38「キス二十五回目、伊豆半島は複合巨大アミューズメントパーク」その三
——暫くの間、何処までも海岸が続く一本道を海風を受けながら車を走らせる。
誘惑が多い海沿いの観光地と温泉地群を抜け下田に到着。
ここはペリーが黒船で入港したとか、吉田松陰がアメリカに渡航しようとしたこととか、幕末エピソードが尽きない街。
山方面には歴史ある温泉宿が多数点在していた。
「うーん、ワサビ味? 伊勢海老味? こんなんで流星喜ぶのか?」
『雪之丞、早めに嫉妬深い上杉君の機嫌を取っておかないと、二学期に入ったら毎日説法を聞かさられるよ。それどころか護摩焚きで呪詛仕掛けられるかも……』
あいつならしかねない……。
俺は今、歴史ある港も見物せずお土産屋さんで葛藤していた。
何か名物でも買ってこないと親友二人に何を言われるか分からない。
そのお竜に何がいいかLINEで質問したらご覧の通り、電話通話に切り替わり今に至る。
状況説明を詳しく求められたので、乙環さんと遊びに行っていること以外は正直に話していた。
幸い乙環さんは街を散策しに行っているので別行動をとっている。
レトロな雰囲気が残る有名観光地だから幕末維新好きとか歴女には堪らない。
ただ、美人だからナンパされないか不安も残る。
本当は一緒にロープウェイに乗り高所恐怖症じゃないことを照明したかったのだが、肝心のものが動けず強風の為中止の案内。
次回利用出来る割り引き券を手渡される。
大室山のリフト移動もそうだが、海の街なんだから強風は日常茶飯事だ。
気にしても仕方なし。
『美味しそうなのお願いね』
「努力します」
『やる気感じないなー』
「そういえば聞くの忘れていたが、なんで臨時バイトをキャンセルしたんだ? 心配していたんだぜ」
「いやいや、普通心配しているなら事前に聞かない?」
「それだけお前を信頼しているんだよ。大事な幼馴染みさん」
『なら許す』
「で、何をやっているんだ?」
『部活動だよ』
「バスケの手伝いか……」
『それは終わったよん』
監督と主将からの依頼でお竜はバスケを退部したあとも仲間達に指導していた。
技術が世界レベルなのにそのまま放置は日本女子バスケ界の損失とのこと。
「それだと要領を得ないな」
『だいぶ前に話したじゃないのさ、演劇部の部長に誘われたって』
「ああ、確かに言っていたな」
『それで夏合宿に飛び込み参加している。役者が足りなくてどうしても参加してほしいって頼み込まれてさ』
「大丈夫か?」
「古株連中がいちゃもん付けてくるけどケセラセラだよ」
「もしかして文化祭でデビューもあり得るな」
『いやーどうなんだろう』
「頑張れよ。応援している」
『うん』
俺達学生の青春は一度きりだ。
だからこそ立ち止まっている暇はない。
転んだらまた立ち上がればいいこと。
バスケ引退後、お竜も一時期塞ぎ込んでいたが、何か出来ることはないか模索していた。
料理の腕は俺が幾ら指導しても一向に上手くならないが、その他は何でも卒なくこなすから問題ないだろう。
通話を終え、お土産をせんべいか饅頭かで大いに悩みなんとか済ませる。
古い木造と石造りが混在する珍しい街並を眺めながら待ち合わせ場所へ。
しかし姿は何処にもない。
時間に厳しい乙環さんが来ないということは迷子になった可能性もあり。
スマホにも出ないし、時間になっても中々来る気配がないから心配になり、駅前とか商店街通りとか隈なく探索した。
そんな中、
「いい加減にしろ! 人が黙って聞いていたら、なんで僕が知らない連中と行動共にしなければならない!」
道沿いに響く激昂。
早速乙環さんはチャラ男ぽいチーマー達に声をかけられている。
夏はナンパ野郎が湧き出て来るからと忠告した矢先だ。
あの人は自分がべらぼうに美人だということを自覚していないんだよな。
「なあ、あんた達、悪いがこの人は俺の連れなんだ。退いてくれないか?」
「神無月すまない」
「だから別行動はやめようって忠告したのに……」
乙環さんは慌てて俺の後ろへ隠れる。
毅然と振る舞っていたが震えていた。
よほど怖かったんだな。
「ねえねえ彼女は君の友達? この娘、ぼくちゃんに譲ってくれない? まじひと目ぼれなんだよね」「お仲間って感じだしいいでしょ?」「今度俺達のセフレ紹介するからさ。それともこれから一緒に楽しむ?」
こいつら精神状態がまともじゃねえな。
酒でも入っているのか?
「ふざけるな! 僕は物じゃないぞ!」
「すまねえな兄弟、この人を他人にくれてやる訳にはいかねえんだ。大事な女を傷付けたら流石に俺も命かけないといけないからな」
俺は親密を装い肩を回し頬へ数回キスする。
乙環さんは驚いていたが嫌がらなかった。
流石に状況を理解している様子。
別にこの程度の雑魚なら腕力で方を付けられるが、乙環さんとマスターに迷惑かけるのは、俺の望むところではないから暴力沙汰はなんとか回避したかった。
「ちっ! やっぱこのカノジョの男だったか」「時間の無駄だから、もういこうぜ」「駅前のカフェにもいい女がいたな」
ブツブツ悪態をつきながら本物のチャラ男達はなんとか去っていった。
「神無月ありがとう。助かったよ」
「いや、俺の方こそすまん。田舎だからと完全に油断していた。無理にでも付いていけばよかったぜ」
「だがしかし、人前でキスするのは抵抗あるからもうやめてほしいな。幾ら君の大事な女でもな」
「あ⁉ 危機的状況だったとはいえ、冷静に考えてみたらなんて大胆なことをやってしまったんだ俺は……」
我慢していたのか可笑しくなって笑う乙環さん。
俺達の関係が始まった頃もよく微笑んでいたけど最近のは別物だ。
あの頃は作り笑いだったんだと改めて実感する。
無論今の笑顔のほうが断然いい。
夜、俺達は宿へ戻ると、街の運営組合から今朝獲りたての鹿肉を差し入れてくれた。
明日のために英気を養うということで、草をたくさん食べて肥えた夏のジビエでBBQをたらふく堪能。
お竜と流星に罪悪感を感じつつもぼっちじゃ味わえない幸せを噛み締めた。




