢逆転の手なんてあるわけがない。
「腕前は確かなんだ。ただゲームの動画やってればいいじゃないか?」
「無駄だ。それよりも乙環姉さんにお願いがある」
「なんだ?」
「実は逆転する方法があるんだ。専門家に頼んで火を消してもらう。でもお金が百万円かかるんだ。だから貸してくれないか? そうすればもう一度返り咲く」
「パティシエになる為に貯蓄するから無理だ」
「俺の夢を応援するって言ったよね?」
「とても勝機があるようにはみえない。それにその専門家だってどこまで信じられるんだ?」
「大丈夫だよ。裏で有名な人だからね。姉さんには迷惑かけないよ」
話にならないと僕は首を横に振る。
また犯罪スレスレなことをしようとしていれば、僕は同意はできない。
今度こそ彼方が終わるとき。
「彼方、僕はそんな汚いことしないで謝罪をして一からやり直せと言っている。いつまで過去の栄光にしがみついているつもりだ?」
「だったら乙環姉さん、今すぐ神無月とりんご亭の縁を切ってくれないか?」
「なぜ?」
言っている意味が理解できない。
「あいつが全ての元凶だからだよ。神無月さえいなければ全て上手く軌道に乗っていた。全て学園のリーダーだった俺に対する妬みからきている嫌がらせ」
「話している内容がおかしいぞ」
「姉さんはヤツにマインドコントロールを受けている! 犯罪の巣窟りんご亭で奴隷のように働かさせられているんだ」
「何を言っているんだ。雪之丞がいなかったらお前は牢屋の中に入っていたかもしれない」
「そんなのもすべて嘘。手のひらで踊らされていたんだ」
駄目だ、こちらの話を全く受け付けてくれない。
都合の悪いことを全部雪之丞のせいにしている。
そしてそれに関係あるりんご亭も敵扱い。
三ヶ月の間でここまで彼方の心を蝕んでいたのか。
僕がもっと側にいればここで酷くはならなかったかもしれない……。
「雪之丞のせいにするな。全てはお前の選択した結果だ」
「うるさいうるさい。俺のやり方に口出しするな!」
「だったら僕がパティシエになることも異議を唱えるな!」
「姉さんは黙って金だけ出していればいいんだ!」
「彼方、それは本気で言ってるのか?」
「姉さんはうちで世話になったんだから、恩を返すのは当然のことだろ。それなのに神無月とかりんご亭とか関係ないやつにシッポ振るなんておかしいだろ?」
「彼方!」
「村にいた頃から散々世話してやったんだぞ。俺以外は誰も信じるな」
……………………。
何を語りかけても無駄だと判断した僕は何も告げず制服のまま家から飛び出した。
彼方は本心から言ってるんだろうか?
それとも追い詰められておかしくなっているのか?
でもあんな彼方は見たことない。
まるで別人だ。
当分彼方の元には戻りたくない……。
僕はどうすればいいんだろうか?
思い悩んでいた僕は気がついたら、『かすが東口駅前表通り』まで出て来た。
雪之丞がいる街。
「雪之丞……」
『どうかしたのか?』
無性に声を聞きたくなって僕は雪之丞へ電話をかけた。
もちろんビデオ通話。
何を話していいかわからないけれど雪之丞の声を耳に入れたら不思議と心が落ち着く。
本当にこいつは女たらしの才能がある。
「君の声が聞きたくなったと言えば喜ぶかい?」
『からかうな。それで長野の件はどうなった?』
「ダメだった。どうすればいいかもう分からない」
『夢を諦めるのか?』
「諦めたくない。でも彼方を裏切りたくない」
『いや、乙環さんは裏切るべきだ』
そんなことしたら彼方が駄目になる。
「無理だ」
『乙環さんはあの家を出て一人暮らししろ。側にいるから長野が頼ってしまうんだ」
「あいつは僕がいないと何もできない。だから目を離したらあのざまだ」
『おかしいだろ? 乙環さんが一人でやろうとしているのに、あいつは周りを巻き込んで自分だけ楽している。ここは心を鬼にするべきだ』
「でもアパートを借りるお金がないぞ」
『だったらマスターに頼んでアパートを借りてもらえばいい』
「幾ら師匠でもそんな迷惑かけられない」
『大丈夫、マスターならやってくれる。今はとにかく長野から離れろ。これ以上一緒にいてもいいことは起きないぜ』
僕は考え抜いて分かったと答えた。
やはり雪之丞は頼りになる。
話しているうちに僕はいつの間にか冷静さを取り戻していた。
今日のキスは画面越しにキスをする。
感謝の意味も込めて唇同士だ。
大事な友達ならこういうキスもありだろう。
新・取り引き九回目。
「でも、どうしようか? この契約は彼方を仲を取り持つ為に始めたもの。もうここまでこじれたらやる意味がない。かなちゃんが正気に戻ると信じていたんだが……」
『そうだな。ここまでか』
「でも、僕には君の力が必要だ。だからそのまま契約は続行で頼む」
『乙環さんがそれでいいのなら構わんよ。もうずっとやっているから感覚が麻痺しているぜ』
「さすが僕の相棒、大好きだよ雪之丞。もちろん親友として」
『俺も大好きだぜ。親友としてな』
僕も何で雪之丞とのまじわりを継続したのかわからない。
しかし今更離れ離れは絶対に嫌だ。
本能もしくは心の深層が絶対に逃がすなと告げている。
取り敢えずは今日は雪之丞の家に泊まることにした。
お泊りセットあいつのところに置いておいて正解だったな。




