第3話 アマテラスフォレスト店、開店準備中
リュークは真面目な男だった。
トライヴァル家へ入った今も、それは変わらない。
ゲームをプレイしていた時から思っていたけれど、実際に話してみると想像以上だった。
「アサハルト家の次男として生まれた時から、俺はトライヴァル家へ婿入りする予定だった」
リュークは淡々と言う。
名門二大騎士一族。本家同士の婚姻という政略のために、リュークは生きてきた。
そんな話、【恋蜜】プレイ途中だったアタシは知らなかった。
(生まれた時から人生決められてるとか、重たすぎない?)
胸が少し痛くなる。
親の顔色を見て、カミングアウトできなかった頃を思い出した。
嫌われたくなくて、期待を裏切りたくなくて、『普通』のふりをしていた頃。
だから、リュークの気持ちは少し分かる。
「ねぇ、リューク」
「なんだ?」
「今からやりたいことってないの?」
リュークが目を瞬かせた。
「やりたいこと?」
「アタシ達、一応夫婦みたいだから浮気は困るけど、役目はもう果たしたんでしょ? だったら、今まで出来なかったことくらいやってもよくない?」
リュークは少し黙り込む。
「……今は難しい」
「どうしてよ?」
「一年前の戦争で、国は勝った。だが、混乱が残っている地域はまだ多い」
低い声だった。
「後遺症が残った仲間もいる。中には家族を失った者も……」
その目を見て、アタシは理解した。
この男、真面目すぎる。
責任感で出来てる。
(あー……ダメね。こういう男にアタシ弱いのよ)
前世でも、そういう人達が最後に来るのが、アタシの店だった。
酒を飲んで。
愚痴って。
泣いて。
カラオケを歌って。
ちょっと元気になって帰る。
だったら……。
(この世界にも、そういう場所が必要じゃない?)
アタシの脳裏に、ネオン街の景色が浮かぶ。煌びやかな照明にヤニ汚れの壁紙、ボトルキープ棚に並ぶ名札の掛けられた酒瓶。騒ぐ客。
そこは――『アマテラス』。
(……作っちゃう?)
アタシは勢いよく立ち上がった。
「アマテラスフォレスト店、開店よ!」
「……は?」
リュークが完全に止まる。
◇
「……という訳で、お店をやりたいの」
トライヴァル伯爵夫妻は揃って固まった。
「店……?」
「ええ!」
アタシは勢いよく頷く。
「疲れた人が笑って飲める場所! 癒やし! 娯楽! 推し活! 人生には必要なのよ!」
ジェーンの父は困惑し、母――アンリは目を丸くしていた。
「ですが、ジェーン。貴女はもう騎士ではないのですよ? 何もしないで妻として……」
「それよ」
アタシは机を叩く。
「今まで騎士として頑張ってきた娘に、婿が来たから後は妻でいろって、それはジェーンもグレるでしょ」
二人が黙る。
「子供って、親の駒じゃないのよ」
アンリが小さく息を呑んだ。
……図星だったらしい。
二人には悪いけど、今はアタシがジェーンだ。あなた達の娘を演じる義理はない。
だったら、やりたいことくらいやってやるわよ!
(よーし、異世界ゲイバー経営スタート――)
「……と思っていた時もありました」
現実は甘くなかった。
ジェーンの個人資産。ほぼゼロ。
綺麗に空だった。禁忌の恋へ全財産突っ込んだらしい。
(いや気持ちは分かるわよ!? 命懸けの逃避行ってお金かかるもの!)
でも店はお金がないと始められない。
必要なのは……資金。スポンサー。つまり、太客。
アタシはゆっくり顔を上げた。
目の前には、名門騎士一族の奥方。
つまり、金持ち。
「ねぇ、ママ〜♡」
アンリが固まった。
「……え?」
「ジェーンの母親なら、今のアタシのママってことでしょ?」
アンリの目が揺れる。
「……そういうことになるわね」
声が少し震えていた。
「ごめんなさい。あの子から、そう呼ばれたことがなかったから……戸惑ってしまって」
アタシは少しだけ黙る。
「別の呼び方にする?」
アンリは静かに首を振った。
「いいえ。今はあなたが、私達の娘だもの」
その言葉に、胸の奥が少しだけ温かくなった。
太客の友達は、また太客。
アンリママの紹介で、エリカ王妃との面会をお願いした。
◇
「……で、アタシ思ったわけ。この国に必要なのは、このアタシだって」
エリカ王妃は、愛想笑いを浮かべている。王妃付き宮廷作家スタール男爵夫人は、隣で目が死んでいる。
「この世界に呼ばれた以上、『アマテラスフォレスト店』をやれっていう神様の啓示よ」
◇
後日――。
アタシは、エリカ王妃の紹介で王妃の弟であるラウルモンド・ルフェランに会いに来ていた。
ラウルモンド・ルフェランは、【恋蜜】ではドレアス家へ養子入りし、ラウルモンド・ドレアスとして登場する攻略対象だ。
ゲームでは、養父に搾取され続ける不遇なキャラで、長い髪を束ね、眼鏡をかけた知的イケメンだった。
(実は、ラウルモンド先生……二番目に好きだったのよね)
けれど、実際に現れた男を見てアタシは固まる。
「姉上から話は聞いております」
柔らかな声。
ラウルモンドは、ゲームと違って眼鏡を掛けていなかった。エリカ王妃が「ラウルモンドは先生ではなく、領主よ」って言ってたわね。
優しい口調はゲームの時と変わらないけど、自信に満ちた『大人の男』になっていた。
整った顔立ち。余裕のある微笑み。仕立ての良い服を着こなす長身。
(アタシ、こういうタイプにも弱いのよね)
リュークが寡黙筋肉系なら、こっちは包容力系。
危険。非常に危険だわ。
「ジェーン様?」
「……ハッ!」
いけない。顔が良すぎて意識が飛んでいた。
(おおっと、今は人妻! 仕事、仕事)
アタシは慌てて背筋を伸ばした。
ラウルモンドは苦笑しながら資料を机へ広げる。
「こちらが候補物件です」
説明は分かりやすかった。
立地。周辺治安。予算。
さすが領主様、出来る男ね。
箱の広さは問題ない。問題は――
「木のテーブルに、木の椅子って……」
アタシは眉をひそめた。
「回転率重視の食堂じゃないのよ!」
「……と言いますと?」
ラウルモンドが興味深そうに首を傾げる。
「長居したくなる空間じゃないとダメなの」
アタシの脳裏に浮かぶのは、前世の『アマテラス』。
薄暗い照明に、ヤニ汚れの壁紙。ボトルキープ棚。酔っ払いの笑い声。
傷を抱えた人達を、明日へ送り出せる場所。
「ソファーは、大人数でも座れる角椅子があるタイプがいいわ」
アタシは身振りを交えて説明する。
「カウンター席は絶対必要。あと、照明は少し暗め」
「ほう……」
「それから、バーカウンターの横にはステージが欲しいわね」
「ステージ?」
「カラオケ用の」
ラウルモンドが瞬きをする。
「から……おけ……?」
その反応で理解した。
(この世界、カラオケないの!?)
(そんなのアマテラスの歌姫と呼ばれたアタシの良さが半減しちゃうじゃない!)
「カラオケっていうのはね、伴奏だけ流して、それに合わせて歌うの」
「伴奏だけ……?」
「そうよ! 歌いたい人が好きに歌うの!」
ラウルモンドは少し考え込み、やがて静かに笑った。
「……面白い」
「でしょー!?」
「戦後の娯楽不足には、ちょうどいいかもしれません」
その言葉でアタシは強く確信した。やっぱり、アタシは呼ばれたんだわ。
傷付いた人達が、ほんのひとときでも心を癒せる場所。
それが、――『アマテラスフォレスト店』よ!
異世界一号店、開幕である。
あとがき
本日は新作お披露目として、三話同日公開させて頂きました。
通常は毎週金曜日20時更新予定です。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
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