66「新・キス八回目、料理勝負とステラ先生の思い出のドーナツ」そのニ
◆◇
バイトは終わり、今日は乙環さんと一緒に帰宅途中。
夜の駅前通りを珈琲飲みながら歩き仕事談義に花開く。
この時間だと十一月でも冷え込むからカイロは役に立った。
なので制服だけだと乙環さんも寒いからコートを着ている。
足は黒タイツをはいているがそれでも少し寒そう。
その証拠に顔が赤らんでるな。
しかしそれをおくびにも出さない乙環さん。
昔弓道部だったのは伊達じゃないぜ。
「雪之丞とこうして夜の街を一緒に歩くのが当たり前になってきたな」
「一人で帰すわけには行かないだろ?」
「感謝しているよ」
「誠意が足りん」
最近は俺の家に深夜までいりびだっているから、帰るときはバイクで送り届けていた。
「ところでお前って好きな奴はいるのか?」
「——ぶっはぁぁぁ——! や、藪から棒にどうしたんだよ?」
唐突すぎて珈琲を吹き出す俺。
汚いと乙環さんも流石にドン引き状態。
折角帰り際淹れてきたのに台無し。
乙環さんから借りたハンカチで顔を拭く。
「いや、もしいるんだったら僕も応援したいなと……」
「何故?」
「これだけ散々お世話になって何もしないというわけにはいかないだろ?」
「生憎だが恋人どころか意中の相手もいない」
そうかそうかとどこか乙環さんは嬉しそうだな。
まあ当然か。
恋人いるやつに上から目線で応援されたら気分が悪いもんな。
「はははっ、相変わらず見た目と中身のギャップが凄いな」
「大体俺に惚れるやつなんていないだろ?」
「君が気づかないだけでそんな奇特な女の子がいるかもしれない」
「まさか?」
女はイケメンが好きなんだぜ。
しかも隣で歩ってても振り向くほどの。
俺なんて威嚇してもいないのに通行人が逃げていくからな。
「うるはなんてどうだ?」
「無理無理。幾ら幼馴染みでも俺なんて眼中にないね。あいつ元々彼氏がいたんだ。それを無理矢理別れさせたんだ。恨んでいるだろうさ」
「でもそいつはダメなやつだったんだろう?」
「最低最悪なクズ男だった」
お竜の前で思いきり殴り倒す。
「……それなら馬頭は?」
「ありえない。やつだけはありえない」
「いいやつだと思うけど、顔も可愛いし」
「心が受け付けない。どんなに美少女でもあいつだけはだめだ」
「そんなにいやか」
「ツッコミが忙しくて気が休まらん」
すごく嬉しそう。
大丈夫、乙環さんの大事な後輩で幼馴染みを部外者がとったりしねえよ。
それよりカイロを握っているポケットに手を突っ込んでくるのやめてほしいのだが……。
乙環さんはそのまま手を握ってくる。
この方がお互い暖かいだろと笑いはにかんだ。
このまま俺達は、新作へトライしたい乙環さんにお願いされ食材を求めスーパー。
朝飯用にと出来合いの半額弁当へ手を伸ばそうとしてる俺へ乙環さんは待ったかけた。
「こら、食べられれば何でも良いということはないんだぞ。もっと体のことも考えないと病気になる」
「働いた後だとな、どうしてもコッテリしたものが欲しくなるんだ」
「気持ちはよくわかる。しかしスーパーやコンビニの弁当は揚げ物ばかりで体に良くない。第一大量生産だぞ。そんなにいい油を使ってないんだ。面倒くさいかもしれないが作る方が一番金がかからないし、カロリー摂取量をコントロール出来る」
「最もすぎる意見に言葉も出ません」
半額弁当を諦めた俺は簡単な湯豆腐と納豆に切り替える。
「なんなら僕が常備菜作っとこうか?」
「いやいや、そこまで迷惑をかけられないよ」
「それは残念だ。それをとっかかりに雪之丞の大好物を聞き出そうと画策していたのだが……」
「そんなことしなくても普通に聞いてこい」
だべりながらも正確にグラニュー糖と小麦粉をカゴへ入れる乙環さん。
味にアクセントつけるレモングラスとかのハーブ系も忘れない。
「ではなんだ?」
「色々あるがおかずで一番好きなのは焼き鳥とおでんだな」
「おでんはわかるが、焼き鳥あれはおかずなのか? どちらかというと酒のつまみじゃないか」
「それは馬鹿だぞ、人生半分損している。焼き鳥のタレをご飯にかけて食べたらべらぼうに美味いんだぜ」
「そうなのか。知らなかった……」
「その上に口から外したネギと肉をのせる、香ばしい匂いが食欲をそそるのさ」
俺達はそのままマンションへ帰宅。
うちのにゃん太郎がお出迎えしてくれるけど、何故か飼い主ではなく乙環さんに飛びついた。
このエロねこめ。
「それにしても三ヶ月以上毎日通っていると、まるでここが自宅だと錯覚しそうだ」
「乙環さんの私物がだいぶ増えたもんな。そのうちベッドまで占領されないか不安になってきた」
「それは君しだいかな」
「え?」
「雪之丞がもっと柔軟に対応してくれれば僕は好きな時に入れて楽なんだが……。いちいち断りをいれるのは億劫だ。だから常備品が自然と増える」
「いやいや、風呂入ってるときとかあるじゃないか?」
「それは僕には得でしかないぞ」
「勘弁してくれ」
俺は部屋着に着替えるとポニーテールにした乙環さんが呼ぶ。
特筆するとソファーに座っている乙環さんが膝をポンポン叩き、「ここだここ」とにっこり導く。
逆らうわけにもいかないで思惑に乗った。
「——で、なんで俺はポニーテール美人に膝枕してもらってるんだ?」
「この前やってほしいと約束したろ?」
「約束はしてない」
「つべこべ言うな。お、なかなかでかい耳クソ発見」
「ああ、言うな恥ずかしい! まさか乙環さんに膝枕しながら耳かきされる日が来ると思わなかった……」
「僕もだ」
「そうだろ?」
乙環さんの膝は柔らかかった。
いつも嗅いでいる柑橘系の匂いに包まれながら、頭預け身を任せる。
長野にやっていたから手慣れたもんだ。
なんだろうか、そう考えると彼女ではないのにどことなく嫉妬心が湧いてくる。
俺にも独占欲ってあったんだな。
確か村にいたとき名前を忘れたが、あいつにも実験台としてやられたことがあったな。
下手くそに痛かったわ。
落石事故のあと親友になったけど……あれ? また記憶が途切れる。
何なんだ一体。
「でも、こんな優しい女の子にやってもらって嬉しいだろ」
「いやそれよりも恥ずかしい気持ちの方が高い。早く終わってくれと思ってるよ」
「何をたわけたこと言っている。時間をかけるに決まってるだろ。ほら、君の気が紛らわうことしてあげよう」
「あ!」
俺の耳を何度もカプカプする。
はう!
それ反則。
乙環さんは身悶えている俺を面白がりながら、耳たぶ・耳の裏・耳の周りを甘噛みしまくった。
新・取り引き八回目。
「雪之丞、さっきの続きなんだが、僕は君にお礼がしたい」
「はぁはぁ、現在進行系でしてもらっているだろ? これで俺は満足だ」
「これじゃ全然足りないよ」
「そう言ってもねえ」
乙環さんは常人より義理堅いから沢山お返ししようとする傾向がある。
悪いことじゃないけど、そういうところが変なヤツに付け込まれるんだ。
「なら雪之丞の一番好きなおやつはなんだ?」
「おやつか……ならあれだな」
「もったいぶるな」
「なあ、そういうお前のおやつは? やっぱタルトか」
「いや違う。確かに師匠のタルトは世界一だが、僕が世界で一番好きなおやつではない」
「なら勝負しないか?」
「ほう、いいだろう」
「でも俺のが一番うまいと思うぜ。なんせ最強の味だからな」
「それはどうかな。僕のもすごいと思うけど。多分君のじゃ勝てないよ」
「ほほう。言うじゃないか。じゃあ勝負しようぜ」
「今度は自分の中で最強と思うおやつで勝負だ」
「いいだろう。受けて立つ」
今日はガチの真剣勝負なので、乙環さんにキッチンを貸してあげ、俺は卓上クッキングヒーターを片手に別の部屋で調理する。
「おまたせだ」
「何を作ったんだ?」
「まだだ、同時に披露しよう。それともギブアップするか?」
「絶対に勝つ自信があるので心配はいらない。なんせ俺の基本でありリーサルウェポンだからな」
それは楽しみだと乙環さんは不敵に笑う。
俺達は同時にテーブルへ置いた。
そこにあったのは砂糖をまぶした揚げたてのドーナツ。
しかも瓜ふたつ。
「おいおい、君もドーナツか」
「同じだったな」
俺が大好きで良く作るドーナツ。
しかしどこにでもあるわけじゃないから、味に差が出てくるはず。
俺達はお互いのを食べ合う。
そのまま暫しの間、言葉を失った。
何故なら全く味が同じだったから。
「雪之丞、なんでお前がそのドーナツを作れるんだ?」
「昔教わったやつさ」
俺は出し渋ることはせず乙環さんへ材料と作業工程を教える。
「同じ工程、同じ味……」
「まあ、田舎の味だからどこにでもあるんじゃね?」
「そんなことがあるのか? これはドーナツの通常材料と工程じゃないんだぞ」
「俺はこれしか作ったことがないから比較できない」
意外な結果で驚いた。
まさか乙環さんも同じものを作ってくると思わなかったからだ。
そんなことってあるもんなのなんだろうか。
「分量も作り方もこの食感とか匂いとか何もかも僕と一緒……」
「乙環さん誰から教わったんだ?」
「お世話になったステラ先生だ。君は?」
「ガキの頃、ねだって俺のババ様から習った」
正確にはもう一人いたがな。
名前は思い出せないけど、どこでどうしているんやら?
成長していたらかなりの美男子になっているはず。
案外近くにいたりしてな。
そんなわけないか。




