12「キス六〜七回目 君と僕が送る最後の夏が始まる」
☆★
七月二十一日
今日は終業式だ。
キスは六回目を迎える。
通例通り、長い校長の糞つまんない武勇伝で睡魔に襲われ、やる気ない牛若先生の夏休みマニュアル注意事項を船漕ぎながら中途半端に聞く。
で、予定では流星とお竜でだべりながらファーストフードでまったり過ごすつもりなのだが、例のごとく疫病神もとい鹿伏兎生徒会長が教室入り口にて陣取っていたから、抵抗せずおとなしくお縄になる。
その会長の態度がこの先何が起こるのか雄弁に物語っていた。
「会長、生徒会の参加は明日からだろ? 入れていた予定が狂うぞ」
「神無月甘い。他の生徒会メンバーとの顔合わせだ。幾ら僅かな間だろうと、仕事前に対話しないと意思疎通出来ないからな」
筋が通っているので言い返す言葉はなかった。
これは自己紹介しなければならないなとドキドキ。
俺って中身陰キャラだから結構人見知りだったりする。
下噛まないか心配だ。
生徒会室にノックして入室すると役員が数人、パソコン弄ったり書類整理したり、黙々と己の仕事をこなしている。
しかしどうみても歓迎ムードではない。
誰しも一瞥して無視する。
それどころか俺に警戒しているからなのか近付いても来ない。
噂が独り歩きしている代償なので仕方ないが寂しいものである。
なので友達できるかなと淡い期待をしていたが、そんなのは夢のまた夢と思い知った。
「みな注目してくれ。今年は夏休み期間や二学期の文化祭に向けて仕事が多く夏休みを削ることになった。僕の不徳、申し訳ない。そこで暫くの間僕達のサポート役として臨時庶務を迎える事になった。神無月、うちの生徒会メンバーに挨拶しろ」
「神無月雪之丞。庶務を担当することになったっす。雑用なら何でもこなすのでよろしく頼むっす」
しかし返事はない。
まるでいないかのように無視される。
予想通りだ。
学園で悪名高い俺がそう簡単に受け入れられるわけがない。
「君達さ、もう決まったことをいちいち反発しても仕方ないだろ? ならさっさと終わらせて本格的な夏休みに入ろう」
「駄目なら俺は抜けるぜ」
「僕が許すわけ無いだろ? 兎に角だ。神無月は臨時だが庶務として僕の手足になってもらう」
「大丈夫なのか?」
役員達は何も言わず出ていった。意外と人望ないな会長。
「学園の為というより、内申書をよく書いてもらいがたい為に活動に参加している連中だからな。もう僕の任期もあと僅かだ。言う事なんて聞かないさ。それでなくても夏休み返上で仕事しないとならないのだから。まあ、君みたいな問題児に関わりたくはないはずだから、逆にやりやすい」
こういう風にと、セミがうるさく鳴く中、会長はどさくさに紛れてシャツをまくり背中へそっと口付け。
暖かな鼻息が当たりちょっとばかりこそばゆい。
こうして手で掻こうとしても届かない丁度背骨の中間は、生涯一度あるかも分からない柔らかい唇の感触で幸せに包まれていた。
心の準備が全くできてないから驚く。
「会長、キスするならせめて一言声を掛けてくれ。不意打ちは心臓が飛び出るわ」
「それは失敬した」
「兎に角、どうせ期間限定の臨時雑用係だ。気楽にやらせてもらうぜ」
「神無月頼りにしているぞ」
何処まで本気なのか顔には一切出さない会長。
でも、生徒会役員達の態度からして使い潰しがきく大きな工場の捨て駒程度なんだろうな。
なら、せいぜい使い潰されないように気をつけるさ。
こうして俺と会長のくだらない茶番劇は周囲を巻き込んで第二幕へと移行する。
★☆
七月二十二日
夏休み初日。
取り引きは七回目を迎える。
夏休み、ああ夏休み夏休み。
松尾芭蕉ではないが、それしか言い表せないほど高校生最大のロングバケーション。
恋、部活動、バイト、引きこもり、今後の高校生活を左右する一大分岐点。
俺も友達と大いに遊び倒す……ことはせずバイト三昧の予定だ。
寂しいったらありゃしない。
親友である流星は実家であるお寺がかきいれ時、お竜は頼み込まれてバスケの指導に当たる。
流星はお竜に惚れているので何とかデートに誘うが脈はほぼ無い。
夢だった沢山の友達とボーリングやカラオケボックスはまだ先になりそうだ。
なのでダーツやビリヤードを軽くこなす社交系リア充にはまだほど遠い。
それか体育会系の部活でもいい。
大会に向けて合宿、毎日朝から夜まで練習漬けの日々。
ああ素晴らしい。
俺は昔の青春ドラマものに強い憧れを抱く。
汗と涙、友情・努力・勝利、これぞ青春だ。
友達欲しくて、どれだけ足でピアノの鍵盤を弾く練習をしたものか……。
結果は聞くなよ?
身体能力は認められるものの、残念ながら部活は治安が悪化する可能性があるからと俺は締め出された。
世知辛い世の中。
なので夏休みとは友人を作り、友情を育む過程としてとても大切なファクターなのだ。
——だからそんな限りある時間を費やし、「どうして夏休みなのに学校で無償の奉仕しなければならない?」俺は汗を掻きながらカマや熊手で学園裏の雑草と格闘していた。
放置している訳でもないのに意外と量が多い。
夏の草を舐めていた。
光合成で元気モリモリだもんよ、抜いても抜いてもキリがねぇ。
「うるさい文句言うな。用務員さん田舎に帰省中だから僕らでやるしかないんだ。第一君は鍛えているんだから、草むしりぐらいわけ無いだろ?」
「まじか」
「グダグダ文句たれてないで手を動かせ唐変木」
「ういー」
「ご褒美やる。キスと麦茶どっちがいい?」
「麦茶で」
「即答か」
こんな暑い中キスは御免こうむる。
それより冷たい麦茶ごくごく飲みたい。
文句挟みながらも俺と会長だけで黙々と作業を進めていた。
ちなみに他の生徒会メンバーは大人が参加しないことが分かると帰ってしまう。
こんな炎天下の中作業なんて出来ない。
非効率かもしれないが、夜は治安の理由で許可が降りなかったのでやもなしの決断だ。
うちの担任もダイエットになると参加していたが三十分でリタイア。
根性ねえな。
「この後バイト控えているからとっとと終わらすぜ」
「君はすぐ投げ出すと思っていたが不良のくせに意外と根性あるな」
「だから不良じゃないって。このぐらいなら奉仕活動でやったことあるのでわけがない」
「神無月がボランティア? 冗談言うな。君みたいなアウトローがやるわけないだろ」
「マジだって、田舎の限界集落とかでやったんだよ」
意外だがボランティア活動で草むしりは結構やってる。
こんななりだけど困ってる人がいるのなら助けてやるのが世の情けだ。
幸い遠くの方では俺の噂はないから怖がられることはない。
作業のあと仲間達で食べるおにぎりは格別の味だ。
しかしたった二人でやるには面積が多い。
本当に口ばかりで無責任な奴らばっかりだ。
だから生徒会長が意外と根性あるので驚いた。
ただ偉そうに命令するだけのやつかと思ったら有言実行。
自ら武器を取り陣頭指揮をとるタイプなのが分かる。
まあ、俺をここまで翻弄するんだ。
強い精神力の持ち主じゃないと務まらないか。
「すまん。会長のこと馬鹿にしていたかもしれない」
「なんだ藪から棒に」
「ただふんぞり返って威張ってるだけかと見くびっていた」
「自分が動かないと下がついていかないだろう?」
「その下は俺しかいないけどな」
「それは僕の不徳の至りだ。生徒会メンバーは学園側で決められたのでチームワークがいまいちないかもしれない」
道理で。
いかにも自分のことしか考えてない連中だったもんな。
俺だったら速攻でクビにしている。
——しばらく後、西へ日が傾く頃、校舎裏に草の山を築く。
終わった……。
結構時間食ったな。
「意外と量が多かった」
「神無月お疲れ様」
「会長もお疲れ」
「ありがとう」
流石に疲れたので俺は大の字になって横になる。
とうとう誰も来なかったな。俺達だけでやり遂げる。
俺のせいかもしれないから申し訳ない気持ちもある。
「それにしても皆薄情だな。酷くないか?」
「気にするな。こんなのはよくあることだ」
「よくあるって、会長はこんなこと一人で何度もやっていたのか?」
「まあどうでもいいだろ?」
誤魔化すように今日の分を受け取れと、周りに誰もいないことを確認。
靴と靴下を脱がし俺の足に接吻をする。
汗で蒸れると性感帯になるのでとても敏感だ。
息を吹きかけるだけで身震いしてしまう。
何ともインモラル。
「おい流石にばっちーぞ? 臭いだろ?」
「大丈夫だ、これはご褒美も兼ねている。男は足にキスすると喜ぶと聞いた」
「それは野郎が美少女の足にする場合だ」
「するか?」
「しない」
「よし、代わりに僕の靴下をあげよう」
ここぞと素早く渡してくるも、いるかと叩き返す。
足は確かに興奮した。
でもそれを口に出すとまたやりかねないので強く否定する。
逃げるようにとっとと身支度をすませ学園を後にした。
足は結構やばい。恥ずかしかったから顔面が火照っているな。
そんな俺の状態など気にせず、会長はLINEで僕の最後の夏が始まる。
明日もよろしくとスタンプが来る。
しかも屏風絵の武田信玄とはセンスがない。




