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第1話

私は、アンドロイドの恋人を選んだ。


---


 人間とほとんど変わらない身体と、


---


 思考を持つ存在。


---


 怒らないし、裏切らないし、


---


 ちゃんと話を聞いてくれる。


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 そういうものが、選べる時代だった。


---


 ケイと過ごす時間は、静かだった。


---


 契約の翌日、


---


 彼は時間ぴったりに部屋の前に立っていた。


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 インターホンが鳴る前に、


---


 なぜか気配でわかる。


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 ドアを開けると、


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 昨日と同じように整った姿で、


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 ケイは軽く頭を下げた。


---


「本日から、よろしくお願いします」


---


「……うん、よろしく」


---


 そのやり取りが、


---


 思っていたよりも自然で、


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 少しだけ戸惑った。


---


 ケイと過ごす時間は、静かだった。


---


 音がないわけじゃない。


---


 冷蔵庫の低い音や、


 外を走る車の気配はある。


---


 ただ、


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 それらが邪魔にならない程度に、


---


 整っている。


---


 テーブルの上には、


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 食事が用意されていた。


---


 湯気の立ち方も、


 皿の配置も、


---


 どこか整いすぎているくらいに整っている。


---


「本日の帰宅時刻に基づき、


 最適な温度で提供しています」


---


「……ありがとう」


---


 椅子に座る。


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 一口食べる。


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 おいしい、と思う。


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 でも、


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 それ以上の感想は出てこない。


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 ちょうどいい。


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 それが一番近い。


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 それ以上でも、


 それ以下でもない。


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 ケイは、


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 少し離れた位置に立っている。


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 近すぎず、


 遠すぎない場所。


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 視界に入るけど、


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 気にならない距離。


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 その立ち位置も、


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 たぶん決められている。


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「本日の業務において、


 心理的負荷の上昇が確認されています」


---


 顔を上げる。


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「……そう?」


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「表情筋の動き、


 および発話速度から推測しています」


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 そう言って、


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 ケイは少しだけ首を傾けた。


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 その動きも、


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 正確だった。


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「別に、大したことないよ」


---


「承知しました」


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 それで終わる。


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 余計なことは言われない。


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 深く踏み込まれることもない。


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 食事を続ける。


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 味は変わらず、


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 ちょうどいいままだった。


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 静かなまま、


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 時間だけが進んでいく。


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 ケイは、何も言わない。


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 話しかければ答える。


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 話しかけなければ、


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 そのままになる。


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 それが自然になっている。


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 最初から、


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 そうだった気もする。


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 食事を終える。


---


 箸を置く。


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「ごちそうさま」


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「食事の完了を確認しました」


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 それで終わる。


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 私は、ソファに座る。


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 スマホを開いて、


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 閉じる。


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 また開いて、


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 閉じる。


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 それを何度か繰り返す。


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 気づくと、


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 何もしていない時間が過ぎている。


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 それでも、


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 特に困ることはない。


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 ケイがいるから、


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 だと思う。


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 何も不足はない。


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 何も崩れない。


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 全部が、


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 ちょうどいい。


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 だから、


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「……ねえ」


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 気づくと、


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 声が出ていた。


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「はい」


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 すぐに返事が返ってくる。


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「なんか、話してよ」


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 自分でも、


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 少し曖昧な言い方だと思った。


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「どのような内容を希望されますか」


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「……なんでもいい」


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 少しだけ間があく。


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 ケイが話し始める。


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 内容は、


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 よくわからなかった。


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 天気の話や、


 一般的な情報。


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 聞いていて、


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 特に不快ではない。


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 でも、


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 どこにも引っかからなかった。


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 話が終わる。


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「以上です」


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「……そっか」


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 それだけ返す。


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 それ以上、


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 何も続かなかった。


---


 部屋は、また静かになる。


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 さっきと同じ静けさ。


---


 何も変わっていない。


---


 それなのに、


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 なぜか、


---


 少しだけ、


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 何も残っていない気がした。

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