65「新・キス八回目、料理勝負とステラ先生の思い出のドーナツ」その一
◆◇
——また、夢か……。
セピア色に色あせたような追憶の情景。
なりふり構わず走っている俺は突風で散乱している枝を押しつぶす。
ここは四方の山々に囲まれた山村。
そして大地の恵みが豊富な楽園だ。
都会と違い、山間の田舎は気候によって肌で感じるものが大きく姿を変える。
夏。
もっとも山が荒々しい季節。
地面へ打ち付ける雨。
容赦なく音を立てる風。
強風に煽られ踊る木々。
猛り狂う川。
あれだけ優しかった自然が俺へ襲いかかってきた。
そんな嵐の中、あいつを探しに思い当たるところを探す。
いつもはご飯時期には戻るネコみたいな同居人。
それが今回は暗くなっても一向に帰ってこない。
俺の事が憎いほど嫌っているのはわかっている。
でも、だからといって放っておくわけにもいかない。
大切にしているババ様が悲しむからだ。
そんなうちのババ様は村人達に捜索協力を要請する。
しかし当時、俺やあいつは相変わらずよそ者扱いされた。
外面だけいい連中のことをとても信じらないから、ババ様の制止を聞かず俺は飛び出す。
懸命にあいつの名前を叫ぶ俺。
風の猛威でかき消されても腹の底からの声で呼びかける。
そして岩の上で倒れていた——を発見した。
場所はいつも俺へ奇襲かける河川敷。
一足遅かったらこいつも川の猛威に飲み込まれるところだった。
『——! だいじょうぶか?』
『貴様の世話にはならん!』
『そんなのはいい! とにかくここをはなれるぞ』
『触るな野蛮人、この人殺し!』
『そうかよ。もんくはあとでたくさんきいてやる』
『僕は絶対にお前を許さないぞ! 僕のじいちゃんばあちゃんを返せ!』
こいつは足を怪我してる。
しかもこの土砂降りのなかだ、持久力をだいぶ削られていた。
とても自力での帰還は不可能。
俺がおぶって帰るしかない。
『貴様に助けられるぐらいならここで死んでやる」
『ばかやろう!』
俺は殴った。
ありったけの力を込めて。
『ぐっはぁ!』
『——はおれのこときらいだろうが、おれは——のことがだいすきだ。おまえしんだらおれもしぬからな!』
『なんだそれは……僕はお前を殺そうとしているん—ーあ⁉』
大声に反応したのか、台風で脆くなっている大きめな石が落ちてくる、『——⁉ あぶない!』俺は慌ててこいつを庇う。
降ってくる石が俺の全身に降りかかる。
俺は襲い来る激痛と衝撃に堪えきった。
『—ー!ーー!』
『へいきだ。それよりかえるぜ』
などと虚勢を張り、俺は血を流しながらも立ち上がる。
本当はめちゃめちゃ痛い。
背中が焼けるようだ。
それでも俺は血だらけのままこいつを背負い集落まで降りる。
そこでそのまま気を失った。
診療所まで運ばれ医者でもあるババ様の手により手術。
なんとか一命を取り留める。
その数日後、めちゃめちゃババ様から説教を食らう。
もう少しで可愛い孫が二人も失うところだったと。
それとちょっとした変化が訪れた。
俺と——をよそ者扱いしていた村のガキどもから認められて、ぼっちではなくなる。
そして俺を殺そうとしていた——は俺のことを認めてくれた。
それどころか遊ぶときも寝るときも、俺にべったりくっついて離れなくなる。
『——ちゃん! 君は僕だけのヒーローだね』
——息苦しくて目が覚めた俺は、また証拠にもなく顔面へ張り付いているにゃん太郎を引き剥がすと、背中の古傷がズキズキ傷んだ。
◆◇
十一月十八日
——雨降りのりんご亭、今日はお客さんが少なく暇だ。
夢見が悪かったからなのか現実でも雨が降る。
ここで流す音楽はジャズがメイン。
ジュークボックスの出番ないときは有線放送を流すが何処かイマイチだ。
たまにマスターがレコードかけるときはレア度高い一品なので仕事半分で聴き入る。
だから張り合いないので、カウンターでコーヒーカップを磨きながらガラス窓に張り付いた雨粒を数えていた。
そんなカウンターには一人のお客さん。
無表情のおかっぱ女子が珈琲を啜る。
本を読みながら付箋をペタペタつけていた。
「馬頭、何故お前がここにいるんだ?」
「何故とは?」
髪の色は雰囲気的に栗色にもみえる。
「現生徒会長のお前が下校に制服で来ていいのかよ?」
「私がルールブックなのでかまいません」
「前生徒会長がいるのに剛毅だな」
「猫をかぶるのでお構い無く。あ、勿論珈琲を飲みにきました。私も女の子です。オトワちゃんを悪堕ちさせた依存性が高いストロングな一級品スイーツが味わえるのなら幾らでも足を運びます」
あのままだと色々厄介だから無理矢理同盟を組んだが長野とも繋がりがあるこいつにあまり心を許さないほうがいい。
さりとて乙環さんと長野の情報は欲しいところ。
難しいさじ加減だな。
「だからって本音ダダ漏れだぞ。お下品だから俺の前でも猫かぶれよ」
「オトワちゃんを推す同志にそんな必要はないですよ。あ、この神無月君が入れたとてもいやらしい珈琲も侮れませんね。焦らすだけ焦らしてエクスタシーを味わえる濃厚な一杯を表現している」
「はぁ、こいつのツッコミに困るぜ」
「褒めないでください」
褒めてねえ。
相変わらず天然むっつりだ。
どう対応していいかわからんぞ。
パティシエになる夢ができた以降関係悪化が著しい二人をなんとか元サヤにもどしたい。
そのキーになっているのが、かなちゃんと呼ばれていた頃の長野。
乙環さんいわく男らしくてヒーローだったらしい。
いまの日和見主義のあいつとは月とスッポンだな。
そんなとき仕込みが終わり厨房から出てきた乙環さんは、馬頭よかったら僕の手作りなんだけど食べてくれないかとスイーツをカウンターに出す。
「お、昨日試作したチーズタルトか」
「家宝にします」
「腐るから今食べろ!」
「はい」
雪之丞、随分馬頭と仲がいいな……と耳元で囁く乙環さん。
目が笑ってない……。
「仲良くはない」
「趣味が一緒の同志です」
「ああ、馬頭は珈琲が大好きだからな。確かに雪之丞と趣味が一緒だ」
もちろん珈琲のことを指しているんだよな?
しかし無表情の馬頭からその情報は伝わらなかった。
そのまま乙環さんはまた厨房へ入る。
しかし、LINEの通知で、
『いつの間に人見知りの激しい馬頭を懐柔したんだ? 弓道部のときは世話が大変だったんだぞ。この女ったらし』
『たらしじゃねえよ』
『ふんだ!』
『長野の情報聞けないかなと探っているだけだ』
それに対してパンダがベーとしているスタンプが送られてきた。
聞く耳持たずだな。
そんなに可愛い後輩を独占して不満なのか?
乙環さんはマスターからケーキ作りのレクチャー受けているから仕方ないじゃないか。
「なあ馬頭、長野と乙環さんの最初はどんな感じか知っているか?」
「はい。彼方君のところにオトワちゃんが来たのは小学の高学年の頃です」
「その頃の乙環さんどんな感じだったんだ?」
「超イケメン……いえ可愛い女の子でした」
「興味がある、その頃の写真みたい」
「一杯ありますよ……………すみません。ありません」
うん?
厨房の窓から乙環さんの圧が感じたような……気のせいか。
乙環さんはせかせかとまた試作品をこの小さな生徒会長へと運ぶ。
まるで口止め料とでも言わんばかりの量だった。
そんなとき冷蔵庫へ当たった乙環さん。
衝撃で上に積まれているものが落下。
俺は慌てて庇う。
あれ?
昔もこんなことがあったような……。
無事を知らせると、安心からか乙環さんの目から一筋の涙が流れた。
何でもないと告げると仕事に戻る。
「乙環さんどうした?」
「うーん、昔もこんなことあったような」
「昔?」
「はい。長野家に来たときもこんな情緒不安定でした。村に帰るときかなかったらしいです。でも暫く立った頃、今のオトワちゃんになったんです」
「環境に慣れたということか?」
「その頃から彼方君をかなちゃんと呼び、本当の兄弟のようになってました」
なるほどね。
でもあれ?
長野もその村に住んでなかったけ?
俺は乙環さんと長野情報がもっと欲しいので馬頭へLINE交換を要請した。




