彼方サイド1「鹿伏兎乙環は自慢の姉」
十月未明
「もう行くからな。彼方、戸締まりよろしく頼む」
「分かった。しかし乙環姉さん最近張り切ってない?」
「スイーツ作りがとても面白いんだ。生地と対話しているみたいでな」
「確かにマジで美味しいもんな。プロのレシピはすげーや」
「おい、素直に僕が上達したと認めて良いんだぞ」
「はいはい、すごいすごい。乙環姉さんの師匠は偉大だ」
ふざけて褒めているが、マジでレベルアップしている。
三ヶ月前位はレシピ本通りでも微妙な味加減だったのに、今では自分のオリジナルレシピで新作を発案。
バイトのオーナーにも認められてどんどん商品化していた。
「あと彼方、昨日の残りでおかず作っておいたから温めて食べてくれ」
「えー、またレンジでチン……」
「仕方ないだろ。バイトが忙しくて暇がない。もういい歳なんだからそろそろ自立しろ」
「酷い! 鬼、悪魔」
「我慢してくれ、可愛い弟分の支援する為には仕方ないんだ」
「それ後ろ盾にされると立つ瀬がない……」
やりたい事やらせてもらっている手前、俺は首を縦に振るしかないのだ。
「今日も遅くなる。あまり夜ふかしするなよ」
「わかった。乙環姉さんも気をつけて」
「お前と違って日々精進しているんだ心配するな」
「油断は禁物だよ」
ま、危険になったら僕のヒーローが助けてくれるさと家を出た。
まてまて姉さん、俺は暴力沙汰苦手だよ。
最近、姉さんは何処かおかしい。
やたらファッションや化粧品にこだわり始めたからだ。
元々おしゃれに疎いわけではないけど、昔に比べると気合いが段違いに違う。
確かに客商売だから身だしなみを整えるのは至極当然だが、度を超えているというか、美容パックや口紅にまで手に出す始末。
それに毎日が楽しそうで、最近俺の私生活や活動が何もかも上手く行ってないから羨ましい。
もしかして、姉さんに男が出来たとか……まさかな。
あの堅物に限ってそれはない。
姉さんと仲の良い竜石堂さんに聞いても分からないと不機嫌そうに答える。
それで俺に冷たくなった訳でもないから問題ないけど、身近の人がいきなりイメチェンすると色々勘繰るもんだ。
ただ、深夜に帰ってくることもザラになったから心配だ。
いくらバイト先に教えを請う師匠がいるからって、そんなに徹夜してまで修行をやることなのか?
最近、姉さんはパティシエになりたいから大学受験をやめて料理学校に通いたいと突如告白して親達を驚かせる。
それもあのバイトに通いだしてからだ。
行ったことはないが、確かに店名はけったいだが日本でも凄い有名な喫茶店。
専門の焙煎機を備えた珈琲は絶品だそうな。
いや、俺だってプロのゲーマーを目指して日々精進しているんだ。
一杯迷惑かけたから姉さんの夢の応援するのは当然の義務。
でもなー。なんかもやもやする。
あの頃まではいつも通りだったんだけどな——
◇◆
七月十四日
「彼方、いい加減こんなところでゲームばかりやっていると先生に察知されるぞ。そうなったら僕でも庇いきれない」
「ごめん乙環姉さん。もう少ししたら切り上げるよ」
「まったく、これで成績落ちないのだから世の中不公平だ」
「要領がいいといってよ」
ふざけるな馬鹿者と頭にげんこつが落ちた。
我が姉へからかうのは命懸け。
俺の名前は長野彼方。どこでもいる白川桜華学園高等部二年の学生。
勉学普通、体力普通、生活態度も普通を押し通している。
友達は多め。
素晴らしき親もいるし頼りになる姉もいるから、取り敢えず不自由はしてない。
この単調な日常生活に充実感を感じる毎日だ。
放課後の生徒会室。
元々はただの空き教室なので何もないシンプルな場所。
俺は暇なとき椅子へ座りゲームに興じる。
この場所は生徒会役員もイベントで忙しい時以外、滅多に訪れないので誰にも邪魔されずゲームを楽しむことかできる。
なのでかなり重宝していた。
けれどもだ、一般人が簡単に入れる場所じゃない。
別段俺は執行メンバーじゃないからそれなりのコネがいる。
「大体いくら僕がいるからって私的利用していい場所じゃないんだからな」
「毎度力添えをいただき、この長野彼方、深く、深く感謝しておりまする姉上様」
鹿伏兎乙環。
白川桜華学園が頂点、カリスマ生徒会長として君臨している文武両道の女帝。
美人で格好良く全生徒から尊敬の念を抱かれている俺の姉でもある。
まあ、実際は親が引き取った友人の子供。
しかしガキより身近にいるせいで幼馴染みじゃなく兄弟の方が近い。
「はぁぁ、お前は全然反省してないだろ?」
「そんなことない。今回はするする。ところで乙環姉さん、また告白断ったんだって?」
「話をすり替えるな! ——というか情報早いな。さすがは学年一の陽キャラグループを率いるリーダーだ」
「まーね。しかし相手が学園一の不良でクズ野郎の神無月とは驚いたよ。仲間内もその噂で持ちきりさ」
神無月雪之丞。
学園史上最凶の問題児。
俺も努力怠っている日陰共に学年カースト一位とか勝ち組と揶揄されること多々あるが、あの神無月の悪名にはてんで敵わない。
なんせ筋金入りの魔王で、悪の限りを尽くすアウトローだ。
あいつに真っ向から太刀打ちできる猛者はうちの姉ぐらいではなかろうか。
「よくあのワルは学園側に一番親しい僕へ交際を申し込んで来た。籠絡させる魂胆がミエミエで恐怖を感じたぐらいさ」
「でも姉さん、あいつ悪い仲間たくさんいるし、家が金持ちで学園へ多大の寄付しているから教師達もいいなりなんだ。だから十分扱いには気をつけてよね」
「あいつは学園唯一の汚点だが、学園側に都合いい暴力装置でもあるからある程度目をつぶっているんだ。僕がその綱渡しで面識あるから気があると勘違いしたんだろうな」
「大方都合のいい女にしようとしたんでしょ。あのゴミグズ野郎は何度も捕まってるから犯罪なんて恐れないらしい。報復されないといいんだけれども……」
そうだなと姉さんは俺を後ろから抱きしめる。
全校生徒憧れの生徒会長に抱きしめられるなんて羨ましがるのだろうが、身内だし幼い頃からボディータッチは日常なので新鮮さはない。
それどころか後頭部が結構鍛えてある腹筋に当たるから痛いし、なまじ力があるから首とか肩が苦しい。
あと携帯ゲームの画面がぶれる……。
まあ、唯一のお気に入りはいつも使っているコロンだけ。
いい匂いだ。
「だがそれは心配するな。イザとなったら理事長に訴えて退学にしてやるさ。そのぐらいの権力は持っている」
「わお、流石は泣く子も黙る生徒会長、それは頼もしい限りですな」
「あ……忘れていた。彼方、またクッキー焼いたんだ。一緒に食べないか?」
「姉上ありがたくもらいます。相変わらず最高に美味い。パティシエにもなれるレベル」
「大袈裟だ。まだまだ素人レベルを抜けられない」
「いえいえ、あっしのようなゲームに逃げている親のスネかじりには勿体無いかぎり」
たわけたこと言うなと姉さんは紅茶とお菓子をテーブルへ置く。
下手の横好きで正直あまり美味しくないが、口が寂しかったので丁度いい。
ここで機嫌を損ねると後々面倒だから俺は心にもないことを並べ立てる。
くー! 俺はなんていい弟分なんだ。
——現在
このときは普通だった。
まだ違和感はない。




