第7話 地獄のレコーディング
カラオケが完成したと連絡が届いたので、ルフェラン侯爵家に行った。
「ジェーンさん、ようこそ」
出迎えてくれたのは、ラウルではなかった。
「初めまして。ラウルの妻アデライトと申します。『アデル』と呼んで下さい」
(ラウルの奥さんって、ギャルじゃない?! しかも褐色! 強い! 真面目な男ほどギャルに弱い説あるのよね)
「ジェーンさんの歌、聞かせて頂きました。感動しましたわ!」
そう言って、青い瞳を輝かせる。
(撤回! この子、人類に優しい系ギャルだわ)
「ち……ちなみに、どこに感動したのかしら?」
(ファンの感想は大事よ)
「私は踊りも含めて、最初の曲が好きですの」
(ファン認定! 曲だけじゃなく振り付けも含めて評価するなんて、さすがギャルね)
「ジェーンさん、来ていたんですね」
二階からラウルモンドが降りてきた。
「ちょっと、ラウルー! アデルちゃん、いい子じゃない?」
そう言うと、ラウルモンドは照れくさそうに笑う。
その様子にアデルちゃんも嬉しそうだった。
(ごちそうさま)
◇
応接室の隣に案内された先には、大きな木箱のような装置が置かれていた。
「こちらです」
ラウルが誇らしげに言った。
「これがジェーンさんの依頼された装置になります」
アタシは思わず固まった。
「……デカい」
第一声がそれだった。
思っていたのと違う。
前世で見慣れていたカラオケ機械は黒い箱だった。だが、目の前のそれは違う。
レーザーディスクを重厚にした作り……高級タンスとピアノと金庫を合体させたような存在感だった。
「な……なんか強そうね」
「そうでしょうか?」
「うちの店に置いたら、絶対ラスボス扱いされるわ」
「ラスボス?」
(これを一人で運べって言われたら腰が終わるわ)
「歌を記録した円盤を内部で読み取り、演奏だけを再生する仕組みです」
「これ、おいくら? お高いんでしょう?」
思わず前世の通販番組のような口調になる。
「姉上からジェーンさんには協力するよう言われていますので」
ラウルはさらりと言った。
「……つまり?」
「無償提供です」
アタシは固まった。
「……タダ?」
「ええ」
「タダ?」
「はい」
「タダなの!?」
思わずラウルモンドの両手を握る。
「ラウル! あなた神様!?」
「いえ、違います」
「優しいギャルアデルちゃんも惚れるわ!」
「そ……そうでしょうか」
「アデルちゃん、いい旦那捕まえたわね!!」
「うふふ、ありがとうございます」
アタシは歓喜した。
店を経営していた経験上、新しい設備投資がどれだけ恐ろしいか知っている。
(それがリース代がかからない! 無料なんて最高!)
「それと、もう一つ」
ラウルモンドは機械の横に付いている箱を指差した。
「こちらは記録装置です」
「記録?」
「演奏を円盤へ保存できます」
アタシは目を見開いた。
「録音できるの!?」
「ええ」
ラウルモンドは少し得意げだった。
「保存可能数は百曲ほどになります」
そう言って反応を待つ。
技術者としては自信作だったのだろう。
だが――。
「そ……それだけ?」
「え?」
ラウルモンドは予想外の反応に固まった。
「百曲ですよ?」
「百曲かぁ……」
アタシは腕を組む。
あの曲も入れたい、この曲も入れたい、演歌も欲しい、アイドル曲も欲しい、失恋ソングも欲しい、応援ソングも欲しい、デュエット曲も欲しい……。
百曲では全然足りない!!
「足りませんか?」
「人類は欲望の塊よ。一曲望めば百曲なんてあっという間よ」
ラウルは意味が分からなかったので、説明を続ける。
「録音方法は?」
「こちらです」
案内された先には巨大な円盤が置かれていた。
「歌と演奏を直接記録します」
「へえ。シンプルなのね」
「途中で失敗すると最初からです」
「え?」
「雑音が入っても最初からです」
「え?」
「話し声が入ったら最初からです」
「昭和じゃないの!」
ラウルとアデルが首を傾げる。
「ショウワ……?」
「こっちの話よ!」
◇
カラオケの機材の運搬も地獄だったが、それより地獄だったのは録音だった。
アタシは両手を叩いた。
「みんな静かにして!」
その場にいたレオたん管弦楽団が背筋を伸ばす。
「今から曲を取るわよ!」
一曲一曲が命がけのレコーディングが始まった。
円盤がゆっくり回り始める。
レオたんが指揮棒を構える。
「録音開始」
ラウルの声と共に演奏が始まった。
美しい旋律。
完璧な演奏。
アタシも気持ちよくガイドメロディを歌い始める。
その時だった。
「カタン……」
譜面台に足先が触れた音が入る。
演奏が止まる。
アタシも止まる。
ラウルが録音を止める。
「……今の誰?」
演奏者が青ざめていた。
「ご、ごめんなさい!」
「最初からです」
ラウルモンドが真顔で言った。
「うそでしょ!?」
◇
二回目――。
演奏開始。
今度こそ順調だった。
歌も絶好調。
サビに入る。
その瞬間。
誰かが拍手した。
「感動しました!」
窓から見ていた客が泣いている。
演奏停止。
「最初からです」
「嘘ぉぉぉぉ!」
◇
三回目――。
全員が無言。
息を潜めている。
もはや戦場だった。
そして曲が終わる。
(やった!)
そう思った瞬間だった。
「ジェーン! ジェーンはいるの!?」
廊下の向こうから聞き慣れた声が響いた。
アタシの顔が引きつる。
「げっ、ママ!?」
次の瞬間、勢いよく扉が開いた。
「やっぱりここにいたのね! お茶会の返事出してって言ったでしょう!」
演奏が止まる。
アタシも止まる。
ラウルモンドも止まる。
全員止まる。
「……ママ、今録音中なんだけど」
「録音? それよりお茶会の返事よ! ちゃんと聞かせてちょうだい!」
(親フラって、嘘でしょ?)
「最初からです」
ラウルモンドが真顔で言った。
「もう嫌ぁぁぁぁぁ!!」
夕方――。
ようやく一曲目の録音が終わった。
全員が机に突っ伏している。
「あと何曲ですか……」
楽団員が死んだ目で聞いた。
アタシは引きつる笑顔で答えた。
「とりあえず二十曲くらい?」
その瞬間――。
何人かが天を仰いだ。
◇
もちろん、一日で終わるはずもなかった。
翌日も、その翌日も録音作業は続いた。
だんだん人気と物音が少ない夜に集合するようになった。
全員軽装、身なりより無音を重視した結果、パジャマみたいな格好で集まる。
扉には『録音中・立入禁止』の札まで掛けた。
それでも、ミスがあったら止めて、やり直しを繰り返される。
そして、ようやく全曲が終わる。
その瞬間、みんなで抱き合い、嗚咽をもらして泣いた。
この美しい青春の一頁の出来事が、後にルフェラン領で語られる『白装束の泣き声』という怪談の元と言われている。
あとがき
地獄のレコーディングでした。
色々調べながら書いているうちに、この作品の対象年齢迷子になりました。
ちなみに恋蜜の対象年齢は、ゆりかごから墓場までです。
いつも読んで頂きありがとうございます。
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