33「キス二十三回目、サマーフェスティバルの誘(いざな)いそのニ」
「いや、お礼はいいよ。実は私も謝らないといけないことがあるんだ……」
「改まってどうした?」
「海のイベントでバイト頼まれたじゃん」
「あ、明後日忙しいけど頼むぜ」
「それなんだけど……」
「?」
「ごめん! 急な私用が入ってイベントの売り子出来なくなった」
「まじか⁉ それもっと早く行ってくれ」
今度はお竜が頭を下げる。
テーブルに頭を擦り付け、すんませーん! と手を合わせ拝み倒す。
毎年付き合いがある海岸組合の依頼を受けて大規模イベント限定だがマスター自らキッチンカーを駆り、腐ったりんご亭特製珈琲&スイーツを提供していた。
若い頃やんちゃしていたから頭が上がらないんだとか。
りんご亭サマーフェスティバル限定スイーツを目当てに海外からもファンがやってくるから手は抜けない。
だから困った。
「売り子がいないと捌ききれない?」
「見くびるなや、そんなもん朝飯前だ。だがよ、俺達硬派の強面野郎だけじゃ恐怖から客に通報されかねない。だから緩和剤で可愛い女子がどうしても不可欠なんだ」
「雪之丞本当にごめんね。可愛い私が来れなくて」
「調子に乗るな裏切り者」
カンに触ったので頭にチョップ。
「いたた! なら体力あるしバスケの後輩達誘ってみようか?」
「いや、売り子でもそれなりの経験ないと無理だ。お竜は海の家で短期バイト経験あるだろ?」
元々交友関係が皆無な俺に切れるカードは限られている。
だがしかし、マスター相手に大風呂敷を広げた以上、漢が下がる真似はしたくねえ。
うちのバイト仲間にお願いしてみるか? 気合い入っているやつが多いから殴られる覚悟あればあるいは……。
「じゃあ、鹿伏兎生徒会長はどう?」
「会長か……いやいや、まだバイト始めたばかりだし、灼熱地獄の滅茶苦茶ハードモードなんだぞ。とても依頼できん」
「私はいいのかよ!」
「お前が頑張りやでタフネスなのを誰よりも評価しているんだぜ相棒」
「全然うれしくないよん」
「しかしこのままじゃ埒があかないか……」
俺はダメ元で乙環さんへ連絡を取ってみる。
ビデオ通話にしろと指示を受けるとエプロン姿で登場。キッチンからだろうか、調理中のボールや生地らしきものが置いてあった。
『どうした神無月、人手が足りないのか?』
「それは大丈夫。大変だったけどなんとかなったぜ。乙環さんの偉大さを改めて思いしらされた」
『大げさだ』
「ケーキ作っていたのか?」
『ああ、マスターの技盗んだところ真似しているんだが、中々上手くいかないよ』
「あの人の研鑽半端ないからな。そんな容易に再現できたら有名店になってないぜ」
『確かに……。それで神無月、要件は? 昨日デートしたばかりだし僕の顔を見たかったわけではあるまいよ』
「乙環さん揶揄うな。あれはデ、デートじゃない。もっと大事な話だったろ?」
あれは恋愛相談であってデートではない。
それよりも幼馴染みの威圧が凄いのだが……。
『そうだな。しかしとても有意義だったからデートでもいいぞ』
「ああああ! 話が進まないから要件だけ伝えるぜ! 実はこの前話した海のイベントの話、お竜の代わりで悪いができないか? 給金も休日出勤扱いで多く出してもらえる。でも無理にとは言わない」
『随分急だ。まあ、僕は暇だから別にやってもいいぞ。マスターのサマフェス限定スイーツにも心惹かれるからな』
「すまない。たぶん一大イベントだから覚悟はしてくれ。俺もできるだけサポートして負担を軽くする」
これでなんとかなるか……。
折角の臨時休業に地獄へ付き合えって罪悪感あるな。
通話を切ろうとすると、「雪之丞待った! 鹿伏兎生徒会長ちょっとよろしいでしょうか?」俺をゴリラ並のパワーで押しのけ、立てかけてあるスマホにお竜が割り込む。
『お、竜石堂じゃないか。神無月と一緒だったんだな』
「この度は私のせいでごめんなさい。元々こっちが約束したことなのに……」
『構わないよ。君のことだ、余程のことがない限り約束をたがえることはない筈』
「買いかぶりすぎです」
「でも大丈夫ですかね? 暑い中の仕事だから相当体力は消耗しますよ。信頼されている私だから声をかけられたんです」
『ボランティアで慣れているから大船とはいかないがなんとかなるだろう。生徒会活動で神無月との連携も慣れたから心配はいらないさ』
「そうですか、安心しました……」
俺には散々悪態をつくお竜も乙環さんには礼儀ただしい。
だから何処か闇を感じるのは気のせいだ。
「ところで鹿伏兎生徒会長、経験者として確認があります」
『なにかな?』
「水着持ってますか?」
『一応あるが』
「いつ買ったやつですか?」
『学校のやつだ』
「明日新しい水着買いに行きましょう」
『別に大丈夫だろう?』
「いやいやダメです。学園の人間も行くと思います。生徒会長はもっと自分の立場を理解するべき。競技用水着やスク水なんかで給仕やったら白川桜華学園が笑いものになってしまいます」
『そこまでか?』
「はいそこまでです。女物なんで朴念仁の雪之丞一人じゃ心許ないから私もお供します」
『おしゃれ関係は疎いから心強いな。分かったよ、委細承知』
「鹿伏兎生徒会長、私にどーんと任せてください」
乙環さんは神無月でわなと投げキッスを俺めがけて贈る。
取り引き二十三回目。
お竜は面白くない顔をしていた。
「はぁ……」
「どうした?」
「べーつに! 随分仲がよろしいことで。しかも生徒会長を名前で呼んでいるし」
「ああ、仕事中は会長呼びを嫌がってな」
むくれているお竜へ何とか機嫌を取ろうとした矢先、突然の電話。
相手は親父だ。いやな予感しかしない。
もしもしーー




