52「キス三十回目、ボクのファーストキスをとても不器用で優しい君へ捧ぐ」(乙環サイド)その三
「それにしても今でもドキドキが止まらない。神無月、僕の鼓動を感じるだろ?」
「分かったから胸を押し付けるな! 腰に手を回すな!」
「しょうがないだろ? 怖かったんだそ。まだ足が子鹿のように震えている。責任取ってしばらくそのままでいろ」
「それは理不尽だ」
今、僕は悪漢の手から救ってくれた神無月の背中に抱きついている。
普通に状況判断すると恥ずかしくなってきた。
でも、しがみついたはいいが、本当に震えで動くことができない。
我ながらむちゃなことをしたと反省。
「何処がだ? 通常なら夜な夜な公園で露出狂やっていると噂流れたら、救出に遅参した君は生涯僕以外と友達できないよう生徒会長権限で空気扱いだ。——のところを一時の抱き枕扱いで済まそうというんだ。ありがたいだろ?」
「思いっきり職権乱用だ! 毎日、乙環さんにタダで珈琲淹れるから許してください」
「どうもありがとう。ふー♡」
「あ〜! やめろ、耳に息を吹きかけるなぁ!」
それよりもだ、なんで神無月から昔のかなちゃんを感じたんだろう?
背中にある傷のせいか?
助けてくれたから無意識に重ねているのかもしれないな。
「君の背中は鍛えてあるから硬いけど何故か安らぐ。このまま寝そうだ」
「実況中継しているところ悪いけど、マジでそろそろ離れてくれないか? 俺だって男なんだからな。裸の美少女にダイレクトでハグされたら変な気が起こるかもしれないだろ?」
胸を異性に押し付けるなんて自分でも大胆なことやっていると自覚しているが割と恥ずかしくない。
多分、相手が神無月だからだ。
それだけ、気を許しているのかも。
「それは困った。今スッポンポンだから君が下着代わりなんだ」
「やめてくれ。取り敢えずなんか着ろ。このままではまともに話できない」
確かに神無月が真っ赤になっている。
見た目と違って純粋だからな。
だから尚更揶揄ってしまうのかもしれない。
「了解だ。でもドレスは時間がかかるから無理だ。君が手伝ってくれるのなら別だがな」
「だったら俺のパーカー着てくれ。走ってきたから汗臭いけど文句言うなよ」
ありがとうとお礼を述べると、神無月は身に付けていた自身のを僕へと寄越す。
脱ぎたてだからホカホカしている。
取り敢えず僕は下着を身につけ、その上から神無月のパーカーを纏う。
どうしてだろうか、汗の臭いがとてもいい匂いに感じた。
何度も嗅いだ神無月の体臭が染み込んだ物にとても安心感がある。
「神無月、できるだけあいつの口から証拠集めた。しかし次の一手が思いつかない」
「ここから離れるのが得策だぜ」
「駄目だ。もうじき佐藤の仲間が現れる。一網打尽にしないと雲隠れして事件が闇に葬られるぞ。それにあいつはまだ心が折れてない」
「だよなぁ……。できるだけ厄介事に関わりたくないんだが……そうもいかないのか」
神無月が不意打ちで伸した佐藤はのそのそと立ち上がる。
僕を犯すべくベルトを外していたので、起き上がったはいいが足が絡みまた倒れた。
「——良くもやってくれたなクソガキ」
「佐藤、お前が僕を襲おうとしていたんじゃない⁉」
「というわけで正当防衛だ。ロリコンスケベオヤジ」
「知らないなぁ。ぼくはなにも手を出してない。冤罪だ冤罪。第一こんな外で脱ぐ変態、抱いてくれと誘っているみたいなものだ」
「貴様!」
「まて乙環さん、感情的になるな。相手の思う壺だ」
「へえ、お姉さんの名前乙環さんって言うんだね。覚えておくよ。ひひっ」
「くそっ! いちいち癇に障る」
「佐藤さんとやら、俺はあんたを警察へ突き出す用意がある」
一部始終この中に撮影してあると神無月はスマホをみせる。
無論ハッタリだろう。
本当だったらマスターからもらった護身用メリケンサックでタコ殴りだ。
どちらにしろ後で問いただす必要性はありそうだな。
「いたいけな雇われマネージャーのぼくを脅すつもりかい?」
「あんたのしたことに比べたらましだ」
「山本だっけ? やっていることがエロ本のキモおじさんなんだよ」
「俺は佐藤だ。だいたいなんだお前は?」
「神無月答えるな」
「ただのチャラ男でーす」
「そうか、お前がぐらすらんどに疎まれているチャラ男君か。色々と不満たれていたな」
「あのアホが……」
「長野が元凶とはいえ、なんでこんなあからさまな詐欺にカモられるのかね」
佐藤は気づかれないように少しずつ移動している。
まだ諦めてない?
それとも他に理由がある?
「ぐらすらんどはいいカモだったよ。金が必要だと打診したらすぐに用意してくれたからな」
「お前らのせいで弟がどれだけ迷惑したか!」
「今から警察を呼ぶ。よけいな真似はするな」
神無月がスマホに手をかけると、意識がそっちへ向いている隙に佐藤は落ちているカメラを拾い、間髪入れずカシャッと写真を取られる。
こいつはこれを狙っていたんだ。
「油断したな。今ニッシーへ依頼してこの画像をぐらすらんどに加工。それをネット拡散すれば近親相姦ネタの出来上がりだ。さあ形勢逆転。大人しくお前らの画像と録音したものをよこしな」
「くっ、しくじった」
「そうきたか……」
近親相姦?
そうか、彼方は僕達が赤の他人だと説明してないんだな。
確かに本物の兄弟でもないのにここまで協力するのはありえないか……。
「チェックメイトだ。さあ乙環ちゃん、ぼくに大人しくついてくるんだ」
「それしか選択はないのか?」
「…………………………流星、出番だ」
「何言っているんだ? 妙な動きすると破滅する」
「——いや、それは無理だよ。だってあんた自身がニッシーだから」
「⁉」
「俺も聞いたとき驚いたよ」
颯爽と現れる銀髪の美少年、上杉流星。
神無月の友達第一号で、白川桜華学園一の優等生。
素行に難があるけど実力を示してきたので誰からも後ろ指をさされない。
吟遊詩人のような風貌に作務衣なのでアンバランスだった。
それよりもニッシーの正体が佐藤?
でもこの傲慢な佐藤に人を信頼させることが可能なのか?
「なんのことだ? ただのマネージャーのぼくに、そんな大それたこと出来るわけないじゃないか。全てあのオタク、ニッシーの仕業だ」
「そんな人間は存在してないんだよ。正確には高性能の対話型AI。雪ちゃんが何気なく使っていたのがヒントになった」
「そうか、その手があったか……」
「長野はそんなこと知らずに人間だと信じきってペラペラ余計なことを犯罪組織にゲロったというわけさ」
彼方のあほ。
我が弟ながら哀れだぞ。
あきれながら嘆息をつく僕。
穴があったら入りたいレベルでとても恥ずかしい。
「そんなのはただの妄想だ!」
「いやいや、ちょっと遊びがてらにハッキングして色々と証拠を押さえた。取り引き相手とか、犯罪の数々、あんたはもうおしまいだよ。南無三」
「上杉……お前すごいな。でもコンピュータにそんなこと可能なのか?」
「いや、あれは大したことじゃないんだ乙環さん。流星が調べて分かったんだが、AIのニッシーは上手く相手の心へ入り込み、情報を言葉巧みに引き出すのが主な役目。上手く信用させて相手の愚痴を聞きながら、リサーチでワザと高い物ばかり購入させたり、恋人や家族から不信感で孤立させたり、脅迫材料になりそうなものを聞き出す。実際は下に実働班もいるからあのAIは結局、犯罪組織の便利な道具でしかない。な? チームリーダーさん」
ただのスケベとしか認識ないせいで、上杉を大幅に見くびっていた。
これほど優秀な男だったとは……。
「………………………………」
「カモから一滴残らず利益を絞りとるのがこいつらの役割り。でも大変だよな。ノルマがあるから多少無茶しても依頼者のオーダーを果たさなければならない。失敗したらあんた死ぬのか?」
「佐藤もう諦めろ」
「裏で半グレと繋がっているのは間違いない。俺達は黒幕の通話内容も押さている。だったら大人しく警察に保護された方が身のためだぜ」
「そんなのはガセネタだ」
「だいたい何がゲームチームのマネージャーだよ。おまえ、別のアカウント使ってライトノベルや漫画の編集騙っているだろ? プロの人参ぶら下げて美少女狙い撃ちしてくいもんにしているそうじゃんか」
「最低」
「ネタはあがっているんだぜ。あんな実体のないニセホームページ制作して恥ずかしくないのか?」
とうとう佐藤は逃げだした。
「あ、そうそう、ちなみに外にはお巡りさん達が待機しているよん。聞こてないか」
「あ、大騒ぎしてる……………」
「外で応援含めて一網打尽。ちなみに全情報はすでにお巡りさんに渡しているから芋づる式に悪い奴らは検挙だ」
とうとう、彼方を騙していた詐欺集団はいなくなった。
「じゃあ、俺はお巡りさんにことの顛末はなしてくる。大丈夫。雪ちゃんや会長、長野ちゃんもお咎めはいかないから安心してよ。警察庁の幹部がうちの檀家さんだから、事情聴取させることもないからね」
「神無月、上杉、助けてくれてありがとう。今後何かあったら必ず力になる」
「気にするな。俺の大事な友達ナンバースリー」
雪ちゃんの友達は俺とも友達、なら全力で助太刀するさと、上杉は手をひらひらしながらこの場から立ち去った。
「明日からまた日常に戻るのか……」
「夏休みはまだこれからだぜ」
「リンゴ亭のバイトもあるし、勉強もあるし、ちょっと調べたいこともある」
「いいねえ、これぞ青春だ。それで何を調べるんだ?」
ブランコに座りながら僕は、「パティシエになる方法だ」と一人だけの友に夢を語る。
「まさか職人になりたいのか?」
「まだわからない。ただ漠然と興味があるだけだ。でも前向きなのは確か」
「なら、マスターに相談しろよ。あの人色々とツテ持っているからさ」
「ありがとう」
「でも、長野の為にもうお金稼ぐ必要なくなったから、バイトする意味なくないか?」
「そんなことはない。将来のことを思うのなら蓄えなくてはならないよ。だいたい彼方が一度の失敗でへこたれるとは到底思えない」
「神経図太そうだもんな。乙環さんみたく……」
まあ、彼方とはよく話してみる。
あいつにはあいつの意地があるだろ。
失敗して多分一番傷ついたのは彼方だ。
だから家族として僕はそばにいてあげないといけない。
ラインには一言『ごめん乙環姉さん』と書き込まれていた。
これだけで十分。
取り敢えず神無月はムカつくから蹴った。
「それはさておき、神無月よ、僕は困っている」
「お腹冷えたか? ここ大きいから公衆トイレあるぜ」
「違う!」
「あ、外にはお巡りさんいるし、このまま帰るのは不味いか?」
「大丈夫だ。トイレでドレスに着替えて帰る」
「ならなにが困ったんだ?」
「君にお返しするものがなにも持ち合わせていないんだ」
「だからいらねえって」
神無月ならそういうと思った。
「彼方と僕を救ってくれた大恩人だ。そういうわけにはいかないだろ?」
「いいんだ。俺は友達が幸せならそれでいい」
「無欲なやつだ」
「乙環さんの笑顔が最高のご褒美だぜ」
そんな神無月の笑顔を見て、なんだろうか鼓動が早くなる。
今日で丁度取り引きが一ヶ月だ。
ならば記念日として特別なことやってもなんの不思議はない。
「こいつはまた母性愛に響くこと言う……」
「ちょちょっと、乙環さん?」
僕はゆっくりと神無月へにじり寄る。
それに察知したのかブランコから飛び降り距離をとった。
「乙環さんどうしたんだよ」
「今日まだキスしてないだろ?」
「それにしては鬼気迫っているんだが……」
「取り引き一ヶ月記念日としてとびっきりゴージャスなのをお見舞いしようとしているだけだ」
「それは遠慮する」
「うるさい! 逃げるな」
「乙環さんなにする気だ?」
「僕は既に覚悟を決めたんだ。君の報いに応えるにはこれしか思いつかない。さあ受け取れ!」
取り引き三十回目。
僕は助走をつけ神無月へ飛び込み、「むーーー!」とびっきりのファーストキスを捧げた。
そのまま倒れ込むもこいつがクッションになってくれたからダメージはない。
そのまま洗面器へ顔をつけ息を止めるかのようにキスを継続。
神無月は柔道の絞め技をキメられるが如く抵抗続けたけど力尽きる。
これが本物のキスか。
あの神無月をKOしてしまうとは破壊力凄まじいな……。
まあ、海外では友達でもキスするというから深く考えることでもないだろう。
「さあ、確かに君の初めては僕が貰い受けた。文句は受け付けないからな!」
「乙環さんが構わないのなら俺に不満はないけど、一言ほしかったな」
「そうか。それでファーストキスのご感想は?」
「まあ、その……ご馳走さまです?」
恥ずかしい僕は、にははっ、何だそれは、バーカと白い歯をのぞかせた。




