14「キス九回目、会長もスイーツに心ときめかせている普通の女の子だ」
☆★
七月二十四日
『会長すまない、バイトの救援で今日はいけない』
『わかった。今日は生徒会休みにしているから気にしなくていい。キスの件は時間が空いたら連絡をくれ』
了解と打ち込む。
入店前に会長とLINEでやりとりした。
取り引き九回目。
なのだが今日は駅前カフェのバイト。
人手が足りないから急遽朝から仕事に入っていた。
モーニングの時間が中々手強かったけど、何とか力づくでねじ伏せる。
駅前表通りにあるので個人店ながら大型チェーン店と劣らずの賑わい。
なので客足も途絶えずそのままランチタイムへ突入、最後の一人がお会計を済ませたところで俺の力は抜け落ちた。
今まで仕事は夕方からだったから、モーニングとランチの戦慄を改めてこの身に刻む。
ところで生徒会は丁度今日、活動がない日で九死に一生を得た。
シカトしたら鹿伏兎会長がまた危険極まりないセミヌードを送信してくるに決まっている。
改めて合う約束を取り付けているので、心配なく珈琲の芳醇な薫りを満喫。
そんなバイト先の店名は『腐ったりんご亭』。
漢気を醸し出す中々かぶいているネーミング。
尊敬するマスターが硬派のため女性受けしそうもないが、スキンヘッドにサングラスとおっかねぇ顔にもよらず、自ら淹れた珈琲とりんごのタルトが絶品。
人気看板メニューとして世の乙女達を虜にしている。
もちろんうちの学園もお竜をはじめコアなファンがタルトに心を鷲掴み、マスター魂の一品に舌鼓を打つ。
そんなマスターに及第点をもらって今日は気分がいい。
いつもは失格とか零点とか酷い言われようだったからな。
会長のアドバイス通りスマイルを意識しなくなったら、一応客は帰らなくなった。
仏頂面なのはマイナスだが、人手が足りないからこんな俺でも何とか使ってくれている。
マスターが淹れる珈琲に憧れてバイトを頼み込んだんだ。
匠の技を盗むまで俺の飽くなき挑戦は続く。
などと無謀な夢を膨らませていると来店を報せるベルが鳴った。
接客業をマスターすべく俺は征く。
客は一人、静かにカウンターへ。
メガネを掛けた長い黒髪の女性客。
無表情でメニューを閲覧する。
「いらっしゃいませ、御来店ありがとうございます。メニューとお冷をどうぞ」
「神無月ご苦労様」
「え? 会長じゃん。メガネ掛けていたから気付かなかったぜ」
「ブレンド一つもらえるかな」
「かしこまりました。少々お待ちください」
「神無月だとシークレットサービスみたいだぞ」
会長はまじまじと観察。
喫茶店の制服だからたいしたもんじゃないけどな。
それにしてもびっくりする。
店へ遊びに来いよと招待したが真に受けるとは……。
「約束通り奢るよ。何でも頼んでくれ」
「お金ぐらい払う」
「会長のアドバイス通り愛想笑いやめたら客に逃げられなくなったんだ。だからこれはお礼」
「それはおめでとうでいいのか? でも悪いから気遣い無用」
「いいから、たまには俺に男らしいことをさせてくれ。いつも情けない姿ばかり晒しているからな。それに会長には是非とも食べてほしいスイーツもあるんだ」
「喫茶店のケーキ……」
相変わらず美人だ。
真面目なクール系文学少女がよく似合う。
まさに大和撫子。
「それは来てからのお楽しみだ」
「分かった分かった。それで君の気が済むのなら好きにすればいいさ」
「ありがてえ」
「それにしても神無月は様になってるね」
「バイト始めて一年以上経ってるからそれなりの仕事と作法は身に付けているつもりだ。いつもマスターに怒鳴られているけどな」
「厳しく指導してくれているということは神無月をそれだけ期待している表れだ。素直に喜んでいい」
「そうなのか……やる気出てきたぜ」
俺のこと大嫌いな筈なのにこうしてアドバイスをくれる。
優等生は胸もでかいが器もでかい。
そんな会長の服装は今日も帽子とシャツとデニムの短パン。
もち前とは柄が違う。
それに加えて眼鏡もしている。
顔が売れている生徒会長だからなプライベートでも色々とばれるとまずいんだろ。
——暫く後。
「お待たせしました、腐ったリンゴブレンドです」
「微妙なネーミング」
「かっこいいだろう」
「んん?」
会長は言葉を濁す。
この格好良さを理解できないとはまだまだだな。
「……ブレンド美味い」
「そうだろ。俺もこの味が忘れられなくて気が付いたら門戸を叩いていた」
「そしてこれが当店自慢、リンゴのタルトだ」
「美味しい……」
これはわざとでもある。
飲んだら酷いネーミングと美味さのギャップで仰天する。
マスターも趣味が悪い。
この店をやってる理由は良い意味でお客さんの驚いてる顔を見たいからだそうだ。
その為だけに味を追求したら名店と呼ばれるようになる。
会長の幸せそうな顔を見て満足したから、また仕事に戻ろうとしたら定時だった。
マスターの許可をもらいそのまま上がる。
「お嬢さん隣いいですか?」
「どうぞ」
珈琲とよく合うよう甘みを調整してあるリンゴタルトの魔力に、らんらんと目を輝かす生徒会長。
俺がカウンター席の隣に座るも、我を忘れて珈琲飲みながら舌づつみを打つ。
その幸せそうな会長をしばらく眺めていた。
見慣れてきたから何だろうか、普段真面目な面持ちの会長が不意に見せる乙女の顔も新鮮でいい。
「おかわりは?」
「大丈夫だ神無月。本当に美味しかった、ありがとう」
「どういたしまして、喜んでもらえてなにより」
「実は君にこれ返しにきた」
「これは俺のパーカー」
「助かったよ」
会長と同じ洗剤の匂いがする。
「もしかして今日このためだけに来たのか?」
「いや彼方と出かける予定だったんだ」
「だったんだ?」
「うん。また彼方にすっぽかされた。四時間待ったんだけど。あいつのことだから忘れている可能性大だ。せめてスマホには出てほしい」
「それは怒ってもいいところだぜ」
「注意しても無駄だ。もう諦めた」
その割には気にしてない様子。
日常化して麻痺しているんじゃないか?
あいつだいぶ甘えているな。
「どうする、まだ予定より早いけど今日の分やっておくか?」
「そうだね」
もう作業化した日課をこなす。
りんご亭を後にしてひと目のつかない場所へ移動中、また最悪な場面を目撃する。
長野がまた女連れで歩っていた。
しかも手を組みイチャイチャしている。
「おい、あれいいのか? 会長と出かける約束していたんだろ?」
「いいんだよ。優先順位があちらの方が上なんだろ?」
「居候しているから怒れないのだろうが、ちゃんと注意しないといつまで経っても扱いが悪いままだぞ」
「神無月が代わりに怒ってもしょうがない。僕もこれからキスしようとしているしね」
「それは理由があるから裏切りじゃないだろ?」
「彼方の為に悪漢へこの身を捧げているのに馬鹿らしいね。どんなに不満が溜まっていても、あいつの事が好きだから我慢できる。それにしても、何で君にこんなことを打ち明けているんだろうか? もしかして毎回キスしているから距離感がバグっているとか」
路地裏で九回目のキス。
今日はお腹に口付け。
タンクトップに頭を突っ込んだ絵面が実に滑稽だ。
何度も息を吹きかけられて身悶えする。
日頃から鍛えているけどこれだけは抗えなかった。
誰かに目撃されないかドキドキしながらことを済ます。
それにしても長野の件、何とか力になれないだろうか?
お節介かもしれないが元を辿れば会長と長野の関係が中途半端だからこうした事態を招く。
巻き込まれた身としては今後のことも視野に入れて早めに対策を打たないとならない。




