第13話 歌姫の肖像
『騎士達の休息日』の様子は、街頭音楽機を通じて国中に一斉放送された。
あの日、広場にいなかった人々の元にも、アタシの歌声は届いていたらしい。
もちろん、騎士達の休息日が何かを解決したわけじゃない。
戦争が正しかったのか、間違っていたのか。その答えはまだ出ていない。
でも、あの歌は、答えが出るまでの間、人々が前を向くための小さな足がかりになったようだった。
「『戦争で家族を失ったが、あの歌を聞いて、もう一度生きてみようと思えた』……」
新聞に載った投書を、アタシは何度も読み返した。
(前を向けたのね、よかったわ……)
そう思う一方で、最近、ちょっとした異変も起きていた。
◇
「ジェーン様!」
街を歩いていると、知らない人に声をかけられることが増えた。
「あの歌、何度も聞きました!」
「サインください!」
「ジェーン様の絵姿、買ったんです!」
「絵姿……?」
アタシは目を瞬かせる。
手渡されたのは、一枚の絵だった。
描かれているのは――アタシだった。
「えっ、これ、いつの間に……」
「露店で売ってましたよ! 結構な人気です!」
(待って、アタシの肖像権どこ行ったの!?前世の著作権を無視している、アタシが言える立場じゃないけど、許可してないわよ)
とはいえ、悪意があるわけじゃない。
むしろ、純粋な人気の高まりとして喜ぶべきことなのだろう。
「ジェーン様って、本当に歌姫って呼ばれてるんですね」
ファンの一人がそう言って、嬉しそうに絵姿を抱えて去っていった。
(歌姫……アイドル……。悪くないわ)
前世の子供の頃の夢が叶った気分だった。
◇
「……ジェーンの絵姿が、街で売られている」
帰宅したリュークが、夕食の席でぽつりと言った。
「あら、知ってたの?」
「知らないわけがない。同僚が買ってきて、嬉しそうに俺に見せてきたんだ」
リュークの表情は、複雑そうだった。
「ジェーンが、たくさんの人を救った。それは、本当に誇らしいことだと思っている」
「うん」
「だが……」
リュークは、フォークを置いた。
「路上で、知らない男達が、お前の絵姿を見て『可愛い』だの『理想の女性だ』だの話している。それを聞くと、何というか……」
「やだ、リューク、嫉妬してるの?」
アタシは思わずニヤけてしまう。
「……っ。嫉妬じゃない!」
「嫉妬じゃないなら、何?」
「……お、夫としての責務だ」
リュークは、顔をそらした。
「お前が誇らしい! だが、俺の妻だ!」
(あー、これは正真正銘の嫉妬ね。イケメンの嫉妬、悪くないわ)
「リューク、それは"嫉妬"よ」
「嫉妬……」
リュークは、その言葉を噛み締めるように繰り返した。
「俺はジェーンに対して、そんな気持ちを持つ訳……」
「持って当然よ。アタシ、あなたの奥さんだもの」
「妻と言っても形ばかりで、初夜も……」
自分が言った言葉に、リュークの顔がほんの少し赤くなる。
「まあ、リューク!」
リュークは、静かに俯いた。
「……きょ、今日はもう寝る!」
そう言って、リュークは足早にその場を後にした。
◇
翌日――。
ラウルモンドからの手紙が届いた。
『街頭音楽機の利用拡大について、ご相談したいことがあります。あと、ジェーンさんの絵姿の売買が予想以上に広まっているので、肖像権に関する取り決めも考えませんか?』
「肖像権……この世界にあったのね!」
(前世の著作権については……墓場まで持っていくしかないわね)
けれど、この手紙がきっかけで、アタシはもう一つの"権利"を知ることになる。
まだ、この時のアタシは知らなかった。歌だけではなく、人の"名前"や"顔"まで財産になる時代が始まろうとしていた。
◇
肖像権の話が出てから数日後――。
ラウルモンドの提案で、アマテラスに「公式絵師」制度を設けることになった。
「無断で描かれた絵姿を完全に取り締まるのは難しいですが、"公式"を作れば、悪質な業者との差別化ができます」
ラウルモンドの説明に、アタシは頷いた。
「つまり、ちゃんとした絵師さんに正式にお願いして、その絵だけを"本物"として売る、ってことね」
「その通りです。何人か、候補を選んでおきました」
候補の中から選ばれたのは、若い男だった。
「エミール・ヴァイス、と申します」
神経質そうな目つきと、丁寧すぎる所作。
彼は、深々と頭を下げた。
「ジェーン様の歌、何度も聞きに行きました。あの歌声を絵にできるなんて、光栄です!」
「光栄だなんて、こちらこそお願いするわ。よろしくね」
アタシは、気軽に握手を求めた。
「……はい」
エミール・ヴァイスは自分の手を服で拭い、アタシの手を包み込むように握った。
(ちょっと熱量高いけど、まあ、ファンの子なら普通よね)
アタシは、特に気にしなかった。
前世でも、推しへの熱量が強いお客さんはたくさん見てきたから。
◇
最初に完成した絵は、本当に素晴らしかった。
「ジェーン様の魅力が、よく伝わりますね」
ガブリエルも、感心したように頷く。
ステージで歌う姿。
お弁当を作る姿。
店で笑う姿。
どれも生き生きとしていて、アタシ自身よりアタシらしく見えるほどだった。
「エミールさん、本当に上手ね!」
「……ありがとうございます」
彼は、照れたように笑った。
その笑顔は、純粋に絵を描くことが好きな青年そのものだった。
◇
数日後――。
「最近、おかしな噂を聞いた」
夕食の席で、リュークが静かに切り出した。
「噂?」
「お前を描いている画家が、他の画家に敵対しているらしい」
「敵対?」
「『私だけがジェーン様の本当の姿を描ける』、『他の絵は偽物だ』と言って回っているそうだ」
アタシは思わず顔を上げる。
「そこまで言ってるの?」
「噂ならいい。だが、少し気になってな」
リュークは静かに続けた。
「しばらく気を付けろ」
「……うん」
この時は、熱心な芸術家特有のこだわりなのだろうと思っていた。
まさか、それが後にアタシ自身を巻き込むことになるなんて、夢にも思っていなかった。




