第15話 天空のチーズと、黄金の溶き卵
「……山羊のチーズか。悪くない」
北の山脈の断崖に築かれたスカイエルフの里。
俺を「神獣使いの賢者」と勘違いし、平伏する彼らに対し、俺はただ一つの条件を提示していた。
それは、彼らが聖域で放牧している『天空山羊』のミルクから作られる、超濃厚なハードチーズだ。
「……そ、そのような、我らの保存食でよろしいのですか? 伝説のフェニックスを従え、グリフォンを一蹴した御方への献上品としては、あまりに質素では……」
「質素なものか。このチーズの塩分と脂質、そして独特の酸味……。これが、俺の『山』を完成させる最後のピースになる」
俺は手に入れた巨大なチーズの塊を、ガウルの背負う籠へと放り込んだ。
スカイエルフたちは、俺が「世界の危機」や「魔王の討伐」ではなく、ただひたすらに「食材の調和」について語る姿に、逆に底知れぬ恐怖と畏敬を抱いたようだった。
拠点に帰還した俺は、即座に調理を開始した。
肩にはピヨ。足元にはガウル。そして、調理の全工程を記録しようと、里からついてきたスカイエルフの代表が数名、固唾を呑んで見守っている。
「……まずは、グリフォンの卵だ。……ピヨ、火力を一定に保て。温めすぎると台無しになる」
「ピヨッ!」
俺は卵の殻を割り、透き通った白身を別皿で泡立て始めた。
スノー・グリフォンの白身は、冷気を纏っているせいか、驚くほどきめ細かく、魔法で攪拌するとあっという間に、まるで雪山のような純白のメレンゲへと姿を変えた。
「……次に、天空山羊のチーズだ」
俺はおろし金(魔導カッター)で、チーズを雪のように細かく削り落とした。
それを、炊き上がった大角牛のスープに直接、ドサリと投入する。
スープの熱で溶けたチーズが、牛脂と混ざり合い、暴力的なまでに食欲をそそる芳醇な香りを放ち始めた。
「な、なんてことだ……! 我らが神聖なチーズを、あの禍々しいスープの中に、あんなに大量に……!?」
スカイエルフたちが叫ぶが、俺は無視だ。
茹で上がった極太麺を丼に沈め、その上からニンニク、アブラ、そして削りたてのチーズを山盛りにする。仕上げに、別皿で黄金色に輝くグリフォンの「溶き卵」を添えた。
「……完成だ。マシマシ系インスパイア、『天空のチーズ&黄金すき焼き仕様』」
俺は割り箸を割り、まずはチーズの溶け出したスープを一口啜る。
……重厚。
牛の脂にチーズのコクが重なり、もはや液体というよりは「旨味の奔流」だ。そこに極太麺を潜らせ、さらに別皿の溶き卵へとダイブさせる。
「……ふむ。卵がチーズの塩気を円やかに包み込み、後味を無限に引き去っていく。……これは、有給を三日延長する価値があるな」
「ぬ、主……その、卵に……生で麺を……!? ひっ、一口、私にもっ……!」
ガウルが我慢できずに咆哮し、スカイエルフたちも、恐怖を忘れてその香りに吸い寄せられていく。
だが、その時。
拠点の空気が、ピリリと震えた。
ピヨが警戒するように、空に向けて鋭い鳴き声を上げる。
「……ほう。この山脈の最高峰にまで届く、下俗極まる香りの主は、貴方でしたか」
天井から、音もなく一人の老人が現れた。
純白の髭を蓄え、手には数多の記録が刻まれた石板(あるいはタブレット型の魔導具)を持っている。
知識と記録を司る神――トート。
「……御子柴。万物の理を記録する私に対し、この『理不尽なまでのカロリーの山』を説明する責任が、貴方にはあるようですな」
神の降臨。
だが俺は、麺を啜る手を止めなかった。
「……説明は後だ。まずはこの『卵』を潜らせろ。話はそれからだ」
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