20「キス十四回目、乙環姉さん最近嬉しそうだ、まるで蜜月関係の彼氏に思いを馳せている彼女のような……その一」(乙環サイド)
★☆
七月二十九日
七夕・梅雨・花火大会も越え、蝉時雨も本格的になり夏前半もあと僅か。
もう神無月と始めた接吻も十四回目を迎える。最初は考えも纏まらずどうなるかと不安だったが、始めてみたらあっという間だった。
「彼方もう十時だぞ。早く目を覚ませ」
「乙環姉さんあと五分。お願いだからもう少し寝かせてよ」
「昨日オフ会があるから絶対に起こしてくれって頼んだだろ?」
「そんな馬鹿ほざいた昨日の俺は今し方切腹した」
「明け方までネットゲームしているからそうなるんだ。もう少し自己管理したらどうだ?」
「それやったら姉さんの仕事がなくなるだろ? 永遠の長い夏休みで心配事がなくなり、縁台でぶぶ漬けかじりながらお茶を啜る姿は幼馴染みとして辛いものがある!」
「お前が独り立ちしてくれたら僕はそれで本望。安心してお嫁に行けるというものだ」
「それこそ妄想だよ。第一こんな乱暴なメスゴリラ、誰がもらってくれるんだ?」
相変わらず彼方は口の回転が速い。神無月は僕の弁舌が卓越していると評してくれたけど、十中八九こいつとの毎日のやり取りのせいだ。
矢継ぎ早に次から次へと話してくるから、油断するとあっという間に情報の津波へ飲まれてしまう。
そんな彼方を幾ら揺すっても反応が鈍い。
ベッドで丸まっていてまだ夢心地。
この出来が悪い弟分は相変わらずポンコツだ。
外面はいいのだが中身はこの有様。
強硬手段としてベッドから乱暴に引きずり降ろして、服を剥ぎ取り着替えさせる。
「おい、パンツはここで脱がなくていいぞ」
「姉さんのエッチ♡」
「アホ。お前の裸など毎日拝んでいるから毛ほどにも感じないわ」
「それはショック。乙環姉さんは理想の古典的ギャルゲーによる世話焼き系幼馴染みタイプなのに、中身はブードキャンプの鬼軍曹だからなぁ」
「ゲームに興味がないので、彼方が何を言っているのか相変わらずよくわからない」
「おっとり天然系幼馴染だったら隣で添い寝か、妹系幼馴染みだったら俺の上に乗ってお兄ちゃん起きてって名ゼリフいただいたのに現実はクソゲーだ!」
「たわけたことほざいてないでとっとと顔洗ってこい!」
へいへいと不出来な幼馴染みはボサボサの髪を掻きながら、夢遊病のように階段を下っていった。
その間に窓を開け手早く彼方の部屋を掃除する。
毎日掃除しているのだが、すぐに未開のジャングルと化す。
あいつは部屋を汚くする天才だ。
汚部屋名人の称号をやろう。
僕の朝は早い。
夜明け前には起床。
陽が上り始めスズメが囀り、カラスが甲高く鳴く中、軽く勉強こなし家族達の朝食を用意する。
掃除洗濯も同時進行、我ながら万全な体制だ。
中々家政婦並の働きだと自画自賛。
日常化して誰も称えてくれないのが寂しいものだが……。
昔から幼馴染みを甲斐合しく世話するのは生活の一部だったが、そんな僕にも大きな変化が訪れた。
彼方の大きな夢には大金が必要。
年齢詐称してまで始めた深夜バイトだったが、毎日長野夫婦にバレるかとハラハラする。
そんな時僕の前に現れたのがあの不良、神無月雪之丞という存在だ。
最初は風貌と噂を信じ危険極まりない悪だと認識していたが、実際はそんなことなくただのおせっかい焼きだと判明する。
ただ単に先走って僕が空回りしていただけというのが真相。
いち生徒が冤罪を訴えていたのに耳を貸さなかった僕は生徒会長失格だ。
どうしてすぐに察せなかったのだろうか?
少し冷静に紐解けば答えは自ずと解明する筈なのに、頭が鈍るほど切迫していたということかな。
「——いただきます」
「うまそう!」
広いリビングで朝食を彼方と共に食べる。
ダイニングテーブルにはサラダとハムエッグとサンドイッチを置いた。
おじさん達は朝食を終え早々と仕事へ向かったから既にいない。
着替えた彼方は課金ゲームをやりながらハムエッグへ食いつき、行儀悪い姿を晒している。
幾ら指導しても一向に直す気がないから、最近はあきらめて放ったらかしていた。
二人きりはもう慣れるも、たまには家族団欒で食事した方が彼方はきっと喜ぶだろう。
しかしこればかりは勤めなのでワガママを押し付けることはしたくない。
「彼方は夏休みだからとだらけきっているぞ。もっと自分をコントロールしないと二学期に泣くぞ」
「ごめんごめん、調子に乗っていた」
「もっと反省しろ」
「お説教は勘弁してよ。丹精込めて折角美味く作ってくれたサンドイッチの味が分からなくなる」
こいつには自責の念が足りない。
ヘラヘラして何処か他人事なのだ。
だから僕も厳しく叱責してしまう。
「彼方、ちゃんと宿題やっているのか? 昨年はそのせいでエライ目にあったの忘れるな。そのまま放置したら二の舞いだぞ」
「そういう姉さんこそ、最近どうなのさ?」
話を誤魔化された。
まだいい足りないのだが、あまり責めるとへそを曲げるのでここが潮時か。
「何がだ?」
「どこか嬉しそうな顔をしている」
「そうか?」
「うん。まるで蜜月関係の彼氏に思いを馳せている彼女のような……」
「ごほっ! ごほっ! 変な勘繰りするな。僕にそんな相手はいない! 多分、生徒会活動が楽しいからそれで顔にでていたんだ」
彼方が変なこと言うから僕は大いにむせる。
でも脳裏に一瞬神無月が浮かんだのは何なんだ?
「でも、生徒会忙しいんでしょ、色々大変だって聞いている。俺なら夏休み潰してまでやりたくないね」
「中々骨が折れる毎日だ。まあ三年生最後の仕事、悔いに残らないようにちゃんとやり遂げたい。なんだい、漸く彼方も手伝ってくれるのか?」
「冗談じゃない、俺は御免蒙るよ。そんなのやるぐらいならゲームやった方が何倍も後悔しない」
分かっていた、こういうやつだ。
彼方に奉仕活動は向いてない。
「だから最近姉さん帰ってくるの遅いのか?」
「ああ、そうだな。生徒会と勉強で身動きが取れない。ここでやってもいいんだが、外の方が気持ちが落ち着く」
「何それ、俺に対する嫌味? 流石に邪魔しないよ」
「そんなことは言ってないさ。彼方、今日も遅くなる。オカズは作り置きしてあるからレンジで温めてくれ」
「了解了解」
僕の可愛いダメな幼馴染は不満そうにゲームを始めた。




