第20話 完飲の残響。――おじさん、甘美な休息を予感する。
「……ふぅ。……これ以上の記録は、もはや私の石板には刻めない」
静寂が戻りつつある拠点の食卓。知識の神トートが、文字通り「空」になった特大どんぶりを両手で掲げ、恍惚とした表情で天井を仰いでいた。
底に残った最後の一滴、熟成醤油の旨味が溶け出した黄金の脂まで、彼は一滴残らず飲み干したのだ。
「……美の化身たる私が、これほど汗を流し、ニンニクの香りを纏うなんて。でも……不思議ね。この満たされた感覚、天界のどの果実を食した時よりも、魂が震えているわ」
アフロディテは、満足げに自分の腹部をさすり、柔らかな溜息をついた。
彼女の白い肌は、ニンニクとニラの刺激で微かに赤みを帯び、健康的な艶を放っている。二郎系という名の「背徳の栄養」が、美の女神をさらに一段階、瑞々しく変貌させたかのようだった。
「…………(無言で、空の器を見つめる死神)」
死神もまた、鎌を傍らに置き、空になったどんぶりを愛おしそうに眺めている。
彼の周りに漂っていた、あの凍てつくような「死の気配」は、今や完全に消え去っていた。代わりに、厚切りチャーシューの脂と熟成醤油の香りが、彼のボロ布のような衣から立ち上っている。
死を司る者が、生を謳歌する一杯に、完全に敗北した瞬間だった。
一方で、スカイエルフの狩人たちは、どんぶりを前にして、文字通り「屍」のように横たわっていた。
「……あ、あう……。美味かった……人生で一番、美味かったが……」
「胃袋の限界が、限界を突破して……もう、一歩も動けない……。ニンニクが、脳の中で踊ってる……」
彼らは「完飲」こそ成し遂げたものの、その代償は大きかった。
おじさんが提供した「全マシマシ」という名の試練を乗り越え、彼らは今、かつてないほどの多幸感と、それを上回るほどの「胃の重さ」に打ち震えていた。
「……全員、完飲したな。……合格だ」
俺は、神々とエルフたちの前に並んだ空の器を、手際よく片付け始めた。
精霊コウジが、自分の育てた醤油が余すことなく愛でられたことに満足し、井戸の奥で心地よい寝息を立て始めた。肩のピヨも、火の粉を散らしながら、俺の耳元で甘えるように鳴いている。
「……御子柴。貴方の有給休暇、次はいつまで延長するつもりだ? この一杯を記録した以上、私はもう、平凡な知恵には満足できないぞ」
トートが、名残惜しそうに俺に問いかける。
俺は、調理場の棚に並んだ、まだ手をつけていない食材に目を向けた。
「……醤油と脂は、これで十分だ。……だが、口の中が、少しばかり『極端』に寄りすぎたな」
マシマシ系特有の、強烈な塩分とニンニクの残響。
それはそれで至高だが、人間の――いや、エンジニアの脳は、過酷な処理(食事)の後は、決まって「燃料」を欲しがるものだ。
「主……その顔。もしかして、もう次の『料理』を考えてますか?」
ガウルが、俺の表情を読み取って尻尾を止める。
「……ああ。……次は、この塩気を打ち消し、脳の回路を一瞬で活性化させる『甘いもの』が必要だ」
「……甘いもの? デザートか!?」
アフロディテが、弾かれたように顔を上げた。
美の女神にとって、スイーツは避けて通れない領域だ。
「……そうだ。……Wiki(目録)によれば、この山のさらに高層、雲に隠れた場所に、一滴で意識を奪うほど濃厚な『花の蜜』と、奇跡の粘りを持つ『魔導の樹液』があるらしい」
俺は、既に頭の中で構成されていた「次なる設計図」を広げた。
しょっぱいものの後の、甘いもの。
その無限ループこそが、真の意味で、有給休暇を「終わらせない」ための、最強のパッチ(更新)だ。
「……ピヨ。火力を『とろ火』に調整しろ。次は、焦がさないように、じっくりと煮詰める作業になる」
「ピヨッ!」
おじさんの調理場に、新たな火が灯る。
マシマシ編、完結。
だが、おじさんの舌が、そして神々の胃袋が望む「至福」への旅は、今、甘美な第二章へと足を踏み出そうとしていた。
次は甘いの食べたいんですよねぇ。
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