59「新・キス四回目 乙環さんの寝顔と味勝負」そのニ
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今日は土曜日だったので午前授業だった。
俺と乙環さんは別段待ち合わせしているわけでもないが、今日も下校を共にする。
世間話しながら黄金色のイチョウのが続く並木道を歩き、そのままりんご亭に入った。
そんな土曜日の午後。
土日祝日はランチメニューはないがお客さんはいつも以上に来る。
テーブル拭いていると学園の後輩達が俺をチラチラみていた。
ここに来る奴らはお竜達の説明であらかた納得しているから、俺を先入観もって判断することはない。
それでも中高一貫校の弊害、時間掛けて悪い噂が刷り込まれているから、どうしてもこの距離は縮まらないのが現状。
だから俺が嫌がらせにニコっと微笑んでも、きゃー! と悲鳴をあげられる。
どうすればラノベラブコメ主人公達と同じで、ただ目つきが悪いだけの陰キャラぼっちだと認知してくれるのだ?
「ちょっと神無月、ネクタイが曲がっている」
「乙環さんすまない」
「君はだらしないところがあるから気をつけろよ」
「ありがとう」
「まったくもー! あ、一緒に食べたご飯粒ついているぞ」
「ってか食べるな乙環さん!」
それに比べて仕事の相棒にして今や最大のライバルへ進化した鹿伏兎乙環だけは、俺をこんなふうに対等に扱ってくれた。
なので女子に神無月は怖くないよと目で訴えているのもありがたい。
しかもそんなにギロリと……。
——というか、ネクタイ締めすぎで苦しいのですが……。
暫くするとケーキを注文した持ち帰りのお客さんが帰る。
それを乙環さんはなんどもお辞儀して送り出した。
「〜〜♪」
「どうした。乙環さん嬉しそうだな」
「わかるか♪ 僕が考案したケーキがまた売れたんだ」
「良かったな」
嬉しいのか、俺にブイサインをする。
乙環さんのケーキは大好評のようだ。
あけびのショートケーキ。
ジャムにしたあけびと全体を紫に色付けされたのが特長。
生地もマーブル模様で食欲をそそる。
残念なのはあけびは希少なので秋の期間限定商品であることだ。
「ああ。制作するの難しかったからな。こうやってお客さんが喜んでくれるのは非常に嬉しい」
「わかるわ。俺も自分が淹れた一杯をお客さんに褒められると飛び上がるほど嬉しいぜ」
マスターはお客のためなら一切妥協のしない男。
なのでスイーツの新作アイデアをスタッフからも随時受け付ける。
アイデアもしくは試作を作ってマスターが気に入れば、それをもとに材料を吟味して生産へと持っていってくれた。
乙環さんはこれで採用されたのは四度目。
これで大きくリードされてしまう。
「神無月はアイデア出したことないのか?」
「あるさ。散々提案した。ちなみに俺のアイデアが通ったことは一度もない」
「どうしてだ?」
「それがわからない。スズメバチ入りはちみつ漬けゼリーなんて画期的だと思うのだが? 毒はアミノ酸に変わって健康にいいんだぜ」
「ああ……それだ」
「挙げ句の果て、お前にはスイーツ生み出す才能はないと烙印を押されてしまった……」
スズメバチは成虫も幼虫も海外や田舎でさんざん食べたから俺にとっては食料でしかないんだが……。
「ちょっと待て神無月、これじゃ僕が珈琲淹れるの下手くそなこと馬鹿にする権利ないじゃないか」
「ごめんなさい」
「冗談だよ。半分はね」
「半分か……。だからさ、あのスイーツの鬼が認めたことが驚愕なんだよ。スタッフは結構提案しているんだぜ。だって全国区のりんご亭で商品化すればそれだけ箔が付くから。上手くやれば三星レストランにスカウトさせる可能性もある」
「そうか。そんなに凄いことなんだな」
「今更ながら実感しましたかな。未来の三星パティシエ候補様」
だからマスターが気にいるほど乙環さんには抜群のセンスがあるということだ。
「そんなに褒めるなよ。照れる。大体、神無月のキッチンがなかったら実現しなかったものばかりなんだ」
「そうか。俺が留守中にうちで散々練習していたもんな。つまり今の乙環さんがあるのは俺のお陰様だ」
なんか知らないけど俺が得意げになる。
「むー! そんなこという神無月なんて大嫌いだ」
「ごめんなさい。機嫌直してください」
乙環さんはいーだと歯を見せる。
何? この可愛い生き物。
「あ、神無月、師匠が休憩に入っていいってさ。折角だから休憩室で一緒に休もう」
「了解ですバイトリーダー様。俺特製の珈琲を飲みますか? またブレンドの配合を変えてみたんだ」
「うむ。くるしゅうない」
「承知」
俺達は休憩室に移る。
そうはいってもロッカールームと兼用なので大きさ的には大したことはない。
パイプ椅子とテーブルがあるだけ。
いいところはマスターが売り物にならないスイーツを常備してくれていることだ。
なのでいつも女性スタッフは大喜びしている。
「神無月、僕の試作試してみてよ」
「俺でいいのか?」
「師匠に提案するその水準に達しているか確かめたいんだ」
「長野は? あいつならズバッといいそうな気がするが……」
「ああ……彼方だと全部うまいっていうから参考にならないな」
「弟あるあるか」
「だから忌憚無き意見を聞かせてくれ」
クーラーボックスから色とりどりのスイーツが姿を現す。
…………待ってくれ。
「さあどうぞ!」
「じゃねえよ、種類が多すぎるわ。こんなに食ったら動けなくなる」
「そうか。だめか……」
「そんながっかりした顔でしゅんとしても駄目だからな。胃がもたねえ」
——十分後、結局全部食べてしまった。
食べ過ぎて気持ち悪い……。
「乙環さん」
「うん? どうしたの? お代わりかな?」
「もういらねえ!」
「じゃあなんだよ? わかった料理対決第二弾だね」
「興味あるけど違う。ずっと気になっていたんだけどさ」
「本当にどうしたんだ?」
「あそこに張ってある写真なんだ?」
休憩室に貼られている一枚の集合写真。
スタッフ達が仮装した姿で写っている。
「ああ、これはこの前のハロウィンだ」
「去年はやってないぞ」
「師匠が試しにやったんだ。実施している喫茶も多いからと。発案は僕」
「そうか。前から他のスタッフからもイベント増やしたらと提案はあったけど、そんなこと硬派のすることじゃないとやらなかったんだ。というか、なんでお竜まで仮想しているんだ?」
「希望のお客さんにも衣装を貸している」
「流石マスターだぜ、顧客満足度の為なら妥協しない漢」
そういえば乙環さんがサプライズで、行方不明だった俺のことでテンパってたお竜を慰める為にパーティーを企画したって言っていたな。
このことだったのか……。
「素直にあの頑固者を動かした乙環さんすげーはないのかね、君は?」
「写真は?」
「上杉も竜石堂もりんご亭を救ってくれた救世主だからな。最大限におもてなしした」
「納得しかない」
乙環さんが吸血鬼でお竜がバニーガールで流星が狼男。
マスターが後ろで猫耳つけ不動明王の如く構えていた。
「神無月もやりたかったか?」
「いやいや、俺はいい」
「ほら、魔法使いの帽子かぶれ」
「よせって」
魔法使いのマントと杖も持たせられる。
「写真撮るぞ。なんかボーズつけろ」
「まっまって乙環さん!」
待ったなしで画像を撮影した乙環さんは、容赦なくそのまま上杉と竜石堂に送ると送信。
——暫くするとダサいとか中二病とか顔キメ過ぎとか誹謗中傷が俺のラインに返信が……。
乙環さんに文句言おうとしたら、「…………すうすう……」俺の珈琲飲み干しうつ伏せで寝てしまっていた。
「まさかまた乙環さんの寝顔を拝めるとは……可愛いな」
赤みが帯びたプルプルできめ細やかな肌、静かな寝息、柔らかそうな唇。
「…………………………」
「乙環さんごめん。めちゃ可愛すぎて我慢できない」
俺は思わず乙環さんの頬にそっとキスをしてしまう。
何度も、何度も。
新・取り引き四回目。
同意じゃないから後で怒られそうだったが、何故か衝動でしてしまう。
でもどうしたんだろうか、乙環さんの顔が紅いような……気のせいか。




