64「新・キス七回目 体を許しても心だけは許すものかアゲイン」
◆◇
十一月十七日
「まじかよ…………」
今日もりんご亭で頑張ろうと気合い入れた放課後、何も変わり映えしない通常通りの玄関前。
そんな俺の下駄箱で時間が止まる。
手にはオシャレな群青色の封筒。
場所間違ってないか入念に確認すると宛先は控えめに、『神無月雪之丞君へ』と明記されていた。
差出人の名前は残念ながら記載されてない。
学校・下駄箱・手紙、シチュエーション的に鑑みて、ラブレターの可能性が濃厚。
果し状と不幸の手紙は多々あるが、こんな心を込めた丁寧な手紙を貰ったことはない。
その証拠にゆっくり封を開けると、金箔で星が散りばめた横書きの可愛い便箋で期待が膨らむ。
極めつけは香水を吹きかけてある気の使いよう。
早く中身を確認したい俺は、周りに人がいないことを入念に確認。
この快挙を乙環さん達に自慢したい気持ちもあるが、取り敢えずは自分だけで味わいたい。
バランスがとれた綺麗な字で、
『神無月君、いつもかっこいい貴方のことを目で追いかけてました。好きです。大好きです。お返事を聞かせてください。今日の夜、カラオケショップで待ってます♡』
おおお、これが恋文のパワーか……。
人生初のラブレター……感無量。
いやいや、浮かれるな、冷静になれ。
乙環さんを長野にくっつける使命があるじゃないか?
なのに自分の色恋沙汰にうつつを抜かしている場合ではない。
硬派を名乗る男として恥をしれ。
それに俺の場合、これだけ学園で嫌われているんだ、いじめや嫌がらせという可能性もなきにしもあらず。
しかし本当だったら書いた女が悲しむのも事実。
だったらちゃんと合って断るのも誠意というもの。
お互いのことを知らないのに、付き合うなんてありえないからな。
なので別にかわい子ちゃんかどうか確認したいわけじゃない。
ここ重要。
「——かわい子ちゃんがなんだって雪之丞?」
「乙環さん⁉」
「僕のこと待っていてくれたの?」
「そそうだよ!」
俺が咄嗟的に後ろへ隠した手紙に反応。
乙環さんは何度も見ようとトライするもなんとか回避する。
別に隠すほどのことじゃないが、何故か乙環さんには見せたくなかった。
「何をキョドっているんだ?」
「いやあ、ははは」
後ろから声をかけられたせいか、なんとか誤魔化すつもりもクールに切り返せない。
いつも同じタイミングだったのでいないからもう先に行ったと思いこんでいたけど、どうやら今日は俺のほうが下駄箱に来るの早かったらしい。
「変なやつだな。あ、今日も仕事の後、また家に寄らせてもらうからな」
「それは構わないが、俺は用事があるから帰宅は遅くなるかもしれない」
「分かった。だったらにゃん太郎にご飯あげておく」
「ありがとう。それは助かる」
「——で、何かあったのか?」
「何か?」
「顔が変だ。キモい」
「え? うそ」
ポーカーフェイスに努めていた筈が顔へ出ていた。
——こうしていつも通り乙環さんとりんご亭で激務をこなしたあと。
夜の繁華街にある建物。
カラオケボックスの前に立つ。
しかも思い出したのだが、ここ以前乙環さんの時にも来たな……。
なんか胸騒ぎするが指定された場所への呼び出しに応じ足を踏み入れるのだった。
微妙に歌が漏れる店内、その一室の扉を開けると見事的中する。
「神無月君、来てくれてありがとう」
「どういたしましてと言えばいいのか馬頭?」
そこには私服姿の馬頭新生徒会長がいた。
歌っていたがやめて隣に座れと促す。
これではっきりしたことがある。
俺は騙された。
学園から追い出そうとしているこいつが俺のこと好きなわけねえだろ。
「まず最初に、わざわざラブレターで来てもらったけど貴方のことは別段好きじゃないです」
「呼び出すための口実だろ?」
「騙したことに関しては謝ります。しかしこうでもしなかったらオトワちゃんへ内密にしないと踏んでました」
無表情で台本読むように淡々と語る馬頭。
可愛い顔して相当頭キレるなこいつ。
しかも悪い噂がある俺に対して一切物怖じしない。
「それと昨日貸してくれた傘、ありがとうございます。おかげさまで風邪ひかないですみました」
「おう。それはよかった」
俺の傘を馬頭から返してもらう。
しかしその綺麗な手は俺の手を離さない。
「それでここからが本題」
「なんだよ」
「どうか、おとわちゃんを開放してください。その為なら私はどうなっても構わない」
「またそれか?」
また馬頭は俺に頭を下げる。
訂正、やっぱ頭悪い。
「手付けとして今日は思う存分私の身体を好きにしていいですよ」
「ふざけんな」
「覚えといてください。オトワちゃんと彼方君の幸せの為に身を捧げるのなら悪魔でもケモノでも構わない。しかし体を許しても心だけは許さないですよ……」
「人の話を聞け!」
デジャヴュ再び。
思い込みが激しい馬頭はシャツを脱ぐ。
白川桜華学園の生徒会長は代々カラオケボックスで服を脱ぐしきたりでもあるのか?
「オトワちゃんと違って小さいから見劣りするだろうけど、なんとか頑張るから」
「何を頑張るんだ?」
「挟むの」
「無茶だろ——とにかく服を着けろや!」
慌てて俺は制服の上着を着させる。
無垢な顔して結構むっつりだなこの生徒会長は……。
「私を拒絶する気なの? 据え膳ですよ。分かっていたけどそんなに魅了ないですかね?」
「女の子がバカなことするな」
「貴方に薬で洗脳されてるオトワちゃんを早く元に戻さないと、彼方君がどんどん駄目になる」
「長野?」
というか洗脳って、誰が言っているんだよ。
こいつ結構ハードなエロ本読んでねえ?
あまりにも稚拙すぎて笑ってしまうところだった。
「前までお似合いの兄弟だったのにどんどんおかしくなってきてます。私が遊びへ行く度に彼方君は気が沈んでいました。あれだけゲームが上手かったのに最近ランキングも下がってましたよ」
「その原因が俺にあると?」
馬頭は長野と友達だから、身勝手な支離滅裂な話を色々と聞いているんだろうな。
しかもこの様子だととことん自分に都合がいいようアレンジしている。
「貴方が全てをおかしくした元凶でしょ? オトワちゃんと彼方君の為だったらいくらでもオモチャにしてもいいですよ」
「自分を大切にしろ。でも話はわかった。だからマジックペンはしまっておけ」
「正正正と書くなら太ももがおすすめです。写真に撮ったらばえる」
「俺は変態じゃねえ」
長野はダチ巻き込んでいるって自覚あるのか?
しかし乙環さんを思う気持ちは自分を犠牲にするほど本物。
ならばこちらも腹を割って話すべきだな。
「おかしい。折角インスタ映えする完落ちダブルピースの練習もしてきたのに……」
「これだけ乙環さんのこと慕っているのなら、馬頭に話さなきゃいけないことがある」
「まさかもうオトワちゃんに子供が……」
「見当違いも甚だしい! 俺は乙環さんに長野と恋人になりたいと相談受けてるんだ」
話すつもりはなかったが、二人と親しい馬頭なら何か新しいアプローチが見つかるはず。
「まさか?」
「本当の話だ。疑うんだったら流星とお竜に聞け。あいつらも関わっている」
「上杉君と竜石堂さん……」
「乙環さんは長野が大好きなんだ。兄弟というより異性として。恋人になりたいと本気で思っている。だから俺はそのアドバイザーなんだよ」
今は少し拗れているがそれは色々と環境が変化した為。
そこら辺は時間が解決してくれると信じてる。
長野は元々良いやつと乙環さんは喜々として話してくれた。
だから乙環さんに相応しいか考えたが、かなちゃんと呼んでいた子供ころはずっと見守ってくれたヒーローだったらしいなら、まだ立ち直る機会があるはず。
「にわかには信じられませんが、確かにそういうことならオトワちゃんが神無月君を友達と呼ぶのもわかる気がします」
「とにかくこの件は一旦保留してくれ。俺も乙環さんには幸せになってほしいんだ」
乙環さんは友達いないと言っていたけど、こんなに心配してくるれる存在、友達以外のなんだっていうんだ?
「いいでしょう。貴方はまったく信用できませんが、オトワちゃん、上杉君、竜石堂が関わっているのであれば一考する価値ありです」
「馬頭は乙環さんの友達なんだな?」
「いや友達ではないですよ。中等部は弓道部の先輩でしたけど、そんなに親しく話したことないです。なんというか、オトワちゃんは私の憧れであり推し。私の女神♡」
「ん?」
俺に鹿伏兎乙環ファンクラブの名刺をくれた。
なんか乙環さんの素晴らしさを長々と聞かされてしまう。
うわー俺、危険人物に余計なこと話してないか?
でも、それなら……。
「——オトワちゃんから貰った消しゴムに毎日キスするのが日課」
「なあ馬頭、俺の相談に乗ってくれないか?」
「私がですか?」
「とても頼れる人間が欲しい。幸いこころざしは一緒だし二人に一番親しい人間だ。協力してくれると助かる」
「こんなこと私に話してもいいのですか? 裏切るかもしれませんよ」
「しないね。乙環さんと長野が大切なのはよくわかったからな。それに俺達は推しの同志だろ? だから俺の仲間になってくれ」
——と、俺は紅葉狩りの時、乙環さんを写した写真を馬頭に贈呈すると提示。
「……………………傘を貸してきた恩もあるから、一度だけ貴方の口車にのってあげます」
「助かる」
「あと貴方とオトワちゃんは別に男と女の関係じゃないのですよね?」
「何もないよ」
夜も遅いから駅まで送ると馬頭は無表情のまま去っていく。
マンションに帰ってきたら乙環さんがダイニングテーブルで寝ていた。
その膝にはにゃん太郎が占領している。
俺のこと持っていてくれたんだな。
帰ればいいものを。
「遅かったな雪之丞」
「時間かかった」
目を見開くと何処か不満そう。
「そうか」
「何で帰らなかったんだ?」
「お前と一緒にご飯が食べたくてな。迷惑か?」
「とても嬉しいけど長野家で心配してないか?」
「散々自分のときは僕のことを放って好きなことしておいて、逆の立場になったら何でも反対、僕の行動を縛り付けるなんてありえないだろ?」
「相当こじれているな」
今日の取引の分が残ってると乙環さんは俺に抱きついてくる。
新・取り引き七回目。
うん?
今日はなにもしてこない。
「雪之丞、今日はこのままいたいんだ。駄目か?」
「ジョギングして来たから汗臭いぜ?」
「構わない。僕はこの匂いが大好きなんだ。なんかわからないけど、懐かしい気持ちにしてくれる」
「ご存分に堪能してくださいお姫様」
乙環さんの長い髪にキスして暫く抱き合った。
そのあと、二人で食卓を囲む。
「頼む雪之丞。彼方と仲直りしたい。力貸してくれるか?」
「オフコース。その為に俺は動いている」
「それよりなんだか香水の匂いしていたぞ。しかもどこかで嗅いだことがある」
「気のせいだろ」
しまった馬頭のだ……。
「まあ君がどこで何をしようが僕には関係ないことなんだけど……なんかムカつく」
「イタタっ! 手をつねるな!」
今日のラブレターについて内緒にしているから心が痛む。
口止めされてないが馬頭が身体を張って乙環さんを助けようとしたことは、ひと騒動起きる気がする。
なら黙ってるのが得策だ。
なんか変人ぽいし……。




