二話 神域 (3)
再び歩き出し、市場を抜けた。すると、堀に掛かった橋の向こうに大きな門が見えてきた。
「大きい……」
小春は門を見上げた。白木で造られた門は見上げるほど高く、その両脇には白を基調とした装束の兵が立っている。
彪基の姿を見ると、兵たちは揃って深く頭を下げた。
「彪基様、お戻りでしたか」
「ああ」
小春は隣を歩く彪基をじっと見つめた。
「……なんです」
「やっぱり偉い人なんじゃん」
「行きますよ」
「また誤魔化された」
彪基が兵士と話している間、小春は欄干から身を乗り出すように堀を流れる水を見た。
「小春殿、落ちますよ」
「落ちません」
澄んだ水の中を、色とりどりの魚が自由に泳いでいる。
「わぁ……ここにもいる」
小春が嬉しそうに水面を覗き込むと、それまで好き勝手に泳いでいた魚たちが、次々と小春のいる方へ集まり始めた。
「あれ?」
右へ動けば、魚も右へ。
左へ動けば、魚も左へ。
「……ふふっ、ついてくる」
面白くなった小春は、欄干に沿って数歩歩いた。魚の群れも、それを追うように水の中を移動する。
「彪基さん、見て! 私、魚に好かれてる!──どうしました?」
「いえ」
彪基は先ほど水路で見た光景を思い出し、僅かに眉を寄せた。
「やはり……妙だな」
「え?」
「なんでもありません」
「今日それ何回目ですか?」
「気のせいでしょう」
「絶対違う」
「小春殿」
「はい?」
「そろそろ参りますよ」
彪基に促され、小春は名残惜しそうに魚たちから離れた。
二人が橋を渡りきると、門を守っていた兵士たちが一斉に頭を下げる。
「お戻りなさいませ、彪基様」
「ご苦労」
重々しい音を立てながら、巨大な門がゆっくりと開いていく。
「……わぁ」
門の向こうに広がっていたのは、小春が想像していた城とはまるで違う景色だった。
白木造りの建物が長い渡り廊下で繋がり、その間を縫うように澄んだ水路が流れている。庭には青々とした木々が茂り、風が吹くたび葉の擦れる音と水音が重なった。
「ここが、白嶺様の……?」
「宮です」
「……お城じゃないんですね」
「城?」
「ほら、こう……天守閣がどーん! って」
「てんしゅ……?」
「あ、もういいです」
門をくぐると、奥の方から宮に仕える女中がやってきた。
「この者を頼みます」
「ですが、この者は……」
「白嶺様の命です」
「かしこまりました」
女中は小春へ向き直ると、丁寧に頭を下げた。
「こちらへどうぞ」
「あ、はい」
小春は女中について行こうとして、ふと足を止めた。
「彪基さんは?」
「私はまだ務めがありますので」
「そっか……」
「白嶺様がお戻りになるまでは、宮の中でお待ちください」
「わかりました」
彪基は一礼すると、その場を立ち去ろうとした。
「あ、彪基さん!」
「……なんでしょう」
「ここまで連れてきてくれて、ありがとうございました」
「それが私の務めです」
そう言い残し、彪基は背を向けた。
女中は彪基に一礼して見送ると、小春へ向き直った。
「さぁ、こちらへ」
「……はい」
促されるまま、小春は宮へと足を踏み入れる。
見知らぬ世界。
見知らぬ国。
そして、自分を知っている謎の青年──白嶺。
どうして自分がここへ来たのか。
いつ現世へ帰れるのか。
何一つわからないままだ。
小春は首から下げた薄桃色の勾玉を、そっと握りしめた。
掌に伝わる温もりだけが、なぜか不思議と心を落ち着かせてくれた。




