23「キス十五回目。生徒会完全無欠の女帝、抑えていた感情の決壊そのニ」
☆★
「——いやーまいったまいった。まさか自分の感情が制御不能になるなんてな」
「さっきは焦ったぞ会長」
「もう大丈夫。神無月にみっともない姿をみせてしまった」
「いや、俺は何も目撃してない。それでいいだろ?」
「ありがとう。君は意外と人情家だな」
「気のせいだ、ただ関わりたくないだけ」
「いやとてもジェントルマンだよ」
「よせよ。そんなキャラじゃない」
俺は聞こえなかったが、ふふ、面白い奴だ。けして自分を売り込まないで、我を通す。
関われば関わるほどその優しさが僕をいつも癒やしてくれると小声で呟く。
俺達はゴミ拾いが終わり学園へ戻る。
今日の部活動は全て終了したのか、校内には誰もいない。
夕暮れで赤みを帯び金色へと包まれた生徒会室は嘘のように静かだ。
日中の蒸し暑さが残る室内、換気がてら開けた窓から流れてくる涼しい風が、カーテンと会長の長い髪をしなやかに揺らす。
「心地よい風だ。でもどうせならこんなくだらない雑念もタンポポの綿毛みたく綺麗に飛ばしてくれればいいのにな」
「あのさ、どんな形にしろ人を大切に想う感情はくだらなくはないぜ」
元々ただの空き教室なので室内は簡素だ。
生活感がないというか人の出入りは少ない。
会長の席だけ書類が山積みになっているのは、教師達の押し付けや役員が仕事をほぼ放棄しているから。
仕事量はブラック企業の会社員並みに多いのは如何なものだろうか。
それを今まで不満漏らさずこなしていたのだから女帝の名にふさわしい。
「そうだろうか? 親にも見捨てられた、運にも見放された、友人も離れていく、ほしいものは皆手に入らない。そんな僕の切なる望みを神様は知らんぷりしているんだぞ?」
「親?…………立ち入ったことを質問するぜ。前に会長のこと少しだけ流星から聞いた。黙秘したければそれでいい。何で長野の家に居候しているんだ?」
「僕の身の上話を聞きたいとは君も物好きだね…………いいだろう。本来なら怒るところだが神無月には色々と助けてもらった恩がある。それは————」
・真面目な父親がブラック企業とバイトの掛け持ち、働き詰めの果てうつ病になり飛び降り自殺。
・元から裏切っていた母親が不倫相手と再婚するも新しい父親に襲われ逃げるように家を出る。
・歩きやヒッチハイクで三百キロ離れた父方の老夫婦へ助けを求める。
・会長を保護後、怒髪天となった祖父が警察に通報後、裁判沙汰へ発展して母とは縁を金輪際切る。
・小学の修学旅行で留守にしている間、家が火事になり老夫婦が死去。
・再び一人になるが、暫くの間村の名士に預けられたあと、たまたま帰郷していた死んだ父の大親友、長野夫婦が身元引き受け人になってくれる。
・長野家に恩を返す為、家事全般をこなしながら厳しく学業に励む。
聞き終わったあと、会長が語った壮絶な過去に触れると言葉を失う。
予想の遥か上をいく会長が会長になるまで、あまりにも遠回りな長い道のりがあった。
これが不満漏らさず献身的に何でもやってる会長の原動力なのか……。
「………………」
「こんな僕に幸せになる資格はあるのか?」
「……あるさ。あるに決まっている。じゃなかったら、親父さんや爺ちゃん婆ちゃんが報われない。それに今の家族は会長を必要としてくれるんだろ?」
「そうだな……。その通りだ。そこが僕の大切な居場所。だから現状を守りたい」
「そしてそれが長野に対して甘々の原因か……」
俺が指摘すると申し訳なさそうに頭を掻く会長。
外野がとやかくいう問題じゃないけど、八方美人のあいつにその気持ちが届いているのか疑念は多々ある。
「この気持ちは家族愛かもしれない、歪んでいるかもしれない。しかし僕は彼方が好きだ。独占したいし、抱きしめたいんだ。だからその空間に誰にも入ってきてほしくない」
「そうか。うちも古い名家で苦しんでいたが、俺達は皆それぞれ悩みを抱えて生きているんだな」
「だからもう誰からも家族を奪われたくない。それが嘘偽りない僕の本心、ひとりぼっちは沢山だ」
「辛いこと語らせて悪かったな」
歪んでいるがもう、十分それは恋愛感情だぞ。
「いいさ、語ったら楽になるって教えてくれたろ? それに彼方には一生かかっても償いきれない……いや何でもない。どうやら話しすぎたようだ。今のは忘れてくれ」
「わかった」
会長はいつものように微笑むも何処か辛そうだ。
それにしても何を口走ろうとしていたんだ?
いや……、これ以上は踏み込まない方がお互いの為かな。
「しかしどうしたらいいんだろうか? 一人の女としてはもう彼方が他の女子と仲良くしている現場を見るに耐えられない。さりとて恋愛は自由だ、姉としては弟の幸せを願うのは当然のこと。僕は意外とわがままな女なんだな」
「なら話は簡単だぜ。今後心を乱さないように、ちゃんと向き合って長野との距離を縮めればいい。アドバンテージは圧倒的に幼馴染みが有利なんだ。これ以上ブラコン拗らせて悶々とするよりはましだろ?」
「それが出来たら苦労はしない。僕達は兄弟のように育ってきたんだ。真っ向勝負しても海に塩をばら撒くみたいなもの」
「それでもやらないと駄目だ。あいつも男、そのうち取り返しのつかないことになる」
しかし、もしお竜が妊娠したら俺は祝福出来るのだろうか?
そこまで深く考えたことなかったから割とヘコむぞ。
「でも……僕は」
「でもじゃない。冷静沈着な学園に君臨する女帝はどこに行った? 長野と恋人になるように俺も協力してやる」
「どうして? 君は全くのメリットがないぞ」
「かもしれない。でもなあ、全てを諦めた女の顔なんて見てられない。なんとかしてあげたいって思うのが男ってものだ」
「変わってるな」
「自覚してる」
「でも、僕は君に何もしてあげられないぞ」
「必要ない。ただの善意だ」
会長は暫し熟考した後、「よしなら新しい契約をしよう」満面の笑顔を浮かべる。
「は?」
「キスの契約を延長しよう」
「冗談じゃない。もう懲り懲りだ」
「だが僕はそれしかお礼する手段を持ち合わせてない」
「お礼はいらない。バイト仲間で同じ生徒会役員なんだ、それで十分だろ?」
いやいや、キスはもううんざりだ。
漸く明日で終わりを告げるのにどうして八月に延長しないとならない。
ここは断固として拒絶するべきだ。
「そういうわけにはいかないだろ。ならこうしよう、今まではキスだったかその上限を撤回して、何でもあり、回数を無制限でどうだろうか? 即ちやりたい放題」
「断固拒否」
「じゃあ決まりだな。これなら気兼ねなく君を巻き込む事ができる」
「人の話を聞いているのか? 嫌なもの嫌だぞ」
「何故だい? 今なら生徒会長のヴァージン貫き放題だ。なんならご主人様と呼んでもいい。だが、深夜の学園廊下で全裸で散歩は勘弁してくれ。お腹が冷える」
「まてまて、それじゃ最初に逆戻りだ! 無償でやってやる」
だが、どんなに拒否しても会長の決定が覆ることはなかった。
しかも、今度は勘違いじゃなく面白がってやっている節があり。
俺が慌てふためく様子に笑いを堪えている会長。
いつも大人びた女子が不意に覗かせる年相応のイタズラ好き少女がそこにいた。
不覚にも俺は可愛さでドキッとする。
この悪女め!




