43「キス二十七回目、サマフェス二日目 陰謀渦巻く夏の祭典」その一
八月十一日
サマーフェスティバル二日目
「さあ神無月、今日も頑張ろう!」
「ああ、気合い入れるわ」
俺は乙環さんと民宿の食堂で朝食を取りながら和気あいあいと語る。
昨日、どうしてあんな人気のないところにいたのか聞きたいけど、人のプライベートに土足で上がり込むのはマナー違反だ。
なので余計な詮索はせず、桜えびがふんだんに入っただし巻き卵や、キンメの煮つけや、葉わさびのしょうゆ漬けなど朝食にしては豪華なラインナップに舌づつみを打つ。
「どうだ? 僕は神無月の役にたっているかな?」
「気配り屋の乙環さんがいなかったらどうなっていたか……学園のトップは伊達じゃない」
「よせ、君の口から顔面に似合わない社交辞令なんて聞きたくないぞ。あははっ!」
「ちぇ、ツラは関係ないだろ⁉ 折角気を使ったのに酷いぜ」
「悪い悪い。つい本音がでた」
「どうせ俺はドスのきいた怖い顔だよ」
「それでも昨日、迷子の親を探し出したのは凄い大手柄だ。神無月偉いぞ」
「あの時は焦ったぜ」
毎度のことながら、前日は俺が子供をあやしたらおしっこチビったり、大泣きしたり大変だった。
でも、ガキに罪はないから怒る事もできない。
どうやったら仲良くできるのか、あやすのが上手い乙環さんにご教授願いたい今日この頃。
どうか、今日は平穏無事に終わってくれ……。
支度が整った俺達は宿を出る。
いざ、我が戦場の海水浴場へ——
一日目に続き晴天。
今日は海水浴場の入場者数が多い。
カラフルなパラソルの渋滞を起こすビーチ、黒髪や茶髪で占領させる浅瀬、まるで夕暮れ時の銭湯みたいな混み方。
綺麗な景色を拝もうにも折角の一大パノラマは台無しである。
原因は既に告知しているアイドルアニメのメディアミックスによるライブや、有名ロックバンドのライブが控えているからに他ならない。
そのせいで何処も大渋滞、トイレや脱衣場まで長い行列が出来ていた。
田舎だから普段は無料の駐車場も、少ない稼ぎ時なので時間制限設け千円徴収している。
しまいには一般家庭まで金取って車をおかしている始末。
プロ野球や祭りではよくある風景だが商魂たくましいもんだ。
「いらっしゃいませ、ご注文を伺います」
「ありがとうございました! 乙環さん悪い、こっち片付けてくれ」
「了解だ! 神無月すぐやるからお客様を席に案内してくれ」
「任された」
俺達の店もその盛況にあやかりてんてこ舞い。
客の多さで昨日よりハードモードというかヘルモード。
俺達はもう歩くより走っていた。
しかしマスターの漢を賭けた一杯に客は喜ぶので、スタミナ削りながらなんとかこなす。
ライバル店ひしめく中ここまで好評なのが軽食店の強みかな。
食堂やっている海の家と違い、キッチンカーや屋台はすぐできる・何処でも食べられる・美味いが命だ。
カップなどの問題もゴミ捨て場を設置しているので今のところは機能している。
「はぁ…………」
「………………………」
しかし、乙環さんが少し心配だ。
折角、長野がわざわざこんなところまで来訪したのに、気合い入った水着の披露は不発に終わる。
だからだろうか、何処か空元気。
時々気のないため息が漏れる。
「神無月」
「……………………」
「もたもたするな神無月! もっとギアあげるぞ」
「あ、すまん!」
それでなくても好きな相手に自分をアピールできるチャンスなんてそんなに訪れないんだ。
俺も今まで散々友達欲しくてアピールしまくったが、高等部二年目の夏なのにこの有様なので分かるだろ?
そんな中、
ねえねえ、君可愛いねー! 俺達と遊ばない?
万国共通の定型文となりつつある使い古されたセリフが俺の耳に届く。
「すみません、やめてください」
「お客様、申し訳ございませんが当店ナンパ禁止でございます。他のお客様のご迷惑になるのでお帰りください」
俺がにらみを利かすとチャラ男達は逃げていった。
これで五回目だが、想定内なので大したことはない。
しかし、毎度思うが俺の人相の悪さがこんなところで役立つとはとても複雑。
だから気分はドーベルマンかブルドッグである。
「済まない神無月。感謝だ」
「もっと早く駆けつけられるようにする」
「強く言えればいいのだが、それができないのが接客業の弱いところだな」
「ああ。でも向こうに非がある場合ははっきり拒絶して構わない。マスターがなめられるから下手に出るなってさ」
「でも、それはビーストみたいなマスターだから断れるんだぞ」
「確かに言い得て妙だな」
俺達は吹き出すように笑った。
それにしても今日はお客さんの質が悪いな。
メニューにないものを注文していちゃもんつけたり、タバコの吸い殻が入っていたり、挙げ句の果て、食べたあともスマホをイジって居座るから席の回転数が上がらない。
原因は家族客より青年層の客が多いせいだ。
有名な芸能人を多く招いた結果、最低限のマナーも守れないクソ野郎が大量に押し寄せる。
全くもって嘆かわしいが、キレたところで状況変化するわけじゃないから辛抱するしかない。
大きなトラブルに繋がらなければいいが……。
あー、トラブルといえば、乙環さんは昨日も今日もポニーテールにしてないな……。
仕事モードの時は必ず結ぶのにどうしたのか?
別段気にしてないが、あるべきものがないと落ち着かないのでそれとなく尋ねる。
「髪をくくらないのは彼方が好きじゃないからだ。まだ海水浴場にいるからストレートにしている」
「そういうことか」
「どうせなら彼方の好きな僕をみせたいだろ?」
「乙女だねー」
気持ちはわかる。
好きな人には綺麗にみられたいからな。
だが、長野の動向がちょっと気になる。
俺のことを悪と決めつけているから、乙環さんから引き離そうとしているのに今日はまだ沈黙。
目立った動きは特にない。
乙環さんの話だと、訪れた目的の一つに好きなバンドが出演するからだそうな。
名目上ということもあるから油断はできないが……。
しかしちゃんと話せば分かり合えるとおもうのだが、どうしたもんだろう。
テーブルを片付けながら乙環さんは、「なんだなんだ、神無月は僕のポニーテールがお気に入りなのかな。ううん?」まるでからかうように手で髪を束ねる。
「うーん。乙環さんのポニーテールが揺れていると何故か興奮するんだ」
「おい……僕の髪は猫じゃらしじゃないぞ」
「すまん」
「冗談。怒ってない」
「第一そんな暇ないもんな」
そう楽しく話しながらも手は止めない。
俺達も漸くこの環境になれ作業の最適化が始まった。
スピードに乗りどんとん仕事をこなしていく。
こうしてもっとも過酷な時間帯、正午を迎えるのだった。




