53「……そして三ヶ月後、帰国したら乙環さんはリンゴ亭のアイドルだった」
第二部『元生徒会長は月日と共に愛が重い通い妻化してメチャ可愛い編』
十一月十一日
「ここに来るのも久しぶりだな。はぁ……俺としたことが緊張する」
俺は我が心の故郷、腐ったリンゴ亭の前に立っていた。
帰国後このまま直行したから時差で眠い。
勝手知ったるなんとやらの場所で、何故に俺が立ち往生しているのか?
それでなくてもここは駅前商店街、人通りが多い公共の場。
なので好奇の目を向ける通行人達から受ける視線が痛い。
事の発端は八月七日、突如オヤジから掛かってきた一本の電話。
夏後半、身勝手な家族の命令で強制的に海外へ連行。
その理由はとても大事な人の墓参り。
しかし場所がオーロラ煌めく世界のド辺境なので時間はとてもかかる。
お陰様で道の駅スタンプなみに彩り鮮やかな出入国証印をたくさん押したパスポートが出来上がった。
俺もここまで時間がかかると予想してなかったから、出国する前に流星達へ軽く挨拶しただけ。
その間三ヶ月ぐらい、電波の関係で音信不通となる。
『ちょっと雪之丞、歯を食いしばれや』
『うわあああああああああああああああああん! 雪之丞が生きていたあぁぁぁぁぁ!』
空港ターミナルまで迎えに来てくれた流星からめちゃ笑顔で殴られ、お竜はロビーなのも構わず号泣した。
事情は説明したけど、ごめんとしか謝罪する言葉が見つからない。
流星とお竜は、暫くして消息を絶った俺が心配で色々と調べていたらしい。
衛星通信使って連絡したかったが、日本をすっぽり覆うほど広大な高原と大森林をひたすら走り、スマホで位置確認に使っていたらバッテリーが切れる。
帰国後、乙環さんにも連絡したけど電話は着信拒否、ラインには膨大なメッセージのあとブロックされていた……。
だから何時間も決断できずここらへんで彷徨いている。
あの真面目な乙環さんのこと、人間として当然の義務を怠った俺に三行半を叩きつけたとみていい。
いや、案外俺のことなんて綺麗さっぱり忘れてるかもしれない……。
しかしどうしようか?
もしマスターに、もう敷居はまたがせないなんて絶縁宣言されたら俺は生きていけない……。
なんせ長期無断欠勤だからな。
とにかく師弟関係解消される前に土下座して許しを請おう。
俺はバレないようにちわーと音量を小に絞って入店するも、カランカランと軽快なドアベルの音が台無し。
大好きすぎて夢にまでみた店内へ入ると、何も変化してないお洒落なピアノ主体のジャズがジュークボックスより広がっていく。
古き良きアメリカを彷彿させるノスタルジックな木調空間の店内。
奥には小さなステージがあり中央にグランドピアノ、壁には磨かれたサックスが飾られていた。
カウンター席へ座ると懐かしい珈琲の酸味と苦味が混じった香りに涙をさそう。
「いらっしゃいませ! お客様一名ですか?」
「その……ただいま乙環さん。会いたかった」
水を手にウエイトレス服がすっかり様になった乙環さんが来る。
今日はポニーテールじゃなくて髪をおろしていた。
メイド喫茶ではないけれど、メイド服を彷彿させる可愛らしい制服デザインは乙環さんの魅力を最大限に活かす。
動きやすいように密着度の高い制服なので、強調が激しいボディーライン。
特に乳袋がエグイ。
学園のブレザーと違い、乙環さんの巨乳が全開放なので野郎どもは弾むたびにざわついている。
「……………………」
「連絡とれなくてすまなかった」
「……………………」
「乙環さん?」
「……………………」
「おーい」
「……………………」
「俺だよ」
「……………………」
俺は殴られる覚悟をしていたが、完全に動きが停止するとは予測できなかった。
お客様、店内のナンパは禁止です、店の迷惑になるのでお帰りくださいと知らない店員が俺を追っ払おうとしている。
新入りのバイトを入れたのか……。
どうやらいきなりナンパ野郎に認定される。
いつものことながら辛いな。
奥で俺が鍛えた後輩のギャルは面白がってニタニタしている。
新人君にこの人は僕が応対するから大丈夫と通常義務へ戻らせた。
良かった、ちゃんと先輩できてるな。
「いらっしゃいませ。お一人さまですか?」
「お久しぶり乙環さん」
「ご注文はお決まりですか?」
「マスターへの謝罪とリンゴブレンドで。これを飲みたくて異国の地でもなんとか頑張ってこれたんだ」
「リンゴブレンド乙環スペシャルですね?」
「普通のマスターが淹れたブレンドで」
「申し訳ございません。本日店主は不在で僕が担当をしております」
「いやいや、普通にマスターいるよね?」
奥の厨房からスキンヘッドがキランと光った。
「ちっ! リンゴブレンド乙環スペシャル入りました!」
「乙環さーん!」
店内に戦慄が走る。
魔王に挑む勇者が現れたとか、今度こそ死者が出るとか。
「馴れ馴れしいですね。定期連絡を寄越さない赤の他人なんですよ。名前で呼ばれる筋合いはないです♡」
「すみません、鹿伏兎生徒会長」
流星の話だと俺が留守の間、必死に食らいついてリンゴ亭で主力に成長していた。
いまではリンゴ亭を盛り上げるアイドルにしてホールの支配者として君臨。
大袈裟だと思っていたけど、さすが生徒会長、人のコントロールの仕方が上手い。
「迷惑客はお帰りください。顔をもう見たくありません」
「ごめん。友達は解消しよう」
「………………………………」
「俺達の付き合いはたったの一ヶ月ぐらいだ。すぐにわすれる」
「たわけ! 四六時中共にいたのに君を忘れられるものか!」
「乙環さんストップ。変な誤解生む言い方しないでくれ。お客さんに注目されている」
ヒートアップする乙環さん。
俺が全面的に悪いからまともに反論もできない。
「事実だろ神無月」
「もしかして超怒ってますか?」
「いきなり説明もなく長期に渡り無断欠勤され、ニコニコご機嫌でいられるのかな? どれだけ君を心配したとおもっているんだ。竜石堂に毎日泣かれるから大変だったんだからな!」
「おっしゃるとおりです」
反論できません。
なんとかお土産で誤魔化そうとするも受け付けず。
中々和解案が見つからない。
「まあ僕も鬼じゃない。この乙環スペシャルを飲み干せ。それで手打ちにしてやる」
「え?」
「友達解消しないだけでありがたいと思え」
「俺に死ねと?」
乙環さんが淹れたリンゴ亭ブレンド、明らかに色が違うのでやな汗がでてきた。
「神無月に認められたくて、あれから素人なりに研鑽を積んだんだぞ。今度こそ美味いと認めさせる。珈琲好きの沽券に関わるからな」
「これは飲み物ですか?」
「英会話教室みたいな言い方するな」
「紫色の珈琲とはオシャレだな……。なんかブクブク変な泡出ているけど?」
これは素人というレベルではないだろ?
乙環さんのファンである学園生達もこれにはひいていた。
世の中には好きでも絶対に越えられない壁が存在することを認識するべきだ。
「………………………………」
「いただきます」
リンゴブレンド乙環スペシャル。
相変わらずまずい。
いや、焦るあまりテクニックを間違った方向で習得、更に磨きがかかった不味さへと昇華している……。
「どうだ?」
「不味い!」
「なんで? お客さんは最高と褒めてくれるぞ!」
「それは同情の声だ。というか毒物客に出すな」
口に含むと広がってくる日が経った生魚のような気持ち悪さ、珈琲の酸味が腐った酸味に化けて、フルーティーな風味も濃いコクも感じない。
ドブを飲んでる気分だ。
お竜がトラウマになるのもわかる。
どうして美味い豆使用してこうもまずくできるんだ?
でも乙環さんがせっかく淹れてくれたやつだ。
最後まで飲み干す。
まじできつい……。
「神無月、やっぱり美味かったのではないか。素直じゃないな」
「え? いやいやいや!」
「また実験——いや僕の心を込めた一杯をご馳走するよ」
「はい……」
それは思いっきり勘違いだぜ。
しかし、あんなもん飲んだ今の俺に反論する力は残されてない。
でもまあ、乙環さんの機嫌直ったからイーブンだな。
「師匠に次ぐリンゴ珈琲の使い手が戻ってきてくれた。これで一気にお客さんの不満が解消だな」
「師匠?」
「マスターのことだ。僕は弟子入りした。君に相談したろ?」
「そうか…………………え? まて、ならその兄弟子たる俺にこんな扱いはひどくないか?」
「親しい友に連絡いっさい取らなかったんだ。文句言われる筋合いはないと思わないか?」
「ごもっとも」
俺と話しながらも、カウンターの仕事に一切無駄がない。
乙環さんは好きな仕事を見つけて自由に動き回っている。
よかったな。
乙環さんは珈琲だけ壊滅的にだめなだけで、他はめちゃくちゃ美味しい。
話しながら作ってくれていたサンドイッチを食べてと出す。
この光景を常連のオカマバーのママや近所の商店街連中が喜んで見守っていた。
なんだよ。
凄い照れるんだが……。
「美味いか? 彼方にも好評なんだぞ」
「乙環さん、あれから長野はどうしてる?」
「暫くふさぎ込んでいたけど、なんとか吹っ切れたよ」
「良かったな」
乙環さんはそうだなと頷き、食器を食器洗浄機にセットする。
「彼方はプロゲーマーになることを諦めてない。無理のない方針へ変え配信を続けているよ。いくら巻き込まれただけでも、一度ケチがついた信用を取り戻すのは至難の業。地道に一からやり直すそうだ」
「取り敢えず一安心か」
「神無月、彼方のことを気にかけてくれてありがとうな」
「友達の弟なんだから当然だろう」
「連絡不通のくせにカッコつけるな」
「ごもっとも」
乙環さんは長野のことが好きだ。
あいつに立ち直ってもらうことは、乙環さんにとっては一番嬉しいこと。
あの詐欺事件については、佐藤が捕まったあと乙環さんは取り調べで、長野と乙環さんに起こったことをすべて告白。
折角、流星が被害者に配慮して事情聴取なしとなったが、真面目な乙環さんは他の被害者を救うべく捜査へ協力する。
その甲斐があり犯罪グループリーダー格、佐藤が追い込まれて自供した。
今までカモから弱みに漬け込みお金を摂取していたらしい。
全くもって腹立たしい話だ。
一発殴っておけばよかったな。
まあ、だいぶ前にお竜を騙していたクソ彼氏の鳳をボコボコにしたら騒動になった。
だから友達百人計画の為にも、当分は大人しくしたい。
「それでいつから復帰するの?」
「しばらく休みたいな」
時差ボケが激しくて頭がどうにかなりそうだ。
「馬鹿め。学生は学ぶのが本分。すぐに出てこい」
「でも、学園側がな」
学園には休学届を出していたが、復学には難色を示していた。
「大丈夫だ。僕が無理矢理ねじ込んだ」
「おお、さすが生徒会長」
「元だ。会長の座は後輩に譲って、今更ながら青春と自由を謳歌している」
「そうか」
それは目の前の乙環さんがとても楽しそうだからよくわかる。
「それよりも神無月、にゃん太郎のこと忘れていないか?」
「忘れていない」
俺の大事な飼い猫で同居人。
「お前の家族なんだから大事にしないとだめだぞ。あの子だって心配してるんだからな」
「それは耳の痛い話です」
でも、あいつをどこへ預けたんだっけ?
ペットホテルだと思ったんだけど、すごく急いでいたからいまいち思い出せない。
「あの猫、可愛いよな」
「でもスケベだぜ。すぐに胸の谷間に挟まろうとするからな」
「あ、あははははは……」
「どうした?」
「なんでもない」
「?」
金は引き落としだから、スタッフが今でもちゃんと面倒を見てくれていると思うが、早く引き取りに行かないとにゃん太郎が俺のこと忘れる。
——ん? 何で乙環さんがにゃん太郎を預けていることを知っているんだ?
なんかとても重要なことを見落としている気がする……。
「なあ、君は弟子一号なんだろ? そろそろくつろぐ暇があったら、土下座して師匠へ頭さげてこいよ。多分待っているぞ」
「あ、そうだった!」
慌てて立ち上がる俺へ乙環さんは不意に、「その前におかえり、マイヒーロー♡」と頬へ躊躇いもなく接吻した。
人前で……。
海外ボケで麻痺しているからまだこの意味が分かってない。
ここが日本であることを失念していた。
これより先、リンゴ亭のアイドルである乙環さんファンクラブから命を狙われることになる……。
そんなこととは露知らず俺はマスターから許しを得るまで、厨房の片隅でひたすら正座。
閉店後、漸く一言、明日からシフトに入れと通達。
ありがてえと涙を流す。




