51「キス三十回目、ボクのファーストキスをとても不器用で優しい君へ捧ぐ」(乙環サイド)そのニ
会計を済ませた僕達をホールスタッフが外までまたのお越しをと見送る。
この時、弱みを握らせたくないから全部含めて三回分の食事代を佐藤さんへ支払う。
事前にスタッフさんへ領収書のコピーを要請して正解だった。
「気取った店にしてはそんなに美味しくなかったな?」
「そうですか……」
「じゃあ、悪いけどぼくについてきてよ?」
「佐藤さん、どこへ向かう気ですか?」
レストランを出た僕達は繁華街方面へと歩く。
「無論静かに話し合いができる場所だよ」
「拒否権はないようですね……」
トラブルになったとき華やかなカラーのほうがいいと、カルメンよろしく赤同一コーディネートなので中々目立つ。
その証拠に通行人がみんなこちらを振り向いている気がする。
ただ、佐藤さんから洗いざらい情報を引き出して逃げる算段だから、動きにくいハイヒールやドレスが足枷にならないか不安だ。
「帰宅したかったらご自由にどうぞ。その場合、ぐらすらんど君とお姉さんの立場がどんどん悪くなるのはご了承願う」
「佐藤さんが協力してくれるのですか?」
「そのための話し合いだよ。ぼくも心苦しいんだ」
「お願いします。僕達は佐藤さんが頼りなんです」
主導権を握ったつもりだから気が大きくなってる佐藤さん。
下手に出て大人しく従うからご満悦。
ニタニタとイヤらしい笑みを浮かべる。
そんな様子に僕はあくまでも演技だからふつふつと怒りが湧き上がった。
「ならさ、警戒心を緩めてほしいなぁ」
「無理です。僕は至極まっとうな応対しているだけ。貴方が腹を割って話すのならここまで神経すり減らさないですよ」
「いやだな、おじさんの仕事は機密情報を扱っているからおいそれと教えられないだけだよ」
「内容教えないで了承だけ得るのは詐欺師の手口です。ねずみ講ですか?」
「失礼だな。立場わかってる?」
「どんなに足掻いたって状況が逆転できないから文句いってます。言わないより言ったほうが気分的に楽ですから」
「口の減らないガキだ」
「お褒めの言葉、痛み入ります」
僕らはそのまま深夜の運動公園へ。
城跡を公園へ改装した場所なので、規模は大きくところどころ城壁や石垣のあとを忍ばせる。
当然ながら僕と佐藤さん以外人影はない。
佐藤さんは街灯が灯るベンチへ座り、僕も座れとポンポン叩き促すが断る。
「さてと、じゃあ話そうか」
「はい」
「弟君が悪さして炎上したおかげで、うちのチームにも大きな被害がでたんだ。もうブログとかにも盛大に紹介したからね。このままいけば訴えることになる」
「でも、別になにか粗相したわけじゃないですよね? 僕がネットで注目を浴び、たまたま近くにいた弟が巻き込まれアンチによって色々とデマが流されただけ」
余裕をみせる佐藤さんは煙草に火を付け、煙を吸い込みプハーッと吐いた。
「そんなことは関係ない。うちは商売なんだ。彼のせいで損害が発生した以上、責任取ってもらうのは経営しているものとして当然だろ?」
「ならどうすればいいですか?」
「役員とか力持っているほうぼうにワイロをばら撒くから、君達を助けるには一千万以上は必要だ。その代わりにぼくが必ず救ってあげる」
「一千万ですか……」
警戒していたとはいえ、予測通りの展開にアホ彼方と悪態をつきたくなる。
「訴えられたら損害賠償で十億請求されてもおかしくないんだ。それに比べたら安いもんだよ」
「それでも多すぎます」
「うん。学生の君にそんな大金は用意不可能だろう」
「はい」
「だからぼくから君へ形勢逆転させる提案がある」
「それは?」
「AVさ。君がAV女優になって稼げばいい。今なら優しい事務所紹介するからさ」
「…………………………」
それがこいつの手口か……。
そうやって多分他の子達も毒牙にかけた。
許せない。
「お姉さん美人だから一千万なんて簡単に稼げるよ」
「内容は理解できました。でもその前に確認したいことがあります」
「なんだい?」
「佐藤さんが信用できる方かどうかです」
「いやだなーぼくほど信頼できるやつはいないよ」
「佐藤さん、あなたは偽名を何個もっているんですか?」
「面白いことをいうね。ハンドルネームなら仕事用にニ個ぐらい持っているよ」
「はぐらかさないでください」
僕はこの前もらった名刺を佐藤? へ投げつける。
そこには田中と書いてあった。
そう、今まで真実を暴き出すためワザと別の名字でカマをかけたのだ。
これに気付かないということは、まだ複数の名字を騙っているということになる。
「ああ、ごめんごめん、間違ってもらった名刺を渡したよ」
「それは嘘ですよね?」
僕はこの前録音した生音声を再生させると、そこにははっきりと田中と名乗っていた。
「ちっ! 小娘が調子に乗りやがって」
「相手がフェアに話し合うつもりがないのですから、このくらい用心するのは至極当然だろ」
「じゃあ、お前ら兄弟がこの先露頭に迷ってもかまわないのか? 確実に訴えるぞ」
「幾ら脅しても無駄だ。構わない、好きにしてくれ」
証拠が揃う。
会話の録音も録る。
これでもうここには用がない。
本当はこいつの写真も取りたいが、ドレスのままで取っ組み合いは避けたい。
「おい、最後の警告だぞ。ぼくに従ったら全部何とかしてやると言っているんだ。素直に従え」
「お断りだ。それではこれで失礼」
僕は踵を返しこの場から去ろうすると、
「ねえお姉さん、ぐらすらんどがなんで僅かな期間にここまで急成長した? 不思議には思わなかったのかい?」
「どういうことだ? 実力じゃないと言いたげだな」
無視しても良かったが気がかりで足を止める。
「配信の評価操作、ライバルをSNSの裏垢で嘘の内部告発や週刊誌へスキャンダルのリークによる失脚、プロ契約しているゲーマーに多額の裏金渡してセッション。これ全部犯罪だ」
「嘘だな」
「最近金使いが激しくなったろ?」
「まさかそれで人雇って評価を操作した? でもどうやって? あいつにそんな知識ないぞ」
「ニッシー」
「やはり同じ穴のムジナか」
彼方が信じきっていたニッシーの存在。
どんなことも全てその人に従っていた。
プライベートのことも相談に乗ってもらっていたから、今回の事件が計画されたとみて間違いないだろう。
彼方が個人情報を最後まで伏せていたのはファインプレーだけど、本来プラスの人懐っこさを言葉巧みに誘導したのが恐ろしくもある。
そのせいで関係ない神無月やリンゴ亭に迷惑を掛けた。
絶対に許せない。
もしかして、だいぶ前から仕組まれていた?
そういえば、前の大会のときも普段なら恥ずかしいから来るなと断っているのに、あのときは珍しく心細いから応援に来てとお願いされた。
僕はてっきり苦手ジャンルで不安だからとばかり思っていたけど、ニッシーが佐藤と僕達を引き合せる為に手引きということか。
「いやいや綺麗なビジネスパートナーだよ。彼が色々とセッティングしているから助かっている。ただプロ候補にとろくな人材紹介しないのは困っているよ」
「そうやって他の人たちも……。でもそれはあんたが勝手にやったことだ。弟は関係ないだろ?」
「いや、ぼくらはあくまでもやってはいけないことの参考として、悪い手口を手ほどきしただけだよ。どちらかといえば被害者だ。迷惑している」
「ふざけるな」
全てが入念に計画させたことなら僕達の逃げ道はない。
これまでの犯行を彼方の単独犯にして自分達は見物か。
「じゃなかったら、短期でそこまで成り上がれるわけ無いだろ?」
「……………………………」
「あれだけ裏で犯罪に手を染めたんだ。バレたら弟君の人生詰みだ」
「……………………」
「だから君が一肌脱いでくれたら、このことをぼくの胸だけに収めて、弟君をチームに向かい入れ一流のプレイヤーすると約束する」
「そのために僕は身を売れと?」
「それしか弟君を救う道はないだろ?」
佐藤は僕の肩に手を回す。
煙草の臭いでむせた。
このゲスが……。
もうやっていることが反社会団体と変わらないじゃないか?
「じゃあ、まずはお前の誠意をみせてもらおうか。ここでドレスと下着を脱げ」
「なんで⁉」
「そうしたら、その無礼な態度も弟君の罪も何とか我々でフォローしてやろう」
「……………………………」
「ああ。まあどちらにしろ弟君の栄光のある将来はお姉さんが握っているんだ。とっとと腹を決めろ!」
「……………………………」
なるほど、ここで裸になったら僕はもう逃げることはできない。
その間に車で拉致る手筈か。
どうする?
このゲスに従ったって僕らはただ搾取させるだけだ。
でも、もう少し情報がほしい。
本当に彼方が悪事に手を染めているのか?
「だんまりか?」
「…………分かった従おう」
一旦少し離れた僕はゆっくり暗がりの中で服を脱いでいく。
幸い街灯の強い光が邪魔して向こう側からだと薄っすらとしか認識できない。
「おいおい、往生際が悪いな。ストリップ堪能できないじゃないかよ」
「ガキの裸見て興奮するのか? ロリコンだな」
ドレスの手をかける。
後ろのファスナーを下ろすのに手間がかかった。
「うるせえ。おっさんはみんなJK大好きなロリコンなんだよ」
「虫唾が走る」
何とか脱いだドレスを畳み、透け防止用の下にきていたインナーも脱ぐ。
「まあ、生意気な態度とるのも今だけだ。商品価値あげるために従順になるまでたっぷりと仕込んでやる」
「佐藤、こういう荒事、随分手慣れているのだな。このマニュアルで何人の女の子を泣かした?」
ゆっくりとブラジャーを外す。
「おい、早くしろ。時間を稼いでも無駄だぞ。こんなところ誰も通りかからない。無論、誰かに連絡取った時点で愚かな弟君の未来が潰えることを肝に銘じとけ」
「これまでか」
牛歩戦術を見抜かれてパンツを脱ぐ。
僕が来ているもの全部脱ぎ終えると、見届けた佐藤はカメラで写真を撮ろうと構える。
それで僕を脅す気だ。
そうなったら神無月ほど甘くはない現実を味わうことになる。
「そそるプロポーションだねー。さあその隠してる邪魔な手をどけてくれ……」
「断る」
「ならこの場で一枚撮って弟君に送りつけようか?」
「やめろ! わかったあんなに従う……」
「そうそう。それが利口だよ。ひひひ」
「かなちゃん……」
退路を断たれ絶望の中、僕はまたかなちゃんの名を口に出す。
僕は手をどけ全てを曝け出した。
「ああ、霧がかかって全然見ねえわ」
「近づくな! かなちゃん助けて!」
「ここで呼んでも誰もこねえよ。でも安心しろよ。今車呼んでいるから。そこでたっぷり仕込んでやるぜ。ひひひ」
「かなちゃん! また助けに来てよ!」
僕の声は虚しく響き、無情にも佐藤はどんどん近づいてくる。
怖い……。
怖いよ。
彼方を助ける為に我が身を犠牲にしようとしているのに、狩その彼方へ助けを求めるのは矛盾していた。
でも僕が知っているあのかなちゃんなら、絶対に笑って助けてくれる。
不器用で無鉄砲、でも大きな優しさで包んでくれるかなちゃん。
僕が不幸な目にあったら絶対に助けてくれるんじゃなかったの?
あの約束守ってよ、かなちゃん⁉
カメラを構える佐藤は、「さあさあ、気高き乙女の一糸まとわぬ姿。処女消失前の一枚。これは裏ルートでマニアに売れ——ぐはぁああ!」いきなり謎のヒーローの飛び蹴りで吹っ飛んでいった。
「かなちゃん?」
「あーかなちゃんじゃなくてごめんよ。乙環さん」
「か、神無月!?」
「遅くなった」
「本当に遅いぞ、この大馬鹿者!」
「すまん——うわっあ! というかなんで裸なんだよ⁉」
慌てて体勢を180度背ける目つきが悪い不器用な紳士の背中を、この馬鹿、朴念仁と薄っすら涙を浮かべ、ポクポク小突く僕。
悪態つくもこんなに安心して任せられる広い背中はない。
「もう少しで君へ貢ぐはずだったバージン、知らないおっさんに貫かれるところだったぞ!」
「そんなもんいらねーわ!」
「冗談はさておき、本当にありがとう。君だったら僕のメッセージに気づいてくれると思っていた」
「なんの用もないのに連絡寄越すなんて余程の事だからな」
そう、昨日神無月へわざわざ連絡したのはSOSを伝える為。
ニッシーを危険視した僕はもしかしたら盗聴されている可能性もあるのでひと芝居を打った。
僕の写真が貼ってあるコルクボードにメモ用紙を貼っておいたんだ。
明日の夜、何も聞かずGPSを使って僕を追えと。
伊豆のサマフェスで迷子にならないように互いのGPS検索を登録しておいたのが功を奏した。




