50「キス三十回目、ボクのファーストキスをとても不器用で優しい君へ捧ぐ」(乙環サイド)その一
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八月十五日
白で統一された店内、優雅なクラシックのピアノ曲が流れるなか、洗礼された一品がテーブルへリザーブされた。
「お姉さん、君は普段何をしているんだい?」
「特になにもしてません。無趣味です」
「それはよくない。青春は一度きりだ。部活でも勉学でも趣味でも励むべきだよ」
「ありがとうございます。佐藤さんのおっしゃることはとても為になります」
心にもないことを並びたて、このレストランに一番場違いな男へおべっかを使う。
「なになに、ぼくは人生経験豊富だからこんなアドバイスなら幾らでもできるよ」
「若輩者にとって成功者の言葉は金言ですよ。しかし申し訳ない、僕としたことが書き留めるノートを持ってこなかったです」
つまらない腹の探り合い。
通常、信用できない弁舌が卓越している人を相手にする場合、絶対にこっちの情報を与えてはならないのが鉄則である。
そこをとっかかりに内側へ入ってくるからだ。
この人の名前は佐藤。
中肉中背のおじさん。
目つきがやらしいこと以外特筆することはない。
僕はこのプロゲーマーのマネージャーさんに誘われて、またフレンチレストランで食事。
男は取り敢えず高そうなレストランに誘っておけば女は喜ぶと思っているのか?
こんなところで食べるくらいなら、リンゴ亭でジャズを聴きながらマスターのスイーツと神無月の珈琲をいただいたほうがいい。
幸い田舎でお世話になった人生の師匠でありかなちゃんの祖母、ステラ先生からテーブルマナーの全てを叩き込まれていたので、こんなところで粗相することはないけど気が乗らないぞ。
「いやいや、ちゃんと事前に場所をリサーチして着るものを選んでくるだけでも大した気遣いだ」
「恐れ入ります」
ドレスはまた竜石堂から借りる。
彼女は背が高いから中等部のとき使ったやつだ。
ああ見えてあいつはバスケの腕前が世界レベルだったから王族が開いた晩餐会にも出席している。
ただ、僕はサイズ的には何とか張り合えるが、背が圧倒的にたりないので丈を直してもらっていた。
無論神無月より低い。
あと肩が開いたドレスだと胸元はスースーする。
なので対面している佐藤さんの視線がねっとりやらしくて内心鳥肌が立っていた。
「いやー、ぼくはぐらすらんど君には期待してるんだよ。だからあのとき声を掛けたんだ」
「そうですか」
「いいねー、ぼくの若い頃を思い出す——」
「はぁ……」
また始まった。
これで過去の自慢話、何度目になる?
大体、イギリス王家から爵位をもらったとか、先祖が旧華族だとか本当かどうかも怪しい。
この人があの会場で声を掛けていた参加者は、必ず若い女子が付き添っていた。
だから尚更に猜疑心をもつ僕。
とてもじゃないが、純粋に金卵を発掘するために奔走しているようには映らない。
「凄いだろ? うちの蔵にはまだ将軍家から授与された茶碗が保管してある」
「これは興味深いですね」
「そうだろう、そうだろう」
「………………………………」
非常にくだらないことを誇らしげに語って何が面白いんだ?
僕はそんな過去の出来事より、今現在と未来の話をしたい。
そう……僕が嫌悪している相手の誘いを受け、再び対話する機会へ飛び込んだのはれっきとした理由がある。
無論、彼方のことだ。
プロゲーマーになることがあいつの望み。
その純粋なこころざしをくだらない汚い欲望で真っ黒に染めるのだけは我慢ならない。
だから自分で見極めたいからこの席に座っている。
もし本気で彼方の望みを叶えてくれるのなら、喜んでこの身を捧げる覚悟。
幾らでも欲望の捌け口にするがいいさ。
だがしかし、そうはならないだろう。
僕の勘がそう告げている。
「この魚うまいね」
「佐藤さん、よろしいでしょうか?」
僕は食事中なので皿の上にフォークとナイフをハの字に置く。
それにしてもこんなに不味い食事は久しぶりだ。
神無月と食べたあんみつが懐かしい。
「……なにかな、お姉さん」
「いつも弟の活動を観てくれてありがとうございます。有名な方の目に止まって親族として誇らしいです」
この佐藤さんに僕や弟の本名と名前はまだ告げてない。
とにかくこの人は口がまわる。
まるでたまにくるセールスマンのようだ。
決まった台本のセリフを喋るようにスラスラと出てくる。
「そう? 大したことじゃないよ」
「ところで弟のどういうところに惚れたんですか? もちろん商売ですからお金に直接結びつくのは当然です。なので何故利益に結びつくと判断したのか知りたいです」
「そうだね。それは詳しく言えないけどレトロゲームがうまい」
「まあ、弟の配信はそれがメインですからね。でも、まだ一般ゲーム配信者の域は出てませんよ。他に理由がおありですか?」
「落ちものパズル系の上手さに惚れたね」
「そうですか」
嘘だ。
彼方はパズル系は苦手でほとんどやらない。
たまたまこの前、出る大会がないから仕方なく苦手なパズルにチャレンジしたんだ。
そのときに佐藤さんに声をかけられる。
つまり彼方がそこで惨敗したのも掌握してないということだ。
気持ち悪い。
本当に気持ち悪い。
これで、佐藤さんは僕を手に入れる為に彼方を利用していると判明。
「肉食べたいな。肉」
「コース料理なので僕達が食べ進めないと出てこないです。ところで佐藤さんもゲームはプレイするのですか?」
「……まあまあそんなことはどうでもいいじゃないか。詳しい話はこんどゆっくり話そう」
「ではなんで僕はここにいるんですか?」
佐藤さんはテーブルマナーが全くできてない。
普通女性が食べる速度遅ければそれに合わせるのがマナーだ。
なのにガチャガチャ音を立ててフレンチレストラン定番、白身魚のポワレを食している。
この人の中では大衆食堂で焼き魚食べている感覚なんだろうか?
「それは勿論家族と親交を深めるためだよ。彼がプロになったら連携が不可欠だからね。オリンピックの選手見ればわかるでしょ?」
「そうですね」
スポンサーとかプロチームの出資会社が何処なのかと、僕が詳しい説明を求めると、それをさも読んでいるかのように先回りして軌道修正してくる。
セールスにとって有利なのは自分の弱みを見せずに上に立つことだ。
家電量販店もテレビ・洗濯機・冷蔵庫が壊れたとわかっているとこちらの足元を見てかなり強気な商売をしてくる。
だから僕もセールス相手にけして自分の弱みを晒さない。
即ち佐藤さんは詐欺行為を僕へ仕掛けているとみて間違いない。
プロチームの関係者という肩書きも怪しいものだ。
「そうだ、お姉さん場所を変えないかい。ぼくはもっと親睦を深めたいんだ」
「お断りします。そろそろ帰らないと父に怒られますので」
「いやいや大して手間を取らせないよ。ちょっと街でも散策しながら夜風にあたりたいだけだからさ」
「すみません。このようなところ学校に知られるわけにはいきませんので……」
「ならこれから話す話題が、ネットで君と弟君が炎上している件ならいいかい?」
こいつ……。
ついに尻尾をだした?
いや、僕を釣り上げる為にとっておきのエサを出したんだ。
しかもとっくに上杉の手によって鎮火していることを知らないらしい。
だから僕の選択が、「わかりました……」という返答に佐藤さんは何の疑問も抱かないだろう。
でも、その前にコース料理は最後まで食べましょうと引き止める。
訝しむ佐藤さんへ出禁になったらネットに晒され困るのは貴方ですよと忠告した。




