58「新・キス四回目 乙環さんの寝顔と味勝負」その一
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——よく見る夢の光景。
ここは山々に囲まれた小さな集落。
甲信越圏内にあるアクセスが難しい陸の孤島。
その外れにはお屋敷があった。
庭園と田畑を管理しながら風変わりな異国の老婆が悠々自適に暮らす。
身内で骨肉の争いをする世情に嫌気がさし、ここで好きな研究に没頭。
博識があることから仲裁、相談、東洋医学、獣医までこなし、村人達からは先生と呼ばれ慕われていた。
そこは木造二階建て。
俺が田舎の日本家屋を好きになった理由が、昔住んでいたババ様の屋敷が快適だったからだ。
ふすまを全オープンすれば、夏はうちわと風鈴があれば大抵しのげる。
『たわけもの、こんなこともわからないのかい?』
『ごめんばばあ』
『雪、あんたがここで暮らす以上は、ルールをしっかり身につけてもらうからね。まったくあいつらは金儲けばかりかまけて自分の子には何も教えない。無理矢理引き離して正解のようだね』
ババ様は俺のことを雪と呼ぶ。
記憶のババ様は老いていても背筋を伸ばし高潔で美しい人だった。
しつけがとても厳しいけど、そのおかげで今恥ずかしくなく暮らしている。
ババ様の愛は大きすぎて、それに気付かない当時の俺からしてみれば口うるさいクソばばあである。
『雪、あの子は? 家にいないのかい?』
『サア?』
思いっきりゲンコツが頭に炸裂。
『さあ、じゃないだろ⁉ 目を離すなとあれほど言っているじゃないか』
『なぜか、あいつおれをめのかたきにしている』
『子供同士の事だ、一緒に暮らしているんだから仲良くなると踏んだんだけどね』
『あいしょうがわるいんだ』
『それでもあの子を守ってやるんだ。それが日本男児ってもんだ』
『わかってるばばあ』
この頃、ババ様がスパルタで日本語を教えてくれたのでだいぶ喋れるようになる。
箸も普通に使いこなす。
ただ、五右衛門風呂だけは苦手だったが……。
『しかしまあ、雪がここへ来てからあの子は変わったね』
『うん?』
『来た当初は生きる気力もなかったからね。栄養失調になるから無理矢理食べさせたもんだよ』
『いまではがつがつたべる。なんどおれのからあげとられたか……』
そんなババ様の家には俺の他にもう一人同居人がいた。
俺と歳が近い男の子。
名前は思い出せないがやけに好戦的でババ様の前では猫を被っているが、二人きりになると殺意満々に喧嘩を仕掛けてくる。
でも、なんども俺を殺そうとしている事はババ様には伝えてない。
もしなにかトラウマを抱えているのなら俺がそのはけ口になればいい。
だから弱りきったあいつに、俺をやりたかったら一杯食べて体力つけろと助言。
そのおかげで野山を駆けめぐる野生児になる。
ここしか居場所がないから、俺があいつの支えになろうとガキながら思っていた。
十一月十四日
「——また懐かしい夢をみた……」
内容は詳しく思い出せないけど、なんか重要なこと忘れている気がする。
ベッドから上体を起こすとき、マットを支えにしようと置いた手からむにゅっと柔らかい感触を得る。
「うううん……そこはまだ駄目にゃん」
「……………………?」
なんかいま、変なうめき声が聴こえような……。
改めてもみもみと確認。
にゃん太郎がベッドに潜り込んできたのかと、そ~と横目で確認すると……、
「かなちゃん……たまには僕がお医者様役やりたい、ムニャムニャ」
「#=*#@%&!!!」
え?
理解が追いつかない。
何故? どうして?
何故か俺のベットで乙環さんが隣で寝ていた。
一緒にいる時はいつもクールな顔してるのに、普段みせないとても幸せそうな笑顔を浮かべ寝息をたててる。
しかも制服姿で……。
「……ううん、ふぁああ……」
「お、おはよう乙環さん……」
「かなちゃん?」
「神無月だ」
まだ寝ぼけているのか?
ぼーっとしながら目をこする。
「かんなずき?」
「そうだよ乙環さん」
「——神無月?」
「目が覚めたか?」
「…………………………へ? ……………………ええ? ちょっと! なんで君が僕のベッドで一緒に寝ているんだ? もしかしてこれが夜這い⁉」
「ちがう! いいから落ち着け、誤解するなよ。ここは俺の家だからな。俺は乙環さんを襲ってない」
その言葉に乙環さんは家具とか間取りがまるで違うことに気づいたようだ。
………………あー、やってしまった……と頭を抱える。
「どうして乙環さんが俺の家にいるんだ?」
「どうしてって、君が僕と朝食を食べ比べしたいといったんだぞ? 朝勝手に入っていいからと」
「そうだっけ?」
昨日の俺、なんてこと口走ってくれたんだ。
元々はお竜が言ったセリフ、俺と乙環さんのどちらが美味いのか?
和食を作るものとして純粋にそのフレーズが頭に残っていたのだ。
だから昨日の帰り際、乙環さんに持ちかけた。
同じ和食が大好きな同士、どちらのおかずがうまいか食べ比べてみようと。
俺の気持ちがわかる乙環さんは、この企画に二つ返事で了承した。
「それにしても、まさか僕が神無月と同じベッドで寝息を立てると思わなかった。あーあ、制服のまま寝たからシワがついた」
「霧吹きやってドライヤーかければいい」
ならその間、服を貸してくれというから俺愛用のパーカーを貸す。
俺が後ろを向いているあいだに手早く着替えた。
「なんか僕は君のパーカーに縁があるな」
「ほんとにな。というか臭いかぐなよ。これは洗濯しているやつだぜ」
俺がそう言うと何故か残念そうだった。
そんなに俺の汗臭いトレーナーを馬鹿にしたかったのか?
「大体、お前が悪いんだからな。あんなに気持ち良さそうに寝てていたから」
「だからついつい添い寝してしてしまったと?」
「うるさい」
「でも寝顔がなんか可愛いな」
「やめろ。とても恥ずかしい。彼方にも見せたことないんだからな!」
「乙環さんの寝顔を独占できるんだから俺は幸せもんだ」
「〜〜〜〜!」
「ごめんごめん、分かったから叩かないでくれ」
赤面している乙環さんは俺の肩をポカポカ叩く。
「まさか同じベッドで寝る日が来るとは思わなかったぞ。まあ 僕らはすごく仲のいい友達なんだから別に構わないが、神無月は少し警戒心なさすぎじゃないか?」
「こんな可愛い暗殺者なら大歓迎だ」
「可愛いいうな!」
「あはははっ」
——こんなやりとりの後、真面目に朝食を作る。
乙環さんが来るの早かったので、時間には結構余裕があった。
「じゃあ食べようか」
「乙環さんいただきます」
「神無月いただきます」
「彼方以外とこんなところに朝食を食べるのはサマフェス以来だな」
「普段一人で食べているから共に食べる相手がいるのは嬉しいぜ」
今日は第一回目ということで、それぞれは得意としてるおかずを作る。
俺は子持ちかれいの煮付けで乙環さんは肉じゃが。
「どうだろうか、時間がなかったからすき焼きのタレでやってみたんだ」
「うまい。でも、本当に良かったのか?」
乙環さんの光るご飯が食欲をそそる。
米の研ぎ方レクチャーしてもらったけど、本当にひと粒も無駄にしないのは脱帽だ。
なんとなくうちのババ様を思い出す。
「……おお、かれいの味付けが渋いな。匂い消しに生姜がも入っている。何が?」
「長野と飯食べるの日課だったんだろ?」
「いつまでも子供じゃないんだから大丈夫だろう。神無月、こっちも食べて。昨日長芋が安かったからさく切りにしたんだ。ワサビじょうゆにつけて食べてくれ」
「これも美味い! 長野、心配してないか?」
「そのためにスマホがある。第一、うるさい人間がいないからせいせいしているだろう」
「そんなもんかね」
お互いなかなか渋いとこをついてきた。
しかもうまい。
結果、今日のところはドローとなる。
「それにしても朝からトラブルだったな」
「今日はすまんな。俺が配慮足りなかった」
「あれは勝手に寝室で寝た僕が悪い。それに神無月は男の中で一番信用できる僕の最高の友。なのであの添い寝は信頼の証ととってくれ」
「そうかよ」
笑顔でそう言われたらさすがに照れた。




