57「新・キス三回目、雪之丞りんご亭に帰還」
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十一月十三日
新・取り引き三日目。
駅を出ると大きめなロータリーが広がっている。
ここは『かすが東口駅前表通り』。
大きなビル群が一キロに渡り続くメインストリート。
かつては二大百貨店を中心に栄えていたが、変わりゆく時代をうまく渡ることできず閉店。
頂点を失った街は食物連鎖的に衰退していく。
買い物客が減り、駅の利用客の減少を招いた結果、商店街も他の街同様に砂漠の如くシャッター街が広がってきていた。
そんな中、大型外食チェーン店ひしめく表通りでラーメン屋並みに頑張っている個人喫茶店が、『腐ったりんご亭』。
・漢気全開のネーミングセンス。
・昔のアメリカンバリバリのジャズ&クラシック空間。
・女性を虜にするマスターの極上スイーツ。
・そしてマスターが究極の一杯を求めて世界へ武者修行した果てにたどり着いたアルティメットな珈琲。
宣伝なんてナンパなこと一切せず、口コミだけで全国区へと伸し上がった硬派なお店。
もちろん取材・テレビお断り。
ただ、ただ、マスターが願うのはお客様の大切な時間を後悔させないように、一杯の珈琲とスイーツを提供して有意義に過ごしてもらうこと。
だからWi-Fiとコンセントも完備だ。
相変わらず、向かいの大型珈琲チェーン店相手に一歩も引かず、それなりにお客さんが入っている。
しかも午後はマスター限定スイーツ、『アフタヌーンティーセット』を求め、買い物帰りの主婦やOLで賑わう。
スキンヘッドにサングラスとおっかねぇ顔が作り出すりんごのタルトやりんごパイが爆発的にはけた。
そんな喫茶店の夕刻。
バイト復活戦二回目。
昨日はスタッフの顔見せと新しいメニューの確認で終わったので、事実上は今日からスタート。
放課後、俺と乙環さんは競争するようにバイト先へ直行した。
だから時間帯的に歴戦の女豪傑達が跋扈するアフタヌーンティー戦争へぶつかる。
「いらっしゃいませ、何名様ですか?」
「…………………………」
「もう、後藤さんお世辞なうまいですね。僕なんてまだまだですよ」
「…………………………」
久々に戦場を戦い抜くと、ここへ帰ってきたと実感が湧く。
けど、夏休みと違い授業が終わってからなので結構しんどい。
「お客様困ります。当店ではチップを受け取ること禁止になってますので申し訳ありません」
「…………………………」
それを何とか切り抜けると力が抜けていた。
なんで女は甘いものに対する探究心が半端じゃないのかね?
もうあれは獣というより蟻だぞ。
そんな中を俺は困惑していた。
無論、乙環さんのこと。
この三ヶ月の間でメキメキと頭角を現した乙環さん。
今やバイトリーダーとして大活躍。
活躍を目の当たりにして漸くめちゃスキルアップしていると実感する。
そのおかげで俺のやることが珈琲を淹れる以外要らなくなった。
なんせ、俺が動く前に全部片付けてしまうんだもん。
さすがにいじけちゃうよ。
元々家事全般をこなしていたんだ。
この上、学園の優等生で元生徒会長、頭の回転早く、カリスマ性もある。
だから一通りマスターしたら俺のやることがなくなるのは必然的な顛末だ。
なので気分としては定年間近の窓際おじさんさ。
もしかして俺っていらない人?
「神無月」
「……………………」
「神無月!」
「なんだ?」
「さっきからぼーとしてどうしたんだ? 手がおろそかだぞ」
「あ、すまない……失敗した」
しまった、うっかり珈琲を蒸らす時間がズレた。
俺としたことが何をやっている?
「どうした? なにかいつもの神無月と違うな」
「まだ調子が戻ってないんだ」
「こういうのはお客さんから見たらやる気ないように受け止められてしまうんだぞ。十分気をつけろよ?」
「悪いな。注意する」
馬鹿な俺は頬を叩き気合い注入。
そんなミスった俺の側で乙環さんは珈琲豆やフィルターなどの在庫チェックしたり、気になる点をメモとったり、テキパキ作業をこなしていた。
「確かに復帰したばかりで、サマフェスのときみたく縦横無尽に動けは無理な話か」
「あれはほんと意識が飛んだな」
「大丈夫。僕もだ」
「散々だが結果的にはいい思い出だった。けどもう経験したくはない」
そうだなと笑いながら頷く乙環さん。
今日も黒髪は束ねてない。
「僕をまじまじ見つめてどうしたんだ?」
「なあ乙環さん、最近仕事でポニーテールしてないのか?」
「ああ。ここでは別にいいかなと……」
「そうか」
あの颯爽とたなびく一房が拝みたかったのだが仕方ない。
「君は本当にポニーテールが好きなんだな」
「違う。乙環さんのポニーテールが好きなんだ」
「そ、そうか」
「あの煌めく黒髪を収束させた逸品はもう芸術の域と語っても過言ではないだろう」
「もういい! 恥ずかしいから説明するな!」
「そうか」
そんな会話を聞いた、俺の知らないなまいきなヤンキー系の後輩が乙環さんに声をかけてくる。
俺とも仲良く話そうよとか、このあとカラオケいかないとか。
明らかに場違いなバイトだな。
なのでちょっと注意したら絡まれる。
一度辞めたんだから一からやり直しがけじめだとか、先輩ズラするなとか、でかい図体でウロウロするなとか。
なんで大して苦労してないやつ程口達者なのかね?
その証拠に遅刻と偽り、混んでいた時間を見事に回避してきた。
思いっきり乙環さん狙いなのがまるわかりだ。
でも俺達は仲間だ。
争いはいけない。
おいおい俺を誰だと思っている? あのハゲの技術を受け継いだ後継者だぜ、こら。
乙環ちゃんも俺を支持するってさと手を回し胸を掴んだ。
プツン。
俺は静かにキレた。
そいつも珈琲担当だったので、上から目線で色々とウザかったからマスター直伝のリンゴブレンドで物理的に黙らした。
ここまでの腕前てめえにあるのか?
もし珈琲の味が落ちたとあのマスターの耳に入ったらボロ雑巾にされるからなと、耳元で優しく優しく囁く。
俺がここに至るまでどれだけ血を流したかの説明付きで。
ちょっと脅したら逃げるように帰ってしまった。
お陰様でやりやすくなったからいいか。
「はぁ……」
「乙環さん何かいいたそうだな?」
「べーつに。神無月、後輩イビリはやめろよみっともないと言ってほしかったか?」
「やってないぜ。ただ、助長している馬鹿へ世間の厳しさを物理的に示しただけだ」
ヤンキーバイトが投げ捨てていったエプロンを拾い、乙環さんは玄関に塩を撒く。
「うちのガンだったからいいけど。でも、穏便にしてほしかったかな」
「乙環さんをあんな扱いしたんだ。許すわけないだろ」
「ありがとう神無月」
「それよりあいつ、りんご亭のアイドルに手を出す意味をわかってないな。客から殺されるからな」
それだけ乙環さんが支持されている。
「まさか、ははは……」
「しかしなんであんな勤務態度が悪いやつ雇っていたんだ?」
「君の後釜だよ。実務で珈琲淹れた経験あるし、人不足だから多少の素行不良と職務怠慢も目をつぶっていたんだ」
「俺でさえ仕事中はイヤリングは外すのに、舌にピアス、あれは駄目だろ?」
それに毛の色青はない。
俺の金髪はババ様譲りの地毛だからな。
「だよね。正直僕も毎日デートに誘われてうんざりしていた」
「大体、よくあのマスターが承知したな?」
「うん。パートのおばさんの紹介だったからさ」
「海の件もあるからあ断れないか」
あのときわざわざ救援に駆けつけてくれたからな。
ちなみにパートタイマーのおばさん達はホールスタッフではない。
厨房でマスターのサポートをこなしたり掃除のスタッフだったりする。
「まあ、俺に絡むなんて十年早い。悔しかったら珈琲の腕前で俺に勝ってからいえ」
「実力差見せつけられて凹んだんじゃないか?」
「熱意が違うんだよ」
「神無月の部屋には珈琲関連の器具が一杯あるからな。あの異常な情熱は変態の域だ」
変態上等。
マスターに認められたくて、そのために毎日研究を重ねてきたんだ。
俺の研鑽はそのためだけにある。
「神無月にはまた助けてもらったな」
「まて。今は駄目」
「なぜ?」
「お客さんがまだ結構いる」
ならと、乙環さんは俺を引っ張りしゃがむ。
カウンターの中だから客の視界には入らない。
「これはドキドキだな」
「早くすまそう」
ここは本当にまずい。
乙環さんはまたハグをしてくる。
そのままウナジへぎゅっと暫く唇を押し当てた。
しかし、すみませんお会計お願いしますと近くで言われたときは心臓が飛び出るかと思った。




