第8話 アマテラスオープン!
コンサートの様子が新聞に掲載されたことによって、出資者が急速に集まった。
前世のような配当金を求める株主型の出資者もいれば、自分の仕立てた服を着て歌って欲しいという広告目的の出資者もいた。中には愛人目当ての出資者までいたらしい。
その辺りは両親とラウルモンドが厳しく精査してくれた。
おかげで、クリーンな出資だけで店を出せることになった。
◇
「開店おめでとうございます!」
胡蝶蘭の鉢植えを抱えて現れたのは、一番大口の出資者であるガブリエル・ランドンさんだった。この国で一番の大商会ランドン商会。貴族の肩書きを持つやり手の印象。
「あら、社長! ありがとうございますぅ。おかげさまで今日を迎えられました!」
アタシは満面の笑みで頭を下げる。
異世界初のカラオケバー『アマテラス』。
店内は、ブルックリンスタイルのレンガ壁にダークウッドを基調とした落ち着いた雰囲気だ。
中央には小さなステージ。
壁際にはボックス席。
そしてカウンター席。
カウンターの奥には、相変わらずラスボスみたいな存在感を放つカラオケ機材が鎮座している。
歌って、飲んで、語り合える店。
前世のアサコママ渾身の空間だった。
「それにしても活気がありますね」
ランドンが感心したように店内を見渡す。
「酒場でも小劇場でもない……実に新しい!」
「社長、ボトルはキープ制で別途チャージ料をいただいてますから、お好きな銘柄をお選びくださいね」
「ほう」
ガブリエル・ランドンの目が輝いた。
「このシステムも斬新だ!」
並べられた酒瓶を眺めながら頷く。
「明朗会計でありながら、客がまた来る理由にもなる」
「さすが社長! 分かってらっしゃる!」
「素晴らしい商売ですね」
褒められると悪い気はしない。
前世でも店を経営していた。
だからこそ分かる。
店は一度来てもらうだけでは駄目なのだ。
また来たい。
また会いたい。
そう思ってもらって初めて店になる。
「今日はサービスしちゃいますよ!」
「それは楽しみだ」
その時だった――。店の扉が開く。
新規のお客さんかと思った。
だが、入ってきた人物を見てアタシは目を丸くした。
「あら?」
そこにいたのは、リュークだった。
仕事帰りなのだろう、騎士団の制服姿のまま店へ入ってくる。
「リューク、どうしたの?」
「迎えに来た」
時計を確認する。開店直後だった。
「早くない?」
「そうか?」
リュークは当然のように答える。
そしてカウンターの一番端の席へ腰を下ろした。
「何を飲みますか?」
「ウーロン茶で」
「酒場で?」
「酒場で」
真顔で答えるリューク。
それを見ていたガブリエル・ランドンが小声で尋ねる。
「ジェーンさん。あちらの男性は?」
「うちの旦那様ですぅ」
(うーん、良い響き)
「迎えに来たとのことでしたが……」
ガブリエル・ランドンは首を傾げる。
「開店したばかりですよね?」
「そうなんですよ。まあ、新婚なので!」
(うーん、良い響き。二回目)
二人でリュークを見る。
リュークは静かにウーロン茶を飲んでいた。
完全に居座る気だった。
(やだぁ……)
アタシは感動した。
(カウンターの隅に座ってるママの男って、本当にいたのね……。水商売あるあるだわ)
前世で何度も見た光景だった。
仕事終わりにふらりと現れて、何時間も居続け、特に何をするわけでもなく、ママとは多くは喋らない。ただママの近くにいる男。
まさか異世界で体験出来るなんて……しかも、それが推し。
(あー生まれ変わって良かった!)
◇
開店から一時間も経たないうちに店内は満席になった。
新聞で見たという客。
コンサートを聞いた客。
純粋に新しい店が気になった客。
騎士団の人達も集まっている。
「歌って聞けるんですか?」
「もちろんよ」
アタシは胸を張った。
アタシはステージへ上がる。
円盤が回り始める。
演奏が流れる。
それだけで店内から歓声が上がった。
「楽団がいないぞ!」
「本当に演奏だけ流れている!」
「どういう仕組みなんだ!?」
客達はカラオケより先に機械へ群がっていた。
(うんうん。最初はそうなるわよね)
しかし、曲が始まると皆がこちらを注目する。
この機械を作ってくれたラウルモンドに感謝を込めて奥さんのアデルちゃんが好きと言っていた曲を歌う。
「ママー! もう一杯!」
「はーい!」
「ママー! リクエスト!」
「はいはーい!」
初日のアマテラスは大盛況だった。
歌あり、酒あり、料理あり。
しかし、課題も出た。
歌のリクエストはあるが歌うのはアタシだけ。
お客さんに勧めてみたけど、歌えないことが発覚。前世のカラオケって、みんなが知っている曲だったわ。
(ジェーンちゃん、痛恨のミス!)
様子を見ていたガブリエル・ランドンが言う。
「私の友人なら『これは曲不足じゃない、知名度不足だね』と言いそうですね」
(身内モノマネで言われても、伝わらないわよ、社長)
ガブリエル・ランドンがワインを揺らしながら店内を見渡した。
「皆さん、曲は気に入っているように見えます」
「そうね」
「ですが、覚えていません」
「あっ」
思わず声が出た。
そう、当たり前だった。
前世のカラオケは知っている曲を歌う場所だった。
学校や店で聞いた曲。
テレビで流れていた曲。
何度も耳にした流行の曲。
だから歌えたんだ。
でも、この世界では違う。ジェーンの歌は、まだ生まれたばかりだった。
◇
閉店時間が近づく。
アタシは最後の円盤をセットした。
穏やかな旋律が流れ始める。
「この曲は?」
ガブリエル・ランドンが尋ねる。
「店閉めますよっていう、お知らせのような音楽よ」
店の終了間際に流す「別れ」を連想させる曲として前世で広く親しまれてきた、歴史あるあの音楽。前世では誰もが知っていた。
店が終わる時間を知らせるだけではなく、今日の終わりを知らせる曲。
(やっぱり名曲って凄いわね)
だが同時に思う。まずは、この世界の人達に曲を覚えてもらわなきゃ。
(初日に大成功とはいかないわね……)
あとがき
アマテラス、無事オープンしました。
店は満席、カラオケは機能しなかったけど、バーカウンターの隅にママの男は初日から配属されています。
対象年齢は相変わらず迷子ですが、ゆりかごから墓場まで対応しております。
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