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人の恋は蜜の味 after~ゲイバーママは推し騎士に愛されたい~  作者: めそこここ


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第12話 騎士達の休息日~ナイトレスト~

 犯人逮捕から数日後、王都新聞にもう一つの記事が載った。


『先の戦争、敵国宰相の人格変容が原因か――両国合同調査へ』


 朝食の席で、アタシはその記事を黙って見つめた。


 記事によれば、戦争を起こした敵国の宰相は、ある時期から急激に過激な思想を口にするようになっていたという。


 外交を重視していた穏健派の人物が、突然、徹底抗戦と侵略を主張し始めた。

 当時は「変わってしまった」と国内でも噂されていたらしいが――その正体は、魂を入れ替えられた"別人"だった。


「……つまり、本物の宰相は、もうずっと前に消えていたのね」


 禁忌魔法の犠牲者は、この国だけではなかった。

 敵国の宰相という地位に、過激な思想を持つ何者かの魂が入り込み、その結果として戦争が引き起こされた。


 その事実は、両国で大きな波紋を呼んだ。



 ◇



「俺達が殺した敵兵は、本当に"敵"だったのか……?」


「命令に従って戦った。それが、誰かに利用された結果だったなんて……」


「あの国の兵士達も、忠誠心を疑わずに戦っていたんだろう。俺達と同じだったんだ」


 騎士団の間で、そんな声が漏れていると、リュークから聞いた。


 直接顔を合わせなくても、彼の表情を見ればすぐに分かった。


「リューク……」


 差し入れを持って訪ねたアタシに、リュークは弱々しく笑った。


「……すまない、今日はあまり食欲がない」


 茶色いお弁当に、いつもなら「茶色いな」と返してくる彼が、何も言わない。


「正義だと思って、剣を振っていた」


 リュークは、ぽつりと言った。


「敵国の兵士にも、家族がいた。守りたいものがあった。それが、誰かに仕組まれた憎悪に従わされていただけだったとしたら……俺達が殺した相手は……」


「リューク……」


「分からないんだ。あの時の自分が、正しかったのか……」


 その声は、これまで聞いたことのないほど小さかった。


 騎士団の中には、リュークと同じように沈んでいる者が多いという。


 戦友を失った者――。

 後遺症を抱えた者――。

 家族を失った者――。


 敵兵もまた、自分達と同じように、忠誠心を疑わずに命令へ従った犠牲者だったのかもしれない。

 そう考えた瞬間、これまで支えにしてきた「正義のための戦いだった」という前提が、静かに崩れていった。


(前世でも、似たようなことがあったわ)


 会社のために、家族のために、頑張ってきたことが、ある日突然「無駄だった」と言われたら。

 頑張ってきた自分自身を、どう保てばいいのか分からなくなる。

 お客さんが、何度もそんな話をしに来た店だった。


 こういう時、自分の力で答えに辿り着くしかない。周りは否定も肯定も出来ない。


 アタシは、お弁当箱を見つめながら考えた。


 信じていた正義を取り戻すことは、誰にもできない。

 でも――何かしてあげたい。



 ◇



 翌日、テオドア・ハーデンとガブリエル・ランドンがアマテラスを訪れた。


 開店間近の店内で、二人は静かに席に着いた。


「お酒は、まだ早いかしら?」


「いや、頼む……今日は、ロックで」


 テオドアは、らしくない様子で答えた。

 いつもの真っ直ぐな自信が、今日は見えない。


「もっと、我々が情報をしっかり調べていれば……戦争は防げたのかもしれない」


 ガブリエルが、静かに呟いた。


「私達は、ずっと"正しい戦争"として処理してきた。だが、敵国の異変にも、もっと早く気付けたはずだ」


「テオドア……」


 テオドアは、グラスを見つめたまま続けた。


「私は、騎士団に命令を出した側だ。彼らを戦場へ送り出したのは、私だ」


 その声には、これまで見せたことのない重さがあった。


「あの命令は正しかったのか。今は、それすら分からない」


 アタシは、二人の顔を見た。

 いつも軽快に話す二人が、今日はどこか痛みを抱えているように見えた。


(リューク達騎士団だけじゃない。みんな、疲れ傷ついているのね)


「ねぇ、テオドア」


「何だ?」


「アタシ、『騎士達の休息日《ナイトレスト》』っていうお祭りをやりたいの」


 テオドアが顔を上げる。


「お祭り?」


「戦った人達を、ただ労う日。正しさの答えが出るまで、自分を責め続けなくてもいいって、伝えたいの」


 テオドアは、しばらく黙っていた。


「……私も、参加していいだろうか?」


「もちろんよ! みんなで作りましょう」


 アタシは、力強く頷いた。


「あなたも、ずっと一人で抱えてたんでしょ?」


 テオドアは、何も答えなかった。

 ただ、その目が僅かに緩んだ。


「この歌う人妻ジェーンちゃんが、労いの歌を歌うわ!」


 ガブリエルが、ふっと微笑む。


「では、街頭音楽機も使いましょう。当日は、町中にジェーンさんの歌声を流すのはいかがでしょう?」


「いいわね! コンサートに来れない人にも歌が届けられる」


 アタシは、即答した。



 ◇



 今日もリュークは迎えに来てくれた。

 帰りの馬車で『騎士達の休息日《ナイトレスト》』の話をする。


「ねぇ、リューク」


「……何だ?」


「アタシ、お祭りやろうと思うの」


 リュークが目を瞬かせた。


「祭り?」


「そうよ。『騎士達の休息日《ナイトレスト》』」


 アタシは身を乗り出す。


「……何だ、それは?」


「騎士団のみんなを労う祭りよ。戦った人達、傷ついた人達に、ただ休んでもらう日」


 リュークは戸惑った顔をした。


「今、祝うような気分にはなれないと思うが……」


「祝うんじゃないわ、労うのよ」


 アタシは、きっぱり言った。

 その違いに、リュークが少し驚いたような顔をする。


「戦ったことが正しかったかどうか、今すぐ答えは出ないわ。でも、戦ったこと自体は事実よ。傷ついたことも、家族を守ろうとしたことも、なくならない」


 アタシは、リュークの手をそっと取った。


「だから、まずは休んでほしいの……。正しさの答えが出るまで、ずっと自分を責め続けるんじゃなくて……」


 リュークは、しばらく何も言わなかった。

 アタシは、続けた。


「自分のしたことが正しかったのか分からなくて、苦しんでいる人。そういう人に、アタシが言えることは一つだけ……」


「何なんだ?」


「『よく頑張ったね』。それだけ」


 リュークの目が、僅かに揺れた。


「正しさの答えは、誰にも分からない。でも、頑張ったことだけは、誰にも否定できないわ」



 ◇



 数週間後――。


 ルフェラン領の広場に、灯りが並んだ。


『騎士達の休息日 ナイトレスト』


 看板の下には、長机に並んだ料理。

 唐揚げ、焼きうどん、ガーリック枝豆――いつもの茶色いメニューに、騎士団員達の顔が綻ぶ。


「あれ、ジェーン様の差し入れ食べたやつだ!」


「食べ放題なんですか!?」


「もちろんよ! 今日は、みんなが主役よ!」


 アタシはステージに上がった。

 ステージには、レオたん指揮の管弦楽団。


 会場の隅には、テオドアとガブリエルの姿もあった。


 演奏が始まる――。


 街頭音楽機からも、同じ旋律が町中へ流れ始めた。


 会場は静まり返る。


 レオたんの指揮で、静かな旋律が流れ始める。

 アタシは、マイク代わりの拡声器を握り、ゆっくり歌い始めた。


 激しい戦いを歌う曲ではない。


 まるで母親が我が子を寝かしつけるような、優しく包み込む旋律。

 アタシは一人ひとりに語りかけるように歌った。


「……」


 会場は静まり返っていた。

 俯いていた騎士が、そっと目元を拭う。

 戦友を失った男も、片腕を失った男も、ただ黙って耳を傾けていた。


 誰も拍手を忘れていた。

 曲が終わり、長い静寂のあと、一人が拍手をした。

 やがて、その音は広場いっぱいに広がっていく。


 涙を流すための時間は終わった。

 次は、歩き出すための歌。


 拍手が静かに収まると、レオたんが再び指揮棒を上げた。


 さっきまでとは違う、どこか軽やかな旋律が広場を包む。


(次の曲、いくわよ)


 アタシは深く息を吸い込んだ。


 この曲は、悲しみを忘れるための歌じゃない。

 悲しみを抱えたまま、それでも明日へ歩いていく人のための歌。


 歌い始めると、さっきまで俯いていた騎士達が、少しずつ顔を上げていく。


 失った仲間は戻らない。

 傷跡も消えない。

 それでも、人は生きていかなければならない。

 家族が待っている家へ帰るために。

 明日という日を迎えるために。

 広場のあちこちで、小さな笑顔が生まれていく。


 子ども達が音楽に合わせて手を叩き、母親達も穏やかな表情で見守っていた。


 リュークも静かにステージを見つめていた。

 その瞳から迷いが消えたわけではない。

 けれど、ほんの少しだけ肩の力が抜けているように見えた。


 演奏が終わる。


 今度は誰も涙を流していなかった。

 代わりに、一人の若い騎士が立ち上がる。


「……また、頑張ってみます」


 その一言に、周囲の騎士達がゆっくりと頷いた。

 拍手が鳴る。

 今度の拍手は、歌に向けたものだけじゃない。

 戦場から帰ってきた者達が、自分自身へ送る拍手だった。


 アタシは、その光景を見ながら笑う。


(歌って良かった……。アタシ、この世界へ来た意味が少しだけ分かった気がする)


 答えは、まだ出なくていい。

 今日くらいは、自分を責めるのを休んで。

 また明日を生きよう。


 そのために、この『騎士達の休息日《ナイトレスト》』は生まれたのだから。

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