45「キス二十七回目、サマフェス二日目 陰謀渦巻く夏の祭典」その三
—ー数時間後、休憩時間に入る。
話が通じない客ばかりで暴れたい気分だったが、うちのマスターは平然としていたから俺も抑える事ができた。
やっていればこういうこともあるさと、珈琲を飲み余裕を見せる。
さすがマスターかっこいいぜ。
でも俺は見逃さなかった。
マスターお気に入りの鉄のマグカップが握りつぶされているのを……。
『——ということか……、偉いよ雪ちゃん、よく耐えた』
「全く災難だったぜ。乙環さんがここで働いている情報がネットから漏れているのか?」
『ヒャクパーだな』
「まじかよ……」
電話で俺の数少ないアドバイザー、親友第一号・上杉流星へ事の詳細を伝える。
今の坊主は電子機器やネットにも詳しくなければやっていけない。
『どういう経緯でこうなったかは詳しく調べてみないとわからないけど、ターゲットはプロじゃない普通の少女だ。明らかに作為を感じる』
「誰かが仕組んだ?」
『わかんねー。でも性欲にまみれた豚どもが、たまたま目に止まった絶世の美少女へフーリガン化。普通ならあり得ないネット民達の人生を狂わすとは、生徒会長って結構傾国の美女気質なのかもしれない……俺も一目惚れあるから他人事じゃないじゃん』
「休憩入ったからその迷惑な客達はなんとか追い返したけど、このまま放置したらどうなる?」
俺はスマホを肩で支えながら器用に、右手にもっている珈琲で喉を潤しながら、左手の乙環さんから貰ったお握り飯を頬張っている。
行儀が悪いけど時間ないから仕方なし。
それにしても、ただのおにぎりだと馬鹿にしていたがうまい。
自信作と胸を叩いていただけはある。
塩握りと半熟の鮭が入っているのと、定番のたっぷり鰹節に醤油と和えたオカカ。
さすが家事全般が得意だけあって料理が美味い。
なのにどうして珈琲だけはお竜がトラウマになるぐらい下手くそなんだろうか?
永遠の謎だ。
『希少な頭のネジが外れた系がネットに集まってくると断言する。法もすり抜け方も熟知した雪ちゃんでも手に負えないエリートモンスター軍団だ』
「だったらそれを逆手にとって、乙環さんを思ってくれるのなら静かに見守ってほしいと訴えるのは?」
『甘い甘い、奴らに情とか道徳は一切通用しない。退屈しのぎの玩具程度にしか捉えてない奴もいる。あるのは楽に叩けるか叩けないかだけだ』
「くそったれ! 他人の人生をおもちゃにするな!」
ムカついた俺は近くのポリバケツを蹴っ飛ばす。
『雪ちゃんが怒るのは良くわかる。だがそんなヤバイのはひと握り。ネット民は温厚で人情家のいい奴らばかりだ。だから誤解するなよ』
「ああ。わかっている」
『だが、この分だとリンゴ亭も炎上、もしかしてもっと酷いことに………』
「やはりそうか」
『とにかく消火活動しないと、色々と面倒なことになる』
「なら流星、火消し頼まれてはくれないか?」
『報酬は?」
「お竜の水着写真」
『ああ、檀家参りで忙しいなー』
「試作ケーキ作って生クリームだらけになっている会長。あくまでも健全で健康的な写真」
インターネット系は流星に任せておけば大抵なんとかしてくれる。
なんせお寺の檀家さんにはネットに詳しいエキスパートがいるからだ。
俺も学園の悪評絡みで何度救ってもらったか……。
『全ては俺に任せろ相棒。そうおもって既に手を打ってある』
「さすがだ。おまけで会長の珈琲を差し入れしてやる」
お竜をドブの味がすると珈琲嫌いにさせてしまった一品だ。
とくと味わうといい。
「——神無月、僕のコーヒーがなんだって?」
「乙環さん⁉ なんでもない!」
俺は慌てて会話終了ボタンを押す。
聞かれたかな?
「神無月、僕の写真いつ撮った?」
「つい出来心で、すんません……」
「別にいいが、その……他人には見せないでくれ。恥ずかしい」
「了解しました」
すまん、流星。
本人に拒絶されてしまった。
俺が秘蔵しているお竜の筋トレ動画で我慢してくれ。
「そんなことより、どうだ、僕のおにぎりうまかったか?」
「グッジョブだった。ありがとう」
「そうか。マスターも喜んでくれた。社交辞令だろうが嬉しい」
「バカか、味に厳しいプロが嘘なんかつくかよ。それは本心かの感想だ。もっと自信を持っていい」
「そうか。自信持っていいんだな。彼方とかおじさんおばさん中々本心言わないから不安だったんだ」
「なんならいいお嫁さんになるぜ」
「ば、馬鹿! 何言っているんだよ!」
「いったいから叩くな⁉」
乙環さんに背中を叩かれてジンジンする。
多分背中は紅葉になっているだろう。
「これでも、何処で僕を監視しているか分からないから抑えているんだぞ」
「そのことで謝罪したいことがある。こんなに乙環さんが注目されるとは思わなかった」
「僕も驚きだ。しかし、こんな眉間にシワがよった堅物、どこがいいんだか皆目わからん」
「乙環さんは滅茶可愛いんだよ」
「か、かわいい⁉」
「ああ、全てかカッコよくて、可愛いんだ。俺も惚れ惚れする」
「あああああ! ななな、なにを言っているんだ⁉」
「だからいたい!」
また俺の背中をバシバシ叩く。
乙環さん、力が強いの分かっているのか?
「うるさい、神無月が悪いんだ!」
とにかく、今の現状を予測できなかった俺に責任がある。ごめん」
「頭をあげろ神無月。とにかく現状を打開しないとな」
「作戦だったらある。ただ時間がかかるから今日のところは何とか持ちこたえてほしい」
なら僕に勇気をくれと、スタッフの脱衣所に入り乙環さんは背中の古傷へ長いキスをした。
取り引き二十七回目。
今までのキスの中で、一番リスキーでスリリングかもしれない。
俺はバレないように周囲に気を巡らしていると、長野の姿を発見。
陽キャラ引き連れ長野が女の子に声を掛けている。
どうやらナンパ目的ではなく、長野が客引きとして言葉巧みに女を誘導していた。
あれだけ客が来ているのにまだがっつくのか?
流石イケメン配信者。
相手の心理をつくのがうまいと感心してしまう。
そして——とうとう長野は俺を視界に捉える。
だが、向かう先は乙環さんのもとだ。
「乙環姉さん。調子はどうだい」
「見ればわかるだろ。卑怯すぎるぞ」
「勝負に情けはいらない。敵になっても容赦するなって言ったのは姉さんだろ?」
「わかっている、冗談だ。敵味方に別れた時からこうなることをわかっていた。だから気にするな。僕には僕の、彼方には彼方のやり方がある」
「でもごめんね。邪魔するつもりはなかったんだ。本当だったら一緒に働きたかったけどあいつがいるから……」
と俺に目を向けた。
はいはい、小声で言ってるつもりだろうが聞こえてますよ。
「神無月、うちの姉がお世話になってます」
「彼方……それだと僕が迷惑をかけているみたいじゃないか?」
「長野、頑張ってるな。流石カリスマってところか?」
「たまたまだよ」
「彼方はやればできるんだよ」
「いつも会長が心配していたぞ」
姉さんゴリラだからそこら辺の繊細さがないんだよと文句いうと、乱暴に乙環さんは長野の頭へ手を置きグリグリ回した。
「にしても、君も姉さんと一緒に働いていたんだね」
「誰から聞いたんだ?」
「お竜からだよ。な?」
「うん。今日は姉さんを守ってくれてありがとう」
「神無月、僕からもありがとう」
「照れる」
「喫茶店も神無月が乙環姉さんを誘ったんだろ?」
「ああ、金に困っていたからな。それにマスターのタルトに惚れたんだ」
「会長ならものにできると思ったから誘ったんだぜ」
………………そうか。
ならこうなったのも全部自業自得か。
俺は人に迷惑ばかりかけるなと呟くも聞き取れなかった。
何が言いたいのかわかるが、俺はそれ以上、口に出すことはない。
他人の家庭事情に首を突っ込むわけにはいかないからだ。




