三話 人ならざるもの (1)
女中の後をついて長い廊下を歩きながら、小春は物珍しそうに辺りを見回していた。
「彪基さんって、いつもあんな感じなんですか?」
「彪基様は口下手でいらっしゃいますから……」
小春は女中に連れられて客間に案内された。
「こちらでお過ごしください」
「はい、ありがとうございます」
小春は部屋へ入ると、物珍しそうに辺りを見回した。
畳敷きの広い部屋には座卓が置かれ、その向こうには庭に面した縁側がある。見知らぬ世界にいるというのに、どこか旅館の一室にも似た雰囲気に、小春は少しだけ肩の力が抜けた。
「あ、そうだ」
立ち去ろうとした女中を、小春は呼び止めた。
「お名前、聞いてもいいですか?」
「私の、ですか?」
「はい。ずっと女中さんって呼ぶのも変なので──あ、私、小春っていいます」
女中は少し驚いたように小春を見つめた。
「……松と申します」
「松さん」
「そのように敬称をつけていただかなくとも」
「でも、呼び捨てにするのもなんか嫌だし。じゃあ、松さんで」
「……お好きなようにお呼びくださいませ」
松はそう言うと、わずかに表情を緩めた。
「白嶺様がお戻りになるまでは、こちらでお休みください」
「白嶺様、まだ時間かかりそうですか?」
「東の邑へ向かわれたのでしたら、しばらくはお戻りにならないかと」
「そっか……」
小春は座卓の前に腰を下ろしたものの、すぐに落ち着かなくなって立ち上がった。
「……あの」
「はい」
「ここって、出歩いちゃ駄目ですか?」
松は一瞬、口を噤んだ。
「やっぱり駄目?」
「宮の外へ出られるのはお控えください」
「じゃあ、中なら?」
「……私がお供いたします」
「ほんとですか?」
ぱっと表情を明るくする小春を見て、松は少し困ったように微笑んだ。
「では、少しだけお願いします!」
「少しだけ、でございますよ」
「はい!」
小春は嬉しそうに松の後を追い、再び廊下へ出た。
長い廊下を進んでいくと、ところどころから庭を望むことができた。手入れされた木々の間を澄んだ水が流れ、小さな橋が架けられている。
「ここ、本当に綺麗ですね」
「ありがとうございます」
「松さんは、ずっとここにいるんですか?」
「ええ。長らく白嶺様にお仕えしております」
「へぇ……じゃあ、白嶺様のこともよく知ってるんですか?」
「もちろんでございます」
「どんな人なんですか?」
松は少し考えるように目を伏せた。
「とても慈悲深いお方でございますよ」
「慈悲深い……」
「瑞穂に暮らす者を、何より大切になさいます」
「へぇ……」
小春の脳裏に、先ほどの白嶺の姿が浮かぶ。
『ここがお前の帰る場所だ』
その時だった。縁側から見える庭の隅で、なにか小さなものが動いた。




