39「キス二十六回目、海の家期間限定版『腐ったリンゴ亭』へようこそ!」その一
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夏、のどかな田園が広がる田舎の懐かしい景色。
車も滅多に通らない静かな村。
そして高台にあるババ様の屋敷。
『カンナツキ! 今日こそおまえを殺す』
『イツデモコイ、クソガキ』
『本当に目障りなんだよ! 死んで詫びろ!』
『シルカ!』
またこの夢か……。
歳の頃は同じくらい、頭ボサボサの男子がまた俺のタマを取りに来る。
ババ様は俺の服の予備を与えたので、ボロボロの以前よりは見られるようになった。
しかし四六時中喧嘩を売ってくるガキはいったい何者なんだ?
なんか一緒に暮らしているようだが、詳しい経緯は幾ら脳内を検索してもヒットしない。
俺が預けられた時、ババ様は独り暮らしだったはず。
なのにババ様とドーナツ作った思い出の中に何故かあいつもいた。
そういえば同居した当初はマジで俺を殺そうと、色々と罠を仕掛けられたっけ。
あいつが仕込んだ毒キノコ混入していたときは流石に死ぬと覚悟する。
しかしアマゾンで身につけたサバイバル技術のお陰で危機回避できた。
でも、なんであいつは俺を目の敵にしていたんだ?
名前も目的も全然思い出せない。
拗く迫っていたのを躱すが精一杯だった。
ただ、命を狙っているのは俺だけなので、他には普通に接している。
だからだろうか、内情知っている筈のババ様とか村人達は我関せずを貫いた。
いま再会したらイケメンになっているんだろうな。
案外、俺の事なんて綺麗さっぱり忘れているかもしれない。
当時、執事兼運転手の月野さんは近くに家を借りていたっけ。
昔を知る貴重な証人だから、今度あった時にでも聞いてみるか。
俺は猫を助けて事故で頭打っているせいで、過去の記憶は虫食いのように失っている。
お竜の時のように何か切っ掛けがあれば思い出すかもしれないが、そんなことは滅多にないだろう。
——朝、苦しくなって目覚めると何故か民宿の飼い猫が顔面に乗っかっていた。
八月十日
サマーフェスティバル一日目。
「おはよう神無月」
「ふぁあああ! おはよう乙環さん」
顔を洗いに洗面台にくると乙環さんが歯を磨いていた。
寝間着の俺に対して乙環さんはもう着替えてスタンバイ完了している。
「寝不足か? 目に隈が出来ているぞ」
「夢見が悪かった」
「御愁傷様」
「それより素朴な疑問」
「なんだ?」
「水着はどこで着替えるんだ?」
「何処だっていいだろう⁉ 朝っぱらから揶揄うな!」
恥ずかしいのかTシャツを引っ張る乙環さん。
至って真面目な話なんだが……。
「人が多いから会場で着替えている暇はないぜ。まさか岩陰で…………」
「ば、馬鹿者! そんな露出狂みたいな真似ができるか! もうシャツの下に着込んでいるんだ」
「なるほど。それは余計なお世話でした」
顔が真っ赤になっているのでこれ以上の詮索はよした。
セクハラは折角築いた人間関係をいとも容易く破壊する。
ここまで仲良くなるの大変だったのに、こんなことで友達百人計画の三人目候補を失いたくはない。
「別にいいさ。しかし君とひとつ屋根の下で一夜を過ごすなんてなんか変な気分だな」
「乙環さんと友達になりたかったのに、誤爆で告白と勘違いさせた時にはこうなるなんて思ってもいなかったぜ」
「それをいうな。あのときは神無月に流れる悪い噂の先入観から、本性はただの不器用なイイヤツだと分からなかったんだ」
「人気者の長野とは正反対だからな」
「でも、今は信頼をおいている」
「それはどうも」
信頼してくれるのはいいが、シャツの下に水着を着ているとはいえ胸の谷間が口をゆすぐ度にしゃがんであらわになるのは如何なものか……。
目のやり場に困るぞ。
「でもな、学園ではあいつカリスマなんて言われているが、泊まると告げたら駄々こねてな、説得するの大変だったんだ。作りたてのご飯じゃないと嫌だとか、俺は忙しいから掃除洗濯一切やらないとかな」
「へー、あいつ自分勝手のくせに家族は束縛するのか?」
「ゲーマーはみんな自己中なんだよ」
「それは言えてる。でも長野も恩義は感じているんだろ?」
「プロゲーマーになったらすべて返済すると豪語しているが、何時になるのやら……」
「その割には嬉しそうだ」
「まーそれだけ頼られているってことを改めて実感すればな。僕は彼方の役に立ちたいんだよ」
「愛されているな」
どうだろうとトボケながら俺のタオルで顔を拭く。
俺は何か言いたかったが、わざとやっているのが目に見えたのでお返しに俺のキンキンのコールドスプレーを背中に吹き掛けた。
「うきゃあああああああ! 神無月ーー!!!」
「ああああ! ごめん! ごめんて。頼むから泣きながら消化器ふりまわさないでくれ! 当たったら死ぬ!」
ご立腹の乙環さんをなだめながら朝食を食べ終えると、もう会場へに向かっているマスターと合流。
まだ日の出が海からでたばかりなので、海水浴場にはスタッフ以外誰もいない。
イベントの開会式が九時。
そのあとスタートだから混む前に、指定場所へ設置した仮設テントの中へ、運び込まれたテーブルとか椅子をスタンバイする。
もうマスターはキッチンカーを固定して、腐ったリンゴ亭名物の林檎のタルトを、レンタルで借りた商業用オーブンで焼き上げていた。
ウミネコの鳴き声をBGMに作業は進み、『出張版・腐ったリンゴ亭』は無事に完成。
——そして、地獄のような長い一日が始まる。




