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第23話 甘味の再起動。――まるごと、その黄金の質量を喰らえ。

「……有給休暇の後半戦だ。……手で持て。そのまま齧り付け」


 俺の言葉に従い、三人の神々が、そしてガウルとエルフたちが、恐る恐るその『黄金の質量』を手に取った。


 ずっしりと重い。

 スポンジ越しに伝わるホイップの弾力と、芯に鎮座するバナナの硬質な感触。


 それは、先ほどまでの「ニンニクと醤油の暴力」とは対極にある、静かで、かつ圧倒的な糖分の予感だった。


「……信じられない。この手触り。……雲を掴んでいるようなのに、確かな重みがあるわ。……御子柴、本当にこれを、そのまま……?」


 アフロディテが、その紅い唇を震わせながら、純白のホイップがはみ出しそうな断面を見つめる。


「……ああ。……行け。脳の回路を、糖分で焼き切ってこい」


 合図と共に、彼女が、そしてトートと死神が、一斉にその塊へと齧り付いた。


 ――瞬間。

 拠点の調理場に、時が止まったような静寂が訪れた。


「…………ッッ!!?」


 アフロディテの目が、カッと見開かれる。

 まず襲ってきたのは、コウジが焼き上げたスポンジの、信じられないほどの口溶けだ。赤ちゃんの頬よりも柔らかい生地が、舌の上で瞬時に霧散し、代わりにガウルが命懸けで搾り出した『クラウド・ホイップ』の波が押し寄せる。


 砂糖を使っていないはずなのに、高原の草花を思わせる清涼な甘みが、二郎系の塩気で敏感になっていた口腔内を、優しく、徹底的に洗い流していく。


「……あ、……あぁ……。……溶ける、……世界が、白く溶けていくわ……!」


 続いて、中心部に到達した牙が、砂漠の結界で育てられた『太陽のバナナ』を貫いた。


 しっとりとした果肉でありながら、齧り付いた後に溢れ出したのは、もはや蜜そのものと言っていい、濃密な果汁だ。バナナ特有の芳醇な香りが、生クリームの乳脂と混ざり合い、脳の報酬系をダイレクトに殴りつける。


「――素晴らしいッ! 素晴らしいぞ、これは!」


 トート神が、頬にホイップをつけたまま叫んだ。


「知っている、私はこの感覚を知っている! 激しい知的労働の果てに、思考回路が焼き切れる寸前……そこに流れ込む、純粋なエネルギーの奔流だ! 醤油のキレで研ぎ澄まされた私の脳が、今、この一本のバナナによって完全に再起動リブートされたッ!!」


 死神に至っては、もはや言葉すら発していなかった。


 彼はその巨大な鎌を床に転がしたまま、両手で大事そうに『まるごとバナナ』を抱え、ひたすらに、無心に、その質量を胃袋へと流し込んでいる。


 一口ごとに、彼の虚無的な瞳に、生命の輝きが灯っていくのが分かった。


「……主、これ……これ、反則ですよ……」


 ガウルが、自分の顔よりも大きな一本を必死に頬張りながら、涙目で俺を見上げた。


「あんなに苦労してニンニクを食べたのに……。この甘さのせいで、もう全部忘れて、また最初からラーメンが食べられるような気がしてきます……!」


「……それが狙いだ。……塩気と糖分の永久機関。……それが、俺の提案する最高の休暇プランだ」


 スカイエルフの狩人たちも、自分の手のひらよりも大きな「黄金の塊」を、一心不乱に頬張っている。

 彼らの顔からは、先ほどまでの「お腹いっぱいで苦しい」という悲壮感は消え去っていた。


 甘いものは別腹。

 それは、異世界の種族であっても、神々であっても変わらぬ、全宇宙共通の真理だった。


「……御子柴。……おかわりよ。……もう一本、……いえ、あと三本はイケるわ」


 アフロディテが、口の周りに白いクリームの髭をつけたまま、潤んだ瞳で俺を見つめてくる。美の女神としてのプライドは、すでに『太陽のバナナ』の蜜の中に溶けて消えていた。


「……残念だが、バナナの在庫ストックは今の分で終わりだ。……だが、安心しろ。……目録(Wiki)によれば、この山の裏手にある『氷結の洞窟』には、一舐めで魂を凍らせるほど冷たくて甘い……『天然の氷菓子アイスクリーム』の素材が眠っているらしい」


「……なんですって?」


 神々が、今度は獲物を見つける獣のような目で、俺を注視した。


「……マシマシ系、そしてまるごとバナナ。……これでようやく、口の中の『土台』が整った。……次は、さらなる高み。……冷たくて、甘くて、……そして何より、もっと『不謹慎』なスイーツをビルドするぞ」


「ピヨッ!!」


 ピヨが、次は冷たいものの出番かと、期待に胸を膨らませて(あるいは温度調節の準備をして)鳴いた。


 おじさんの有給休暇、スイーツ編。


 それは、単なる休息を超え、神々をさらなる「美食の迷宮」へと引き摺り込む、終わりのないアップデートの始まりだった。

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