60「新・キス五回目、もみじ舞う中、神無月から雪之丞へ」その一
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十一月十五日
朝と言うにはまだ早い早朝。
目が覚めると五時前だった。
もちろん外は明るくない。
今日はバイトのシフトが入ってないので寝て過ごそうかと計画立てるも、リビングから聴こえる軽快な鼻歌と打楽器のような調理器具の音色で目が冴えてしまう。
彼女や家族のいない身に普通だったら幽霊か泥棒を疑ってしまうけど、犯人は分かっているので驚かない。
そう、俺が合鍵を渡しスイーツ制作の作業場として使っている人物。
乙環さん。
その理由は多分、やる気マックスの乙環さんが早朝から試作品を制作しているからだろう。
扉を開けると砂糖とバニラエッセンスが襲うように漂ってくる。
りんご亭の厨房より密度の高い糖分でむせそうだ。
「おはよう神無月。すまないな、起こしてしまったか?」
「おはよう。うーん、別にいいよ。それより朝起きたら乙環さんがいるこの状況にまだなれねえな……」
とポリポリ頭をかく俺。
寝ぼけていたとはいえだらしない格好だったので、乙環さんに見られて恥ずかしいわ。
「なら慣れろ。みろ、にゃん太郎なんか僕を客として迎え入れてくれたぞ」
「こいつは女にくそ弱い」
ナンパ野郎もといにゃん太郎は、作業している乙環さんの足にニャンとまとわりつく。
せっせとかまってオーラを放出中。
「どっかの誰かさんもこのぐらい気遣い屋さんだったら、女の子にモテモテだったろうなあ……」
「お嬢様、お疲れでしょう。休憩がてらに珈琲でも如何ですか?」
サーバーにドリッパーをセット。
さらにフィルターを乗せてブレンドした俺の特製豆を入れる。
そこに熱湯を加減しながら対話するように注ぐ。
淹れた珈琲を乙環さんへと渡す。
そんな俺に素敵な一言。
「女の子モテモテ度僅かに上昇」
「ちぇ、少しかよ」
「言われてから動くのは愚の骨頂なり」
「以後精進します」
うむ、よろしいと乙環さんは、テーブルの上で麺棒を使い生地を懸命にこねてる。
「パイかマフィンか?」
「違う」
「降参。俺の場合はだいたいざっくりだから、工程みてもピントこない」
「あきれた。スコーンだよ。ボールへ入れた薄力粉に砂糖とバターを投入後、ミルク注いでダマができないようしっかり混ぜる。あとはこうしてこねこね。膨らむグルテンを引き出してるんだ」
グラムを計り教科書通り基本に忠実な乙環さんと違い、俺の場合は目分量でやってるからレシピ通りには作ってない。
だから味にバラつきがあるのかもしれないな。
乙環さんはマスターが師匠と呼ばしているだけあって相当腕前がいい。
いや、才能あるかどうかは別としてもガッツあるから気に入られているんだろうなぁ。
ちょっと乙環さんに嫉妬。
その間にもうちの大型オーブンからクッキーやミルクレープやスコーンを次々焼き上げた。
「うーんいい感じだ」
「真剣そのものだな」
「僕の子供達なんだぞ。そんなのは当たり前」
「すまん、余計なこといいました」
耐熱用ミトンを両手にはめながらオーブンの窓より観察。
もうここまでいくと、お菓子づくりというより陶芸家だ。
「一つ疑問なんだが、そんなに作って大丈夫なのか?」
「作らなかったら上手くならないだろ」
「そういう意味じゃない。俺も珈琲の研究は欠かせないからな」
「それならどういう意味?」
「これどうするんだ。捨てるのか?」
俺は朝飯代わりに焼きたてのスコーンへかじりつく。
甘さは控えめでクッキーのような歯ごたえがあり美味い。
「馬鹿者、処理するわけないだろ。全部美味しく戴いている」
「でもあんまり食べると太るぞ。砂糖バシバシ使用しているんだろ?」
「それは大丈夫だ。僕は毎日の運動を欠かせないからね。摂取したカロリー以上消費する。それに貰ってくれるバイト仲間達のお陰で今のところは困ってない」
「じゃあ、乙環さんの子供なら俺の子供も同然(家主として)、ちゃんと責任取らないとな」
「……い、言い方⁉」
「うん?」
「なんでもない!」
「?」
とは言っても今のままでは限界がくる。
マスターも売り物にならない分は子供連れのお客さんにサービスでプレゼントしているし、孤児院へ定期的に寄付もしていた。
もちろん俺や乙環さんにそんなツテがあるわけないから手詰まり感がある。
「もっと作りたいから、児童養護施設とかにあげる事ができればいいけど、衛生の面があるからそうもいかないか……」
「子供か……ならば提案。お竜に寄付するのはどうだろうか?」
「竜石堂?」
「ああ」
冷蔵庫からゼラチンで固めたフルーツの容器を取り出す。
綺麗だがいま果物高いからコスパ悪そうだな。
「あいつそんなに大食漢なのか? 確かに元運動選手だから大食いのイメージがある」
「まあ、確かに食べるけど、お竜の家には育ち盛りの弟と妹がいるから、あげるととても喜ぶぞ」
あいつに向かい大食いと口が滑ったらキレるのでNGワードだったりする。
王子様系美少女のイメージが崩れるんだとさ。
「それはいいアイディア だ。子供が喜ぶんだったらそれに越したことはない。それにもっと竜石堂とは仲良くしたいしな」
「お竜に今聞いておく」
「分かった。それだったら子供達は何が好きかも聞いといてくれ。できるだけリクエストに答えるからと」
「了解」
まだ朝早いけど長年の習慣でジョギングやっているからラインを送る。
『ハロー雪之丞。どうしたのさ。今結構いいペースで走っていたからムカついているんですが?』
『そんな貴女に朗報。竜石堂家にケーキを寄付してくれるあしながおじさんが現れました』
『本当?』
『元会長にお竜の事情話したから是非にもらってほしいってさ。研究でどんどん制作しているけど捨てるのはもったいないからな』
『なるほど。もちろんOKだよん。後でお礼言っておくね」
『ああ』
話が終わりじゃあなと打ち込むと、
『ねえねえ雪之丞、今日、ひまひま?』
『どうした?』
『ねえ、日曜日だし紅葉狩りにいかないか?』
『紅葉か……。まあ俺はバイトの予定は入れてないからいけるけど。なぜ?』
『北斗達と最近遊んでないから何処かに行こうと思ってさ』
『俺は引率か?』
『まあまあ』
『冗談だ』
竜石堂家はシングルマザーの美星さんを頂点に長女のお竜、
次女の麗日、三女の秋桜、長男の北斗で構成された五人家族だ。
美星さんには昔お世話になっていたから今でも頭が上がらない。
『どうせだったら上杉君と鹿伏兎元生徒会長も誘わない?』
『いいのか?』
『お世話になりっぱなしだし、あの二人も私の友達だからね』
『そか』
なら俺が伝えておくとラインを終える。
「どうだった?」
「喜んでいた。後でお礼するってさ」
「そうか!」
「ところで乙環さん今日暇か?」
気を利かせて出した白菜漬けが美味しかったのか、みるみると減っていった。
こんな甘い空間に長時間いたらしょっぱいものが食べたくなるもの。
「新作アイデアのインスピレーションが欲しくて街でも散策しようと計画中。しかしどうして急にそんなことを聞くんだ?」
「お竜と紅葉狩りに行くことになった。お前が来れなくて残念だ」
「いかないなんて一言も言ってないが?」
「無理しなくていいぞ」
「絶対行く!」
「でもお菓子作りの方が大変だろ?」
「絶対行く!」
「分かった分かった」
なんか鬼気迫るものがある。
そんなに紅葉狩りに行きたかったのか……。
ここで仲間外れにしなくて正解だった。
「なら一つお願いがある。彼方も誘っていいだろうか?」
「一応理由を聞こう」
「最近生活がすれちすれ違っているから、たまには共に過ごす時間を作りたい」
「こっちに全力投球しているから長野と会話ができてないということか……」
——それからグループチャットで乙環さんとお竜と流星で色々と相談。
その結果メンバーは、お竜とその兄弟達と乙環さんと長野と俺で紅葉狩り行くことになった。
交通手段は電車。
流星は辞退する。
何でも会合に親の代わりで出席しなきゃいけないようだ。
あいつが望んでいた美少女達と遊びにいけないなんて、何かに取り憑かれているんじゃないのか?




