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第19話 三神の蹂躙。――全部入り、それぞれの審判。

「……整ったな。すべての素材が、あるべき場所に収まった」


 拠点の調理場。そこには、数日間の「こだわり」の結晶が、静かな熱を帯びて並んでいた。

 精霊コウジが、その小さな体を使い切るように櫂を振るい続け、数百年分の深みを一滴に凝縮させた漆黒の『熟成醤油』。


 崖下の斜面で、ピヨの放つ聖なる熱と目録(Wiki)の知識により、野生の猛々しさを残したまま香りを極限まで高めた『神域のニラ』。


 そして、北の山脈の断崖で、厳しい寒さに耐え抜いたからこそ生まれた、濃厚でキレのある『天空山羊のチーズ』。


 俺が最後の一盛りを終えた瞬間、拠点の扉が、音もなく、だが逃れようのない圧倒的な圧力で押し開かれた。

 現れたのは、美の女神アフロディテ、知識の神トート、そして……。


 漆黒のボロ布を纏い、身の丈を超える鎌を杖代わりに突く、寡黙な死神だ。


「……待たせたわね、御子柴。その『香り』、もはや天界の静寂を乱すレベルよ。美を司る私の鼻が、さっきから職務を放棄して、ここを聖域レストランだと叫んでいるわ」


記録ログによれば、今日の『ニラ』は通常の三百倍の活性値を示しているはずだ。……私に解析させろ。この異常なまでの刺激が、いかにして脳の理性を焼き切るのか、その過程を克明に刻んでやる」


「…………(無言で、山盛りのブタを凝視し、鎌を握る手が微かに震える死神)」


 彼らは行列を作ることもなく、各々が「自分の獲物」を見定めた。

 俺は無言で、三つの特大どんぶりをカウンターへと差し出した。


「……好きにしろ。ただし、スープは最後の一滴まで飲み干せ(完飲)。それが、この一杯に対する礼儀だ」


 最初に動いたのは、アフロディテだった。

 彼女は迷わず、『天空山羊のチーズ』が牛脂と混ざり合い、真っ白に乳化したスープを木匙ですくい上げ、口に運ぶ。


「――ッ、……ッ! この背徳的な脂の甘み! チーズのコクが、暴力的な塩気と手を取り合って、私の舌を蹂躙していくわ……! 美を司る私が、これほど野卑で、汚らわしい(美味しい)ものに屈するなんて……最高じゃない!」


 続いてトートが、箸で山盛りの『神域のニラ』を力任せに掴み、口に放り込んだ。


「グ、ハッ……!? なんだ、この脳を直接殴打するような刺激は! 知らない……こんな『情報の暴力』、私の目録には存在しないぞ! ニンニクの香りが、ニラの辛みと共鳴して、私の知識の深淵を力ずくでこじ開けていくッ!」


 そして死神は、熟成醤油のタレが芯まで染み込み、漆黒に輝く『魔豚のチャーシュー(ブタ)』を、無造作に口へ放り込んだ。


 噛み締めた瞬間、死神の周りに漂う凍てつくような死気が、一瞬だけ陽だまりのような温かな湯気へと変わった。


「…………旨い。……死が、遠のく味がする。……命を、食べている感覚だ」


 神々が己の欲望を剥き出しにする一方で、拠点の端では、招待された(あるいは香りに釣られて迷い込んだ)スカイエルフの狩人たちが、地獄と極楽を同時に味わっていた。


「う、美味い……美味いんだが、なんだこの『ニンニク』という草の威力は……! 鼻の奥が、ずっと雷に打たれたみたいだ!」


「ひ、一口食べるごとに、胃袋が拡張されていく感覚がする……! でも、もう入らない、入らないのに、麺を啜る手が止まらないんだ……!」


 スカイエルフたちは、俺が遊びで「マシマシ」にしたヤサイの山に、完全に圧倒されていた。

 彼らの胃袋は、神々のような無限の許容量を持っていない。一人が「もうダメだ、これ以上は……」とどんぶりに突っ伏しかけると、俺は冷たく言い放つ。


「……残すな。天地の恵みと、精霊の努力を無下にする気か。……食え。食えば、道が開ける」


「ひっ、……は、はいっ! 食べます、完飲しますッ!」


 阿鼻叫喚の食卓。

 それは、神々の至福と、エルフたちの苦悶混じりの歓喜が入り混じる、異様な光景だった。

 だが、共通しているのはただ一つ。全員が、目の前の「一杯」に、魂のすべてをぶつけているということだ。


「……ふむ。やはりコウジの醤油が、すべての具材の尖った個性を、一つのにまとめ上げているな」


 俺は自分のどんぶりを手に取り、まずはスープを一口啜る。


 ……重厚。そして、深遠。

 チーズの円やかさを、醤油のキレが真っ二つに割り、そこにニラの刺激が雷撃のように走る。

 有給休暇を二回延長した甲斐があった。この一杯をビルドするために注いだ時間は、一瞬も無駄ではなかったと、俺の五感が確信している。


「ピヨッ!!」


 ピヨが翼を広げ、歓喜の火の粉を散らす。その熱が、冷めかけたスープを再び適温へと引き戻す。


「……ガウル。俺たちの仕事は、まだ終わらんぞ。……この三人が完飲するまで、ニンニクの補充を怠るな」


「主……! もう、この人たち……神様たち、目が完全にキマってますよ! 次の補充をしたら、本当に天界へ帰らなくなっちゃいますよ!」


 ガウルの嘆きを背に、俺は再び、飴色に輝く麺を思い切り啜り上げた。

 ニンニクの香りが、拠点の森を包み込み、伝説の幕開けを告げる鐘の音のように、遠く遠くへと響いていった。

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